安倍首相と金田法相(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

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 15日朝、“ウルトラC”とも“奇襲”とのいわれる強行採決で、「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ改正組織的犯罪処罰法が、参院本会議で自民党、公明党、日本維新の会などの賛成多数で可決された。

 自公は「特に緊急を要するものは、発議者又は提出者の要求に基き、議院の議決で委員会の審査を省略することができる」とする国会法56条で定められた「中間報告」を使い、一方的に参院法務委員会の審議を打ち切り、本会議採決を強行した。
 
 数ある強行採決のなかでも極めて強引な手法のため、与党議員からも疑問を呈する声が上がっているが、なぜ政府・与党はこのような手法をとったのか。ジャーナリストの須田慎一郎氏は、次のように解説する。

「普通の手順でいけば、本会議採決前に参院法務委員会での採決が行われますが、その委員長は公明党の秋野公造議員です。委員会で強行採決ということになると、委員長がマイクを奪われてもみくちゃにされる映像が、過去に何度もテレビで流されたことがあります。そうすると、公明党の議員が理不尽なことをやったという印象が、視聴者に焼き付いてしまう。東京都議会議員選挙を控えているなかで、そういうことを公明党が嫌ったのです。そういう状況を回避してほしいという公明党の強い意向があり、委員会採決をやらずに本会議で採決するという流れになったのです。

 一方で、民進党のオウンゴールという面もあります。13日の参議院法務委員会で、維新の会の東徹議員が質疑を行っている最中に、民進党の真山勇一議員が突然、金田勝年法相の問責決議案を提出しました。そのまま委員会は中断されて、東議員は質疑を続けることができなかった。野党が国会審議を途中で中断したわけで、野党は国会審議を求めてないという理屈が成り立ってしまったわけです。言い方を変えれば、委員会の質疑はもう十分やったということになる。不十分だと言うならば、問責決議なんか出してくるわけがありません。瓢箪から駒ではないが、もともと公明党の意向があるにせよ、民進党のオウンゴールがなければ、強行採決の大義名分は立たなかったと思います」

 自分と反対の意見にも耳を傾けるという民主主義の原則に、民進党は背いたことになるが、それにしても強引な強行採決だった。この影響は今後どのように波及していくのだろうか。

「安保法制の時のように、反対が広がりを持っていたのか、国会前の反対運動が大きな広がりを持っていたのか、世論調査をみても、共謀罪に関して相当な反発があったかというと、そうとはいえないでしょう。加計学園問題の陰に隠れて、共謀罪に対する国民世論の注目は、非常に低かったと思います。かなり強引な手法で審議が進んでいたとしても、そのことが連日報道されていたわけでもない。急にここ数日間メディアで大きく取り上げられるようになったわけです。今回の強行採決にしても、加計学園問題で文科省内部の文書の存在が明らかになったというほうに、注目が集まってしまった。これが結果論なのか作戦なのかは別としても、政府・与党のダメージはそんなに大きくないと思います」

●共謀罪が社会に与える影響

 では、共謀罪が制定されることによって、社会にはどのような影響が出てくるのだろうか。

「一般市民が共謀罪によって監視の対象になるのかという問題があります。『組織的犯罪集団の構成メンバーという前提がないと、対象になりません。一般市民は対象になりません』という政府の説明に対して、『メンバーか否かの見極めはどうするのか、見極めるために一般市民も対象になってしまう』という指摘もあったわけです。国会審議を丁寧に見ていると、『組織的犯罪集団の構成メンバーでないと見極めができた段階で、その対象から外れます。あるいは、本人の意識がなく知らず知らずのうちにその構成メンバーになっていた場合は、それも対象になりません』ということを、政府は明確に言っているのです。

 国会でのそういったやり取りは、ほとんど世の中に知られていません。一般市民の監視という観点では、決着が付いているのです。反対派からよく言われていた『保安林区域でのキノコ狩りを計画したただけで、共謀罪で捕まる』『居酒屋で気に入らない上司を殴ってやろうと話しただけで、共謀罪で捕まる』という物言いについては、『そんなことはない』ということで、国会で決着が付いているわけです。

 イメージだけの批判ばかりが先行して、本来やっておくべき議論がなおざりにされています。この共謀罪だけでは、犯罪抑止につながりません。実際に、テロ行為を起こそうとして謀議をしているような状況を、どうやって把握するのか。今の法律ではそれを把握するということは、不可能に近いくらい難しいわけです。それを可能にするためには、いわゆる盗聴法といわれている通信傍受法の強化が行われることになりかねない。場合によっては市民の通信は全部傍受される可能性もある。

 あるいは、謀議している誰かが自ら捜査当局に密告すれば、その本人の罪が軽くなるというような、司法取引が制度化されるかもしれない。今の日本には司法取引はありません。司法取引は密告した人間の証言が尊重されるので、冤罪の温床になりかねない。これは明らかにいき過ぎです。本来であるならば、そういった方向に行かないような歯止めをかけていく議論をすべきだったと思います。

 国際組織犯罪防止条約(TOC条約)を締結するために共謀罪が必要だ、と政府は説明していて、それに対して『TOC条約は、ヤクザやマフィアのマネーロンダリングなどに対するもので、テロとは関係ない』と反対派は言っています。しかし、テロ組織も麻薬の売買など非合法な手段を使って活動資金を得ているわけで、マネーロンダリングは密接に関係する。ISなどをみればわかるように、犯罪行為をした上で資金を得て、それを活動資金に充てているので、マネーロンダリングしているわけですよ。そのことに関してもほとんど議論されてなくて、政府のほうも反対派のほうも、説明が不十分だったと思います」

●力不足だった民進党

 本質から外れた議論ばかりが国会でされたあげくの、強行採決だったということだろうか。

「森友問題、加計学園問題に加えて共謀罪の問題を、ボディブローのように安倍政権にダメージを与えて支持率を下げていく方法として、野党はとらえていたような気がします。安倍政権が崩壊するような、ノックアウトパンチがあるわけじゃない。野党には、『共謀罪を絶対に阻止する』という覚悟が見受けられない。共謀罪が通ったら、本当に戦前回帰、特高警察の再来になると考えているのであれば、国民運動、社会運動にしていって、1960年の日米安保条約改定の時のような状況をつくっていかなければ、おかしいでしょう。やるべきことを全部やったのかといえば、そうはみえません。

 ただ単に安倍政権にダメージを与えるために、共謀罪が使われたきらいがある。中間報告のみで委員会採決すっ飛ばしちゃうというのは、相当に強引な強行採決ですよ。民進党は『究極の強行採決』と言っていましたが、政府・与党が理不尽なことをやったという演出ができたので、どこか“シメシメ”というようなところもあるのではないか。しかし、国民は賢いので、そういうところは見透かされます」

 壮大な茶番劇といったところだろうか。「安倍一強」といわれるが、安倍政権が強いのではなく、野党が弱すぎるという声もある。国民はどこまでも、置き去りだ。
(構成=深笛義也/ライター)