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ポルシェは何を求め、何を達成したのだろう

54年前のフランクフルト・ショーで、ポルシェは新型スポーツカーを発表した。魅力的だが先の見えている356のみを市販していたメーカーにとっては、大きな意味を持つ瞬間であった。

その新型車は、ポルシェの上級移行を確実にしてくれただろう。たしかに当時の彼らは、その成功を望んだだろう。しかし、当主のフェリー・ポルシェでさえ、半世紀以上も後に、その累計生産100万台のニュースを世界中のジャーナリストがこぞって記すことになると確信していたとは、とてもじゃないが思えない。

そして、そのクルマには、劇的な、もしくは際立って特徴的な要素は何もなかった。エンジンは空冷の水平対向で、マウント位置は後輪よりさらに後方。

どちらも356はおろか、そのベースとなった、第二次大戦以前に設計されたVWビートルとも変わらなかったのだ。

OHCの6気筒となったものの、洗練度は第一次大戦以前もかくやというレベルに留まっていた。しかも、その第一歩からしてつまずく。車名に関して訴訟問題を抱え込むのだ。

当初は開発コードの901をそのままモデル名として使用する予定だったが、中央に0を挟む3桁の数字を用いた車名は、全てプジョーが商標権を所有していたのである。

そこでポルシェは、84台の製造を完了した新型車の名称を、911と改めることを余儀なくされた。しかもこの時点で、このクルマはウェットでのハンドリングがトリッキーで、ブレーキがロックするという評判がすでに定着してしまってもいた。

その後、99万9916台の歴代911が世に送り出され、今回はその100万台目に試乗する機会を得た。長らく、数多くの911をドライブしてきたが、今回ほどかしこまったことはない。

緊張せずにはいられない

ミュージアム入りが決まっているこのクルマは、それに先駆け世界中へ顔見せ巡業の旅に出ることになっている。

われわれが取材の機会を得たのは、その出発のまさに前日だったのだ。英国には世界中のジャーナリストと、ポルシェの重役陣が集った。

そこから160km離れたエディンバラ城には、1台のクルマの発表を祝うべくマーチングバンドが待ち構えている。

それは、スペック的には単なるカレラSに過ぎないが、ポルシェにとってはなにものにも代えがたい重要な意味を持っている。お目付け役はいない。ハイランドの美しい山々が眼前に広がり、路面はウェットだ。この道へ踏み出すことを考えると、身震いすら起きる思いだ。

それでも、やはり座ればハッピーになれるコックピットへ足を向けながら、911にこの時を迎えさせたものが何であるのかと考えていた。

本質的なことを言うなら、それは実利主義だ。

考えてみると、すぐに思いつくような市販車記録が911にはない。決して最速だったわけではなく、スポーツカーとしては最古参でも、生産数が最多というわけでもない。

その点では、シボレー・コルベットが10年も先輩で、35年前には100万台、2013年には150万台を突破。現在は、200万台も視野に入っている。

ターボユニットを大成功させたのは911が初めてかもしれないが、決して初のターボ市販車ではない。

しかし、ひとたびサーキットをレースカーとして走れば、なにものにも常にひけを取らない。911が成功した真の理由は、クルマとしてのデキがいいから、ということに尽きる。

単純すぎると思われるだろうか。しかし、それこそが真理だ。911が最初から、ワイルドな精神と家電のような所有しやすさを兼ね備えていたら、今この記事を書く機会はなかっただろう。

もう「都市伝説」を語るまい

911は、乗るたびに特別な体験を与えてくれるクルマだが、日々の暮らしにうまく溶け込むこともできる。そうでなかったことは一度としてない。

誕生からしばらくすると、限界域で扱いにくいという評判さえ、プラスに働くようになった。そんなクルマだと知られるほど、世間は911乗りを冒険的で、危機的状況に陥っても笑みを絶やさない手練れだと見なすようになったのだ。

ただし、911は先人たちがそう評価したほど難しいクルマではない。その暗黒面に触れたくなければ、限界領域に踏み込まなければいいだけだ。

虎の尾を踏むようなクルマだと感じたとしても、あらゆるクルマに通じるドライビングの基本である「スロー・イン、ファスト・アウト」を忠実に守っている限り、初期モデルでさえ子猫のようにおとなしく、それでいて冴えた走りをみせてくれる。

GT2のような特殊なものを除けば、限界域で手に負えなくなる911は30年以上前に消え去った。評判だけがひとり歩きして、都市伝説のように残っているのだ。

考えてもみてほしい。ポルシェがわざわざ自分の首を絞めるようなクルマを造り続けるほど愚かだろうか。

また、オリジナルに比べて、近年の911は肥大化しすぎたと嘲る声も少なくないが、フォルクスワーゲン・ゴルフのようなファミリーカーのサイズアップぶりと比較すれば、それほどのことではない。

ホイールベースはライバルたちよりずっと短く、全幅はパワフルなミッドシップカーよりはるかに狭いのだ。

それは、ここに集めた歴代モデルが教えてくれる。

歴代ポルシェに酔いしれる

1960年代の901世代からはショートホイールベースのタルガ、その発展型であるGシリーズからはプロトタイプのクラブスポーツを今回は選んだ。

964世代はターボだが、これこそ本当に難易度の高い911に数えられる1台。タキシードの下にナイフを隠し持っているような、危険なクルマである。

最後の空冷モデルとなった993世代からは、一転してイージードライブを象徴するようなティプトロニックのタルガを、そして996世代からは、もはや伝説的な存在である元祖GT3をこの場に呼んでいる。

100万台記念車を走らせる覚悟ができるまで、歴代モデルでウォームアップといこう。

初代タルガは、今も語られる古い911の真相を、完璧に体現したクルマだ。見た目は華奢だが、走りは笑みがこぼれるほど健全で、操作への反応も素晴らしい。そして、もちろん速い。半世紀前の2.0ℓ車に期待されるレベルを超えた速さだ。

クラブスポーツは911の進化の本流にあるように感じられるが、傍流の派生モデルである。その狙い通り、ドライビングを楽しめる1台だ。

964は穏やかで洗練されているが、このターボは自制せずに走らせたら手に負えないことになる。このクルマには、隙を見せてはいけない。

993は、ぜひとも手に入れたいと夢見ている。ただし、それはこんなティプトロのタルガではない。初期のクーペで、マニュアルの後輪駆動、エアコンもついて、ついでにシルバーのボディにブラックのレザーインテリアなら申し分ない。

小さく、空冷ユニットを積み、敏捷で挙動は麗しく、造りは精巧な993は理想的な911だ。ただひとつ、価格だけが理想とは程遠いのだが。

最高の911の「定義」

残すは996GT3なのだが、これがもう、なんといっていいのか……。今回のクルマたちは全てポルシェが保管し、自社ファクトリーで管理しているものなので、コンディションは新車同然だ。

それだけに、飛ぶような走りをみせるのはもちろんだが、そんじょそこらの最新スポーツカーでは敵わないほど、シャシーはしっかり調整されている。

ベストな911というのはえてしてそうだが、できるだけ速く走りたくなるもので、無鉄砲さを懲らしめられるのではなく、降り注ぐほどの見返りが得られるものだ。

今回は、素晴らしい個体を味わえる絶好の機会だが、時間はあまりない。ポルシェが早くクルマを戻してほしいのはわかるが、呼び出しの着信音はしばらく無視した。

991のカレラSなら、われわれの長期テスト車にさんざん乗って熟知している。今回の主役はそれとたいして違わないクルマなのだから、エディンバラまでちょっと乗って、さもしっかり走らせたように原稿を書いても、誰もわかりやしないだろう。

これは歴史的な意味を持つ1台だが、特別なのはウッドのトリムや特別なメーター、千鳥格子のシートや記念プレートなどで飾られる室内程度だ。

メカニズム的には実にシンプルである。マニュアル車で、ブレーキは鋳鉄ディスク、追加装備はほとんどない素に近いスペックだ。

と、思い返すうちに気付いたのだ。逆にここまでシンプルな仕様に試乗できるチャンスは滅多にないことに。となれば、乗らずにはいられないではないか。

非凡な平凡

自分は幸せ者だ。走った距離は40km足らずだが、誰にも邪魔されないその時間は、そのエンジンを高らかに歌わせ、まるで初号プロトタイプを走らせているような栄誉を感じるには十分だった。

速い、と感じた。£7,000(99万円)のオプションであるGTSのエンジンを積んでいるのではないかと訝しんだほどに。だが、なにより強かったのは、これこそまさに911だ、という実感だった。

コーナー入り口で、初期モデルのような曲がりづらさを示すわけではない。ステアリングホイールが、手の内でもがくわけでもない。964ターボのような二面性も、GT3のような獣を思わせる攻撃性もそこにはない。

性格的には、993を思わせる。完璧で、円熟味があり、信頼できる友人か、さもなくば共犯者になれるように感じさせるのである。

しかし、サーキットより公道志向の味付けや独特のエンジン音、コンパクトさやルックス、容易に破綻しない走りなどが、ダストキャップに至るまで911なのだとつくづく感じさせるのである。

しかし、このクルマ最大の美点は、もっと単純だ。それは、これがありふれた911に過ぎないことである。

このクルマはポルシェが保管するので、ミュージアムに足を運べば、他の歴史的なポルシェと並んで展示されているのをいつでも目にできるようになるのだが、走らせる機会は滅多になくなる。

いくつかの装飾とアイリッシュ・グリーンの塗装を別にすれば、それはどこにでもある911と変わりない。1万台目の特別な存在ではなく、単なる1万分の1だというわけだ。

その差は決定的だ。今までも、そしておそらくこれからも最も驚嘆すべきスポーツカー、そのうちの平凡な1台。これこそ最高なのではないだろうか。