今週のお役立ち情報
『言論江湖』「誰かが殺した」「供述調書」を考える
2005年08月03日18時28分 / 提供:PJ
【PJ 2005年08月03日】−
ある日突然、あなたの肉親が不審な死を遂げたら…。自殺などするような人ではなかった…。そして、他殺かもしれないと訴えても、警察は自殺だと即断し、マスコミに呼びかけてもまともに取り合ってくれない…。法律の知識もなく、調査の技法もないあなた…。あなたはどう反応するのだろうか…。雨の日も風の日も一人街頭に立ち、死因をつかむためにビラ配りをするのだろうか…。あてどのない証拠探しに、事故現場などを幾度も歩き回るのだろうか…。
PJの渡辺直子さんの場合、まさにこんなケースだった。そして、1998年にビルから転落死した実父について、元球団職員2人の実名を挙げて殺害にかかわったとする文章をHPに掲載し、鹿砦社の季刊誌3冊に同様の記事を書いたとされる名誉毀損の疑いで1日、渡辺さんは在宅起訴された。
PJニュースで連載した渡辺さんの「誰かが殺した」と「供述調書」は、渡辺さんの父、故渡辺省三さんの事件の経緯について、虚偽の調書を作成していたなど、警察のずさんな捜査事実に焦点を当てて掲載してきた。その目的は、故省三さんの死因をめぐる不可解な事柄について、あなたと共に考えたかったからだ。この背景には警察捜査とマスメディア取材の「デュー・プロセス(法やルールに基づく適正な手続き)」と「デュー・プロフェッショナル・ケア(職業的懐疑主義に基づく適正な配慮)」への疑問がある。
1日に記者はあるマスメディアから渡辺さんの起訴の件について、ライブドアとしての見解を求められた。理由を聞くと、渡辺さんの記事を掲載しているライブドアのPJニュースの見解が、ニュース価値が高いからだという。ライブドアよりも渡辺さんへの取材が先決事項であろうと考えながらも、記者は「名誉棄損でこの事件の本質がうやむやになってはならない。この事件の本質は渡辺さんの亡父の死因究明です」などと答えた。
そして、そのマスメディアに「渡辺さんには取材しないのですか」と質問した。すると、意外な答えが返ってきた。要約すれば、両者の見解を聞くのが筋だが、締め切り時間が迫っており、デスクの判断を仰ぐのも時間を取られるので、こちらからは積極的に取材はしない、ということだった。これではマスメディアが標ぼうする、いわゆる「客観報道」の源泉となる取材におけるデュー・プロセスも、デュー・プロフェッショナル・ケアもあったものではない。一市民が罪に問われているのである。渡辺さんを取材する意志がないなら、マスメディアが掲げる中立公正の原則は崩れ、また、報道被害を防ぐ意味でも、渡辺さんの件を報道すべきでない。
渡辺さんについてはもちろん、予断で他人を犯人視するなど、問題外だ。ただ、なぜ名誉毀損だと分かっていても、それをしてしまったのだろうか。記者と渡辺さんは、デスクと記者という関係でもあり、記者は渡辺さんに対して必ずしも独立的な立場ではない。だが、検察側の発表の掲載したマスメディアからは、裁かれる側である渡辺さんへの取材が皆無というもの不自然であり、そして、渡辺さんの言い分が読者に伝わらないのは不公平なので、あえて記者が渡辺さんにインタビューした。
− なぜ、季刊誌などで、予断で他人を犯人と決め付けたのか。
「予断で、他人を犯人と決め付けたのではありません。私は、独自調査を重ねた結果、これらの人が父を殺した犯人に違いないと感じただけです。この件の場合、警察が父の死を自殺と断定している事件であり、遺族の私が、父の死を他殺だと一人言い切り、そして、独自で調査をした結果、父を殺したかもしれない犯人をこの人だと指摘することは、第三者から見て、私の言動が異常に見えるのも承知の上でした。私が犯人だと決め付けることにより、犯人と名指しされた人は私を名誉毀損罪で訴えてくると思ったのです。もっとも、その私の思惑は、名誉棄損とされた出版物の出版当時に、他人から伝授されたもので、それまでの私の思慮や知識に、そのような訴えを起こすことなど思いつきもしませんでした」
− なぜ、それを実名で報道したのか。
「実名で報道しなければ、訴えを起こしてほしい相手が、特定できないからです。例えば、Aさん、Bさんなどとして、父を殺した犯人と思うひとは、Aさんであるという記載をしたところで、Aさんが誰だか分からない限り、名誉毀損の訴えを起こす気にもならないだろうし、起こす必要もないと彼らが思うと思ったからです」
− それが名誉棄損に抵触することを認識していたのか。
「もちろん、抵触することを認識していました。それで、名誉毀損で私を訴えてくれると考えました」
− 実名報道する以前に、なぜ、警察や報道機関に再度、亡父の件について訴えかけることをしなかったのか。
「実名報道する直前に、検察庁は『他殺の証拠がない』として、父の死を自殺と結論づけました。平成14年3月22日のことです。検察庁がその結論を出し、報道機関がそれを報道したことにより、報道機関も父の死を自殺と片付けてしまいました。平成13年3月に、検察審査会が『不起訴不当』の議決を下し、神戸地検の次席検事は 「検察審査会の議決を踏まえて、再捜査する」というコメントを出されました。私は、そのコメントを新聞報道で見ただけで、神戸地検の次席検事から直接、検察庁の意向を聞いたわけではありません」
「そもそも、この事件は、平成11年7月に、私が被疑者不詳の殺人被疑事件として、検察庁に告発したことが発端です。告発をしたのは私ですから、その延長線上である2回目の再捜査では必ず、神戸地検から告発人である私に事実確認や新事実についてなど、問い合わせをこめて、呼び出しがあると思っていました。また、当時取材などに訪れたマスコミ関係者も、『呼び出しがあるでしょうね』と言っておられたので、私は、呼び出しがあるものだとばかり思い、1年間、待ち続けていました」
「ところが、平成14年3月23日朝、私がいつものように朝起床し、新聞を手にしたところ、『他殺の証拠がない』として、検察庁が不起訴処分にした事実を知りました。つまり、告発人の私に一度も問い合わせや事実確認などがされないまま、検察庁は不起訴処分を下してしまったのです。その日は、土曜日で検察庁は休みでしたので、私は、翌週の月曜日(25日)朝一番、不起訴の理由を聞きに、検察庁に出向きました。検察庁の職員は、担当検事に連絡をとってはくださったものの、年度末の仕事が山積しているとかで、『今は、会うことができない。出直してきてほしい』といわれました。いつ、出直してくればいいのですかと尋ねると、28日だったら都合が良いということで、28日に、再度来庁することになりました」
「出版物は、平成14年4月10日に発売するという段取りが組まれており、その原稿の加筆・訂正などの期限が3月25日でした。つまり、検察庁が不起訴にした理由については、その出版物に盛り込むことはできなかったのですが、不起訴処分を下されたことで、法的措置の終了を感じたことも、実名表記にこだわった一因です」
「『告発、不起訴、検察審査会、不起訴不当、再捜査、不起訴』というプロセスを踏んでしまった後には、もう、真相解明を求めるための法的手段は、すべて使い果たしてしまったという現状であったことも、実名表記にこだわった一因なのです」
「不起訴が再度決定された際にも、報道機関から、私への取材などありませんでした。ですから、一度も検察が告発人の私に事情聴取しなかったのだという事実も、報道すらされないままです」
− 2日付の新聞で、1日に渡辺さんが在宅起訴されたという報道があったが、1日に報道機関から起訴された側として取材されたか。
「1日、検察から在宅起訴されたということは、2日の朝刊を見て知りました。報道機関からは一切、誰からも取材などありません」
− 3日現在、起訴状は受け取ったのか。
「はい、起訴状は、今日(3日)午前11時ごろ、自宅に書留で神戸地方裁判所から、特別送達という印が押された郵便物が届きました。私は、起訴状を手にした瞬間、私の7年間の独自調査の合格通知を神戸地検特別刑事部検察官から知らせてもらったような気がして、感極まる思いでした。父の死の真相解明は、これからが本番です」
― もっとも重要なのことは他人を犯人視するのではなく、亡父の死因という事実を知ることではないのか。
「もっとも、重要なことは、他人を犯人視することではなく、亡き父の死因という事実を知ることですが、父の死因を知るよりも先に、父は自殺ではないのだと世間に訴えかけ、目撃情報などの情報を寄せてほしいと思うのが、当初からの報道機関への呼びかけでした。自殺と断定されている事件で、娘の私が、他殺かもしれないので、現場周辺での目撃情報を集めたいと嘆願する姿勢を、報道機関は奇異に感じたのかもしれません」
「本を執筆するにあたっては、当初『渡辺省三、転落死の真実』というタイトルで、父の死の背景にあったものを時系列に書きました。ところが、原稿を出版社に手渡すと、他人を犯人視することを強調するタイトルと内容に仕上がってしまったのです」
− 今なにを反省し、これからなにを望むのか。
「すべて、精一杯やったことです。父の死の真相を解明したい一心で、処罰を受けることを覚悟のうえ、他人の名誉を毀損しまでも、この件を表ざたにすることが目的だったわけです。私は逮捕も覚悟でした。この度の検察庁の私に対する処罰は、甘い処罰だと受け止めていると同時に、検察庁検察官が、私の主張を全面的に理解してくださったことに感謝申し上げる次第です」
「今後望むことは、検察庁の捜査に役立つ資料等は、随時任意提出させていただき、検察庁に協力して、父の死の真相を一刻も早く解明していただきたく思っています」
検察は渡辺さんを名誉棄損で起訴したのであり、亡父の事件の再捜査を確約したのではないのであろう。この点が気がかりだ。あなたは、このインタビューを読んで、どう感じられたであろうか。最後に、あるマスメディアから記者への忠告を紹介しよう。記者が渡辺さんの「誰かが殺した」「供述調書」の連載をPJニュースに掲載していることに関して「もっとビジネスライクになったほうがいいですよ」との助言を頂いた。記者はこの言葉が、国内のいわゆる「客観報道」の限界、いや欺瞞(ぎまん)を反映しているものと受け止め、同時に、その実態が「傍観報道」であると確信したのであった。渡辺さんの名誉棄損事件は、故・省三さん事件への警察捜査とマスメディア取材に「デュー・プロセス」と「デュー・プロフェッショナル・ケア」が存在してたならば、起こらなかったに違いない。【了】
※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としてのライブドアの見解・意向を示すものではありません。また、PJはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュースとは無関係です。
パブリック・ジャーナリスト 小田 光康【 東京都 】
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PJの渡辺直子さんの場合、まさにこんなケースだった。そして、1998年にビルから転落死した実父について、元球団職員2人の実名を挙げて殺害にかかわったとする文章をHPに掲載し、鹿砦社の季刊誌3冊に同様の記事を書いたとされる名誉毀損の疑いで1日、渡辺さんは在宅起訴された。
PJニュースで連載した渡辺さんの「誰かが殺した」と「供述調書」は、渡辺さんの父、故渡辺省三さんの事件の経緯について、虚偽の調書を作成していたなど、警察のずさんな捜査事実に焦点を当てて掲載してきた。その目的は、故省三さんの死因をめぐる不可解な事柄について、あなたと共に考えたかったからだ。この背景には警察捜査とマスメディア取材の「デュー・プロセス(法やルールに基づく適正な手続き)」と「デュー・プロフェッショナル・ケア(職業的懐疑主義に基づく適正な配慮)」への疑問がある。
1日に記者はあるマスメディアから渡辺さんの起訴の件について、ライブドアとしての見解を求められた。理由を聞くと、渡辺さんの記事を掲載しているライブドアのPJニュースの見解が、ニュース価値が高いからだという。ライブドアよりも渡辺さんへの取材が先決事項であろうと考えながらも、記者は「名誉棄損でこの事件の本質がうやむやになってはならない。この事件の本質は渡辺さんの亡父の死因究明です」などと答えた。
そして、そのマスメディアに「渡辺さんには取材しないのですか」と質問した。すると、意外な答えが返ってきた。要約すれば、両者の見解を聞くのが筋だが、締め切り時間が迫っており、デスクの判断を仰ぐのも時間を取られるので、こちらからは積極的に取材はしない、ということだった。これではマスメディアが標ぼうする、いわゆる「客観報道」の源泉となる取材におけるデュー・プロセスも、デュー・プロフェッショナル・ケアもあったものではない。一市民が罪に問われているのである。渡辺さんを取材する意志がないなら、マスメディアが掲げる中立公正の原則は崩れ、また、報道被害を防ぐ意味でも、渡辺さんの件を報道すべきでない。
渡辺さんについてはもちろん、予断で他人を犯人視するなど、問題外だ。ただ、なぜ名誉毀損だと分かっていても、それをしてしまったのだろうか。記者と渡辺さんは、デスクと記者という関係でもあり、記者は渡辺さんに対して必ずしも独立的な立場ではない。だが、検察側の発表の掲載したマスメディアからは、裁かれる側である渡辺さんへの取材が皆無というもの不自然であり、そして、渡辺さんの言い分が読者に伝わらないのは不公平なので、あえて記者が渡辺さんにインタビューした。
− なぜ、季刊誌などで、予断で他人を犯人と決め付けたのか。
「予断で、他人を犯人と決め付けたのではありません。私は、独自調査を重ねた結果、これらの人が父を殺した犯人に違いないと感じただけです。この件の場合、警察が父の死を自殺と断定している事件であり、遺族の私が、父の死を他殺だと一人言い切り、そして、独自で調査をした結果、父を殺したかもしれない犯人をこの人だと指摘することは、第三者から見て、私の言動が異常に見えるのも承知の上でした。私が犯人だと決め付けることにより、犯人と名指しされた人は私を名誉毀損罪で訴えてくると思ったのです。もっとも、その私の思惑は、名誉棄損とされた出版物の出版当時に、他人から伝授されたもので、それまでの私の思慮や知識に、そのような訴えを起こすことなど思いつきもしませんでした」
− なぜ、それを実名で報道したのか。
「実名で報道しなければ、訴えを起こしてほしい相手が、特定できないからです。例えば、Aさん、Bさんなどとして、父を殺した犯人と思うひとは、Aさんであるという記載をしたところで、Aさんが誰だか分からない限り、名誉毀損の訴えを起こす気にもならないだろうし、起こす必要もないと彼らが思うと思ったからです」
− それが名誉棄損に抵触することを認識していたのか。
「もちろん、抵触することを認識していました。それで、名誉毀損で私を訴えてくれると考えました」
− 実名報道する以前に、なぜ、警察や報道機関に再度、亡父の件について訴えかけることをしなかったのか。
「実名報道する直前に、検察庁は『他殺の証拠がない』として、父の死を自殺と結論づけました。平成14年3月22日のことです。検察庁がその結論を出し、報道機関がそれを報道したことにより、報道機関も父の死を自殺と片付けてしまいました。平成13年3月に、検察審査会が『不起訴不当』の議決を下し、神戸地検の次席検事は 「検察審査会の議決を踏まえて、再捜査する」というコメントを出されました。私は、そのコメントを新聞報道で見ただけで、神戸地検の次席検事から直接、検察庁の意向を聞いたわけではありません」
「そもそも、この事件は、平成11年7月に、私が被疑者不詳の殺人被疑事件として、検察庁に告発したことが発端です。告発をしたのは私ですから、その延長線上である2回目の再捜査では必ず、神戸地検から告発人である私に事実確認や新事実についてなど、問い合わせをこめて、呼び出しがあると思っていました。また、当時取材などに訪れたマスコミ関係者も、『呼び出しがあるでしょうね』と言っておられたので、私は、呼び出しがあるものだとばかり思い、1年間、待ち続けていました」
「ところが、平成14年3月23日朝、私がいつものように朝起床し、新聞を手にしたところ、『他殺の証拠がない』として、検察庁が不起訴処分にした事実を知りました。つまり、告発人の私に一度も問い合わせや事実確認などがされないまま、検察庁は不起訴処分を下してしまったのです。その日は、土曜日で検察庁は休みでしたので、私は、翌週の月曜日(25日)朝一番、不起訴の理由を聞きに、検察庁に出向きました。検察庁の職員は、担当検事に連絡をとってはくださったものの、年度末の仕事が山積しているとかで、『今は、会うことができない。出直してきてほしい』といわれました。いつ、出直してくればいいのですかと尋ねると、28日だったら都合が良いということで、28日に、再度来庁することになりました」
「出版物は、平成14年4月10日に発売するという段取りが組まれており、その原稿の加筆・訂正などの期限が3月25日でした。つまり、検察庁が不起訴にした理由については、その出版物に盛り込むことはできなかったのですが、不起訴処分を下されたことで、法的措置の終了を感じたことも、実名表記にこだわった一因です」
「『告発、不起訴、検察審査会、不起訴不当、再捜査、不起訴』というプロセスを踏んでしまった後には、もう、真相解明を求めるための法的手段は、すべて使い果たしてしまったという現状であったことも、実名表記にこだわった一因なのです」
「不起訴が再度決定された際にも、報道機関から、私への取材などありませんでした。ですから、一度も検察が告発人の私に事情聴取しなかったのだという事実も、報道すらされないままです」
− 2日付の新聞で、1日に渡辺さんが在宅起訴されたという報道があったが、1日に報道機関から起訴された側として取材されたか。
「1日、検察から在宅起訴されたということは、2日の朝刊を見て知りました。報道機関からは一切、誰からも取材などありません」
− 3日現在、起訴状は受け取ったのか。
「はい、起訴状は、今日(3日)午前11時ごろ、自宅に書留で神戸地方裁判所から、特別送達という印が押された郵便物が届きました。私は、起訴状を手にした瞬間、私の7年間の独自調査の合格通知を神戸地検特別刑事部検察官から知らせてもらったような気がして、感極まる思いでした。父の死の真相解明は、これからが本番です」
― もっとも重要なのことは他人を犯人視するのではなく、亡父の死因という事実を知ることではないのか。
「もっとも、重要なことは、他人を犯人視することではなく、亡き父の死因という事実を知ることですが、父の死因を知るよりも先に、父は自殺ではないのだと世間に訴えかけ、目撃情報などの情報を寄せてほしいと思うのが、当初からの報道機関への呼びかけでした。自殺と断定されている事件で、娘の私が、他殺かもしれないので、現場周辺での目撃情報を集めたいと嘆願する姿勢を、報道機関は奇異に感じたのかもしれません」
「本を執筆するにあたっては、当初『渡辺省三、転落死の真実』というタイトルで、父の死の背景にあったものを時系列に書きました。ところが、原稿を出版社に手渡すと、他人を犯人視することを強調するタイトルと内容に仕上がってしまったのです」
− 今なにを反省し、これからなにを望むのか。
「すべて、精一杯やったことです。父の死の真相を解明したい一心で、処罰を受けることを覚悟のうえ、他人の名誉を毀損しまでも、この件を表ざたにすることが目的だったわけです。私は逮捕も覚悟でした。この度の検察庁の私に対する処罰は、甘い処罰だと受け止めていると同時に、検察庁検察官が、私の主張を全面的に理解してくださったことに感謝申し上げる次第です」
「今後望むことは、検察庁の捜査に役立つ資料等は、随時任意提出させていただき、検察庁に協力して、父の死の真相を一刻も早く解明していただきたく思っています」
検察は渡辺さんを名誉棄損で起訴したのであり、亡父の事件の再捜査を確約したのではないのであろう。この点が気がかりだ。あなたは、このインタビューを読んで、どう感じられたであろうか。最後に、あるマスメディアから記者への忠告を紹介しよう。記者が渡辺さんの「誰かが殺した」「供述調書」の連載をPJニュースに掲載していることに関して「もっとビジネスライクになったほうがいいですよ」との助言を頂いた。記者はこの言葉が、国内のいわゆる「客観報道」の限界、いや欺瞞(ぎまん)を反映しているものと受け止め、同時に、その実態が「傍観報道」であると確信したのであった。渡辺さんの名誉棄損事件は、故・省三さん事件への警察捜査とマスメディア取材に「デュー・プロセス」と「デュー・プロフェッショナル・ケア」が存在してたならば、起こらなかったに違いない。【了】
※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としてのライブドアの見解・意向を示すものではありません。また、PJはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュースとは無関係です。
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