「人事が万事」──韓国の政界ではこういう言い方をよくする。歴代政権も人事でつまずいた例が多かった。発足から1か月。文在寅(ムン・ジェイン=1953年生)大統領はどんな人材を登用しているのか。

 「手帳人事」。前任の朴槿恵(パク・クネ=1952年生)政権時代には、よくこう指摘された。事実かどうかは分からないが、重要人事は、朴槿恵氏が手帳に書き付けた「リスト」から選んだという意味だ。選択の幅が狭いという限界を批判的に表した言い方だった。

 韓国の大統領の権限は依然として大きい。「毎日経済新聞」は、大統領が直接、間接的に決める人事が1万5000もあると報じた。

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人事が政権の足を引っぱった例も

 だから人事を巡っては、いろいろなうわさも飛び交う。適材適所とはいかず、誤った人事が政権の足を引っ張る例も多かった。

文在寅大統領が指名した主な行為公職者
(※は2017年6月14日現在で、すでに就任済み)

※首相 李洛淵(イ・ナギョン=1952年)東亜日報記者、国会議員、全羅南道知事
※副首相兼企画財政相 金東兗(キム・ドンヨン=1957年)企画財政部次官
副首相兼教育相 金相坤(キム・サンゴン=1949年)韓信大教授、京畿道教育監
外相 康京和(カン・ギョンファ=1955年)放送PD、国連事務総長特補

法相 安京煥(アン・ギョンファン=1948年)ソウル大教授
国防相 宋永武(ソン・ヨンム=1949年)海軍参謀総長
行政自治相 金富謙(キム・ブギョン=1958年)国会議員
文化体育観光相 都鍾煥(ト・ジョンファン=1955年)国会議員

環境相 金恩京(キム・ウンギョン=1956年)ソウル市議
雇用労働相 趙大菀(チョ・デヨプ=1960年)高麗大教授
国土交通相 金賢美(キム・ヒョンミ=1962年)国会議員
海洋水産相 金栄春(キム・ヨンチュン=1962年)国会議員

未来創造科学相 兪英民(ユ・ヨンミン=1951年)ポスコ経営研究所社長
統一相 趙明均(チョ・ミョンギュン=1957年)統一部局長
農林畜産食品相 金瑛録(キム・ヨンロク=1955年)国会議員
女性家族相 鄭鉉柏(チョン・ヒョンベク=1953年)成均館大教授

※国家情報院長 徐薫(ソ・フン=1954年)国家情報院対北戦略室長
※公正取引委員長 金商祖(キム・サンチョ=1962年生)漢城大教授

 政権初期に、最も大統領が神経を使うのが、首相と閣僚人事だ。

 重要人事には、青瓦台幹部もあるが、こちらは大統領秘書官だから、大統領が思うように任命できる。

国会の人事聴聞会の壁

 ところが、閣僚となると、韓国では、国会の人事聴聞会という厄介な手続きが待っている。

 首相や閣僚候補者を国会に呼んで、徹底的に「適性」を検証する。2000年に始まった制度だ。

 首相、大法院長(最高裁長官に相当)、監査院長、憲法裁判所長、大法官(最高裁判事に相当)の5ポストについては、国会の「人事聴聞特別委員会」で過半数がOKを出さなければ就任できない。

 他の閣僚、閣僚級高位公職者に対しても公聴会を実施する。首相らとは異なり、国会が人事聴聞会報告書を過半数の賛成で採択し、「OK」をしなくとも、大統領は任命を強行できる。

 だが、国会の聴聞会でさまざまな問題が出てきた場合は、世論が反発し、指名撤回や候補辞退に追い込まれる例も少なくない。

 文在寅政権の場合は、国会で「少数与党」政権であるため、政権発足直後から国会の反対を押し切って人事を強行することも簡単ではなく、相当な負担になっている。

 朴槿恵政権の場合は、最初から首相の指名でつまずいた。

 個人的な問題がいろいろと出てきて、最初に指名した候補が辞退に追い込まれた。こういう前例があるため、文在寅大統領は、首相について慎重に慎重を期して人選したようだ。

スキャンダルと無縁の首相も執拗な追及を

 東亜日報記者出身で東京特派員経験もある李洛淵氏は、指名直後から「個人的なスキャンダルとは無縁で、与野党双方の受けが良く、聴聞会通過に問題はないだろう」と言われていた。

 それでも、国会では、個人的な財産、妻の仕事のことなど、疑惑とも思えないことまで徹底的に追及を受けた。

 文在寅大統領は、大統領選挙の公約として「高位公職者から排除する5原則」を掲げた。

高位公職者から排除する5つの原則

 兵役忌避
 不動産投機
 脱税
 偽装転入
 論文剽窃

 この5つだ。国会で、人事聴聞会が開かれるたびに問題になり、事態や指名撤回に追い込まれた例も少なくなかった。

 文在寅大統領の掲げた5原則はもちろん、好評だったが、実際には簡単なことでないこともすぐに明らかになってしまった。文在寅大統領が指名した高位公職者が、続々と、5原則に引っかかってしまったのだ。

 兵役忌避や脱税は問題外だが、他の項目については、「すべてクリア」は簡単ではなかった。

 学者や博士号を取得している候補者の最初の難関が「論文剽窃」だ。今でこそ、インターネットも普及して、論文の引用などについては基準が厳格になっているが、以前は、「緩い」時代もあった。ここを徹底的に検証されると、ぼろぼろと疑惑が出てしまう。

 さらに、「偽装転入」も厄介だ。子供の進学や不動産購入のために、韓国では、親戚や知人の家に一時的に住所を移す例は少なくなかった。

 厳格にみれば、「偽装転入」になるが、これは、悪意や不動産投機を目的にしたのか、一般に広く行われていたことで許容範囲なのか、その判断は簡単ではない。

 野党から見れば、文在寅大統領が「5原則」を掲げたことで、「大統領が定めて基準に反している」と攻めやすくなったとも言える。

 「5原則」に触れる例が続いたことで、文在寅大統領自身が「あくまでも原則論を言ったもので、具体的にすべてを遵守することは難しい」と苦しい釈明に追われることになった。

外相候補を巡る攻防

 2017年6月15日午後現在、国会では、特に外相に指名された康京和氏を巡って「不可」で一致する野党と「強行指名」で突っ張る文在寅大統領との間で激しい対立が続いている。

 偽装転入に加えて、娘の進学に絡む疑惑が浮上した。さらに外交政策について質問を受けた際、慎重な答弁に終始して、これが野党から「不適格」と見られた。

文在寅式人事とは

 国会との攻防はまだしばらく続くが、では、文在寅大統領は、どんな人物を高位公職者に指名しているのか?

 「中央日報」によると、文在寅大統領は、6月14日までに次官級以上の高位公職者を55人指名している。首相や閣僚、次官などのことだ。この55人を分析すると、興味深い「人事」の傾向が読み取れる。

 最初の特徴は、「市民団体出身者」の抜擢だ。

 朴槿恵政権では、ほぼゼロだった市民団体出身者が、文在寅政権では主流派を形成する勢いだ。「中央日報」によると、11人が市民団体出身者だという。

参与連帯の躍進

 特に目立つのが、1990年代末以降、財閥改革、検察改革などを主張して活発に活動した「参与連帯」出身者だ。

 参与連帯は、1994年設立の市民団体だ。「参与と人権が保障される民主社会の建設」を設立目的に掲げた。多くの学者や市民運動化が参加して、韓国最大級の市民団体になった。

 特に、国家権力の乱用と財閥の横暴を2大標的に掲げ、検察など権力機関や財閥の改革に向けてさまざまな提言をするだけでなく、選挙や株主総会になどに積極的に参加する行動型の団体として鳴らした。

 「中央日報」は「参与連帯出身者が核心要職に進出した」と報じている。検察改革を主張してきた安京煥氏が法相に指名され、青瓦台の民政首席秘書官には者国(チョ・グク=1965年生)ソウル大教授が就任した。

 さらに、財閥改革を主張して株主総会などでも直接行動した張夏成(チャン・ハソン=1953年生)高麗大教授が青瓦台で政策の最高責任者である政策室長に、金商祖漢城大教授が公正取引委員長に就任した。

 検察や財閥に真っ向から挑戦していた参与連帯のリーダーが続々と政権入りしたのだ。

女性の登用

 女性の登用も目立つ。6月14日までに指名した閣僚15人のうち、女性が4人。これだけでも歴代政権に比べると相当多いが、次官級まで含めると9人と相当な比率になる。

 与党「共に民主党」の国会議員出身者も主流を占める。9人が閣僚、次官級以上にはいったがこれも5人だった前政権よりはかなり多い。

 韓国政治では必ず注目を集める「地域」についてはどうか。

 いままでの人選で目立つのは「全羅道」出身者だ。李洛淵首相、金相坤副首相兼教育相、任鍾翛(イム・ジョンソク=1966年生)青瓦台秘書室長、張夏成青瓦台政策室長がいずれも全羅道出身だ。

 「毎日経済新聞」は、一連の人事の特徴の1つに「前政権で冷遇された人材の活用」を挙げている。

 趙明均統一相は、前政権で「早期退職」に追い込まれたが復権した。前政権時代に崔順実(チェ・スンシル=1956年生)氏と親しかったとされる大韓乗馬協会幹部について批判的な報告を上げて事実上左遷された当時の文化体育観光部体育局長が、今回の人事で「次官」に昇格した。

 前政権で上司からの捜査に対する圧力を受けてこれに抵抗して左遷されたとされる検事が、今回、ソウル中央地検長に「特進」した。

 「政権交代」だけあって、人事がかなりダイナミックに進んでいる。

 いまのところ、世論は好意的だ。だが、「大統領選挙のキャンプや党にいた人物を登用しすぎだ。市民団体への偏りも目立つ。大統領が掲げた『国民統合』というキーワードとはかなり距離がある」(韓国紙デスク)との見方もある。

 まずは、国会の聴聞会という難関を突破できるか。突破できない場合も、人事を強行するのか。さらに、就任後に、仕事でどこまで実績を残せるか。

 政権発足後最初の関門は、やはり「人事は万事」である。

筆者:玉置 直司