[Point of View]Vol.77 アドビのプリンシパルカラーサイエンティスト、ラース・ボルグ氏にHDRの今後の動向を聞く

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アドビのプリンシパルカラーサイエンティストのラース・ボルグ氏

色のエキスパートボルグ氏にHDRを訊く

2017年6月1日〜2日に東京・千代田の秋葉原UDXで行われたAfter NAB Show Tokyo 2017の会期に合わせて、アドビのプリンシパルカラーサイエンティストのラース・ボルグ氏が来日した。ボルグ氏は1989年にアドビに入社し、以降グラフィックス、色、ビデオ、イメージ処理の分野に貢献するだけでなく、HDRとWCGのカラー変換のためのダイナミックメタデータのドラフトグループ(SMPTE 10E)座長としても活躍するカラーのエキスパートだ。ボルグ氏にHDRの問題点や今後の動向について話を聞くことができた。

まずボルグ氏の経歴について聞いてみた。ボルグ氏はアドビに在籍してから28年目。入社した1989年のアドビといえばまだIllustratorなどのアプリケーションを発売したばかりだ。その当時の様子を振り返って頂いた。

ボルグ氏:1980年台の入社した当時は印刷のグループに在籍しまして、PostScriptが出た当初からカラーマネージネントを担当していました。当時のカラーマネージメントとしてはクロスフィールドエレクトロニクスやコダックなどのものが複数存在していまして、総合運用性というのが問題となっていました。90年台になるとAppleはColorSyncをリリースしたり、機材間で色の管理を行うインターナショナル・カラー・コンソーシアム(ICC)という国際標準化団体が立ち上がり始め、アドビの代表として参加していました。

2005年からは、動画カラーマネージメントについて取り組みを開始しました。動画のカラーマネージメントといっても90年代に行ってきたグラフィックスのノウハウをそのまま応用したものです。当時の映像カラーマネージメントは限定的で確立されておらず、状況に応じて変化する感じでした。

近年の映像業界の技術的なトレンドといえば明るさに範囲を拡大するHDRだ。HDRは、2016年7月にHLGとPQの2つを規定したBT.2100の成立で正式にスタートしたといっていいだろう。そこで改めて、HDRを規定したBT.2100やそれ以前のBT.2020の違いのポイントに聞いて見た。

ボルグ氏:BT.2100というのは、BT.2020にハイダイナミックレンジを規定した規格です。BT.2100のUltra HDの解像度やフレームレート、カラーボリュームなどの主要な映像パラメーターについてはBT.2020と同じです。つまり、BT.2100はBT.2020の上に成り立っており、色域についてはBT.2020で規定された色域をもとに輝度の情報を付加してのものになります。

After NAB Show Tokyo 2017で行われたセッション「HDR映像制作とAdobe Creative Cloud」のプレゼンテーション資料より。一番下がHDRを規定したBT.2100となる

最新のHDR「SMPTE 10E」とは?

HDRを理解するには、さまざまな規格を知らなければならないだろう。その中から新しい規格やボルグ氏のSMPTE 10Eについて聞いてみた。

ボルグ氏:新しい規格ではフィリップスとテクニカラーが開発をした「SL-HDR1」があります。1本の信号でテレビに合わせたHDR表現ができるというコンテンツ配信方式になります。ただ、新規格といってもBT.2100がベースで、こうした派生の規格も多いです。

また、私が座長を務めます「SMPTE 10E」とは、HDRとSDRを変換する際のメタデータを規定する規格です。HDRからSDRに変換する際に当然表現できるレンジの幅が違うので、単純に圧縮するとクリップされてしまってまったく意図しない表現になってしまいます。こういった問題に対してメタデータを付加してコンテンツの内容に合わせて変換しようというのがSMPTE 10Eになります。

SMPTE 10Eの特長は、ダイナミックに色変換するメタデータであることです。変換には、一定に行う「スタティック」と変化をつけられる「ダイナミック」の2種類あります。スタティックの課題として、1つの作品で同じ変換や計算方式でHDRからSDRに変換を行うと明るい場合は問題が起きにくいですが、暗い場合はかなり暗く落ち込んだ映像に仕上がることがあります。ダイナミックに色変換するメタデータであれば、シーンによって変換計算方式を変化させることができます。

HDRはまだパラメーターが確立したばかりで、映像化制作手法は不透明だ。今後予想される問題点を聞いてみた。

ボルグ氏:問題はいくつかあります。まずはスタッフの問題です。SDRの制作では、カメラオペレーターがSDRで撮影をして、そのSDRで撮影された素材をカラリストが作業をするという流れでした。これがHDRの制作になると、より多くの責任がカラリスト側にかかってきたり、作業が増えるでしょう。例えば、HDRのバージョンのほかにSDRのバージョンの2種類作らなければいけなくなる場合が起こることも予想されます。

また、セミナーで紹介しましたイメージの例で解説しますと、HDRで撮影された素材は雲の切れ目の明るいところから暗いところまですべてトーンを収録できます。これをSDRで表現しようとなると、明るいところは白飛びして、暗いところは潰れてしまいます。監督としては雲のディテールまで表現したい、という場合もあると思います。

しかし、そういった作業をするときにSDRで表現するには限界があります。HDRで高い情報量があったとしても、白レベルやハイライト、ホワイトをSDRでいかに表現するかというところがカラリストに求められてきます。

After NAB Show Tokyo 2017で行われたセッション「HDR映像制作とAdobe Creative Cloud」のプレゼンテーション資料より

HDR元年はいつくるのだろうか?

After NAB Show Tokyo 2017の展示会場ではすでにHDR映像制作ソリューションの展示をしている企業もある。放送側ではHDR信号への対応した実用放送が2018年12月にスタートと発表されている。ボルグ氏自身は、HDRの出発点となる「HDR元年」をいつぐらいと考えているのだろうか?

ボルグ氏:業界や市場ごとに変わってくると思います。予測は難しいです。ただ、映画が先にくると予想します。映画製作では、HDRでの制作はすでに始まっていますし、NetflixやAmazonではHDR対応コンテンツのストリーミングは始まっています。放送はその後に続く形になると考えています。

特に放送の中でもライブのスポーツ中継をHDRで、というのは十分に考えられると予想されます。サッカー中継をHDRで行う場合は、極端に明るい部分と暗い部分に選手がいることはほとんどありませんので、スタティックなコンバージョンで、HDR、SDRの両方が対応できることになると思います。このように、HDRに対する取り組みというのは、市場の要素によって変化するのではないかなと思います。

また、実際に技術のベースの部分はできたとしても、それをどのように運用するかが課題になると思います。例えば、HDRの映画を見ていて、途中でCMが挟まったりチャンネルを変えた場合の放送局間の明るさの違いで不快感を感じるという問題があります。音ではラウドネスという規格がありまして、国内での基準レベルは-24LKFSになりましたが、その-24LKFSに決まるまでに時間がかかりました。HDRでも同様に、運用するときに同様の基準を最初に作ったうえで普及の段階に入ってくると予想されます。