医者を好み、医者と付き合い、結婚することを目指す。

そんな女性たちを、通称「ドクターラバー」と言う。

日系証券会社の一般職として働く野々村かすみ(28)も、そのひとり。

彼女たちはどんな風に医者と出会い、恋に落ち、そして生涯の伴侶として選ばれてゆくのだろうか?

医者とドクターラバーたちの恋模様は、一筋縄ではいかないようだ。




ずっと恋焦がれていた、ヴァージンロードを歩く日。


重たそうな木の扉が、厳かにゆっくりと、開く。

正面のステンドグラスから差し込む光で一瞬目がくらんだ後、一気に視界が開ける。

かすみの目には、ヴァージンロードの両脇に並ぶ人々がこちらを見つめながら、一斉に拍手をくれているのが映る。

隣で組まれた父の腕が、わずかに震えている。緊張なのか、感極まっているのか。どちらだろうか。

扉の前で、かすみは父とともに、深々と一礼をする。そして、一歩一歩ふみしめるように、父と赤い絨毯の上を並んで進む。

ずっと、恋焦がれていたこの瞬間。けれど、現実になった今、意外にも頭の中はかなり冷静だった。

中ほどまで歩いたところで少し顔を上げると、目の端に、里帆が映った。目を真っ赤に潤ませて、嗚咽をこらえるように肩を震わせている。

―泣き虫なんだから。

かすみの顔に、思わず笑みがこぼれる。

そのまま顔を正面に向けると、光の先で、彼がこちらを優しく見守っているのが見える。

彼の目には、一点の曇りもない。穏やかな顔つきで、隣に並ぶのを待ってくれている。

かすみは彼に向かってほほ笑みかけながら、ふと、2年前のことを走馬灯のように思い出していた。


かすみが回想する、2年前の自分とは?




遡ること、2年前


―お医者さんとのお食事会、決まったよ。来週金曜、20時に麻布十番ね。

睡魔と戦いながら書類整理をしていたところに、会社の同期の里帆からLINEメッセージが届いた。かすみの目は、一気に覚める。

―ありがとう。どこの大学出身の人たちかしら?

すぐに返信すると、1分とたたずに、里帆から返信が来る。

―慈恵医大だよ!

やった、とかすみは口の中でつぶやき、そっと笑みをこぼす。里帆には満面の笑みを浮かべるウサギのスタンプを返しておいた。

「私もだいぶ、ドクターラバーが板についてきたな…」

ドクターラバーとは、交際相手として、医者をターゲットに絞る女性のことだ。

同期の里帆など、年季の入ったドクターラバーだ。大学2年の20歳そこそこから26歳にいたる現在まで、東京で参加してきた医者とのお食事会は、優に100回を超えるらしい。

かすみは里帆の影響を受け、ここ数年でドクターラバーへと変貌を遂げた。

千葉出身で地元の国立大学を出たかすみは、もともとは「学歴や年収がある程度良い人といつか結婚できたらいいな」というくらいの軽い願望を持って、都内の日系の大手証券会社に一般職として就職した。

そこで、同期の里帆と出会った。秘書課に配属された彼女は、申し分ない容姿を持っていた。

色白で整った清楚な顔立ち。ぱっちりとした意志の強そうな目。肩付近で切りそろえられた、艶やかな黒髪。

いつも何か含んだような笑みを浮かべている表情が、印象的だった。

かすみはなぜか里帆に気に入られ、入社以来仲良くしている。里帆に連れられて医者とのお食事会に数多参加するうちに、医者に婚活の焦点を絞るようになったのだ。

―今回のお食事会のお相手、東京の私大出身者で良かった。

かすみは再び、ふっと笑みをもらす。

慶應大、慈恵医大、順天堂大など東京の私大出身の医者は、家柄が良い者も少なくない。親からの援助を受けている場合も多く、タクシー代を出してくれるなど、羽振りがいい傾向にあるのだ。

一方、地方国立大の出身となると、あまり気が利かないのが玉にキズだ。

大学時代を比較的地味な価値観の中で過ごしているせいか、お店選びのセンスが微妙だったり、タクシー代を出すといった気遣いはあまり期待できない。(むろん、頭はいいのだが…)

そんな背景があり、かすみは慈恵医大と聞いて、心を弾ませたのだ。


医者とはどうやったら出会える?




ひとりのお医者さんに出会えれば、あとは芋づる式。


―いつから、お医者さん以外とのお食事会、楽しみじゃなくなったんだろう。

かすみは、偏った考えに染まってしまった自分の価値観にやや罪悪感を覚え、小さなため息をつく。

社会人になりたての頃こそ、広告代理店勤務の男や商社マンとのお食事会に、目を輝かせて参加していた。

その中で生まれた恋も、いくつかあった。清楚で可憐な雰囲気を醸しているからか、 “内助の功”タイプの女性を欲する彼らに、かすみは人気が高かった。

しかし、里帆の影響でドクターラバー精神が骨の髄まで染みこんでゆくにつれて、かすみも医者以外の男性には徐々に興味を持てなくなってしまった。

ドクターラバーにとって、「医者」は他とは一線を画す、ある種別格の存在なのだ。

頭のいいごく一握りの人間だけがなれる、国家資格の職種。高水準の年収と、それを一生キープできる安定性。

これらの要素を併せ持つ職業は他にはなく、総合的にトップに君臨するのが医者、というのがドクターラバーの持論だ。

ゆえに、外資証券会社勤務の男などはいくら年収が高くても、かすみたちにとっては一生涯の安定性という点で、医者より格下となってしまう。

そして何より…「医者」という、甘い響き。

「彼氏は、何をしている人なの?」
「医者なの」

こう答えたとき、聞いてきた相手の目の色は、とたんに変わる。

男性なら、そんな男には勝てない、という失望の色。
女性なら、女として負けた、という嫉妬と羨望の色。

そんな風に自分の評価が上がる瞬間が、ドクターラバーには甘い蜜を味わうように、やみつきとなってしまう。

こうしてドクターラバーとして婚活を続けるかすみだが、幸いなことに、出会いにはさほど困っていない。里帆が、継続的にお食事会を設定してくれるからだ。

里帆曰く、「ひとりのお医者さんに出会えれば、あとは芋づる式」らしい。

医者という職種はとても専門性が高いため、学生時代から職場まで、周囲の人間関係はほとんど医者仲間で構成されがちになるという。

つまり、ひとりの医者にお食事会の幹事を頼むと、言わずとも医者を連れてきてくれる確率が高く、そこからどんどん医者の知り合いを増やしていけるというわけだ。

こうして里帆が学生時代から東京で培ってきた医者人脈の恩恵に、かすみもあずかっている。

里帆から、追加のメッセージだろうか?

ヴー、というバイブ音で我に返り、かすみはスマホを見る。

―来週は、2on2よ。将来有望な内科医らしいから、期待!

かすみはすぐに「OK」と返し、花が咲いたような笑顔をひそやかに浮かべながら、そっとスマホを閉じた。

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かすみと里帆が出会った、2人のドクター。彼らの女性の好みは、いかに?