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イギリスで行われた総選挙は与党・保守党の過半数割れという結果に終わり、昨年6月の国民投票に続く2度目の「まさか」となりました。メイ首相が与党圧勝をねらい前倒しで解散・総選挙に打って出たにもかかわらず、完全に裏目に出た形です。これでEU離脱の行方は混迷が避けられない情勢となりました。一方、フランス下院選挙ではマクロン新大統領の新党が圧勝の勢いで、イギリスとフランスで明暗が分かれました。

○イギリス総選挙の結果を振り返る

今回のイギリスの総選挙は、メイ首相が政権基盤を強化してEUとの離脱交渉を有利に進めようとの思惑から、本来なら3年後に予定されていた総選挙をわざわざ前倒しして実施したもので、いわば政治的な賭けでした。メイ首相が総選挙実施を表明した4月の時点では、野党・労働党の支持率は低迷していましたので、保守党は大幅に議席を伸ばせるとの読みがあったのでしょう。しかし結果は事実上の敗北。やらなくていい選挙をわざわざ行って、かえって事態をこじらせてしまいました。

これは昨年6月の国民投票と同じパターンです。キャメロン首相(当時)が、「残留多数」との結果が出ると踏んで国民投票を設定し、政権基盤を強化することを狙っていました。しかしその賭けが見事に失敗したことは記憶に新しいところです。しかしメイ首相はその教訓を学ばずに同じ轍を踏んだわけです。

メディアは今回の保守党敗北の原因として、選挙期間中に起きたテロが政権への逆風につながったこと、選挙公約で社会保障の高齢者負担引き上げを打ち出したことなどを挙げています。実は高齢者はEU離脱支持が多いのです。その反発を招いたのは痛手だったと言えそうです。

これらが保守党の敗因となったことは確かです。しかしその背景には、多くのイギリス国民がメイ政権のEU離脱交渉についての方針に不安や不透明感を感じているということに目を向ける必要あがります。

メイ政権はEU離脱については、移民の受け入れ制限を優先しEU単一市場から完全撤退する「強硬離脱」(ハード・ブレグジット)を掲げています。しかし国民投票で離脱が決まったとは言っても残留との票差はわずかであり、離脱を支持した人の間でも強硬離脱ではなく穏健な離脱をめざすべきだとの意見が多くあります。つまり必ずしも国民のコンセンサスが形成されているわけではないのです。

もともと高齢者ほど離脱支持が多く若者は残留支持が多いのですが、今回の選挙では前述のようにその高齢者が保守党から離反し、残留支持の若者の多くは労働党に流れたと見られています。

○イギリスのEU離脱交渉、不透明感強まる

こうしてみると、今後のイギリスとEUの離脱交渉は一段と不透明感が強まることは避けられそうにありません。メイ首相は続投を表明し、北アイルランドの保守系地域政党、民主統一党と閣外協力などで連携する方針を打ち出しました。閣外協力とは、閣僚を出さないが議会で重要法案や予算については政権と連携する形です。保守党の318議席に、民主統一党の10議席を合わせれば328、過半数の326をかろうじて上回ります。

ただ北アイルランドはもともとEU残留支持が多数で、歴史的に複雑な問題を抱えています。そのような背景もあって統一民主党は穏健離脱を主張しており、EU離脱後も隣国・アイルランドとの自由な往来、EUとの可能な限り自由な貿易継続などの政策を掲げています。これは、保守党の政策(厳しい国境管理による移民制限、単一市場からの撤退)とは開きがあります。

したがって保守党が統一民主党の協力を取りつけても火種は残ります。今後の離脱交渉に臨む方針を穏健路線に修正するのかどうか、あるいは保守党が強硬離脱路線を貫く場合はそれでも統一民主党は協力を継続できるのかなど、ヘタをすればイギリスの基本路線が迷走する恐れがあります。

メイ首相は続投を表明していますが、求心力低下は避けられません。メディアの中には「メイ首相はいずれ政権運営に行き詰まる」との見方を紹介する記事も見られ、保守党内には年内に新しい党首を選ぶべきだとの声もあるそうです。このような政治情勢を考えると、ひょっとするとEU離脱は迷路に迷い込もうとしているのかもしれません。

こうしたイギリスとは対照的に、フランス下院選ではマクロン新大統領率いる新党「共和国前進」が大躍進の形勢です。フランスの下院選は小選挙区で戦われ、第1回投票で過半数を獲得する候補者がいなかった場合は、一定の得票を獲得した候補者による第2回投票が行われる制度になっており、この11日に第1回投票が行われました。ほとんどの選挙区で当選確定者が出ていないため18日の決選投票で全議席が確定することになりますが、第1回の得票をもとにした議席予想ではマクロン新党が全議席の7割以上を占める可能性があるということです。

これまでの議会でマクロン新党の議席はゼロですから、大変なブームが起きていると言ってよいでしょう。このままマクロン新党が勝利するとすれば、マクロン大統領の政治基盤は強固なものとなり、同大統領が掲げるEU統合をさらに強化する方針が通りやすくなります。ドイツのメルケル首相との協調体制も強まるでしょう。つまりイギリスにとっては政権基盤が弱まっただけでなく、交渉相手のEU側は強くなるという力関係になってきたわけです。

EU離脱をめぐる不透明感が強まり混迷が長引けば、イギリスの経済にも影響がおよぶ恐れがあります。イギリスの景気は昨年の国民投票後も堅調さを保っていますが、それでも実はすでに減速の兆しが出ています。今年1-3月期の実質GDPは前期比0.2%増と、2016年10-12月期の0.7%増から鈍化しました。同じEU内のユーロ圏(19カ国)の1-3月期が0.6%増だったのと比べても減速しているのが分かります。

また企業のサービス部門の景況感を示すサービスPMI(購買担当者景気指数)を見ると、5月は前月から2.0ポイント低下して53.8となりました。景気の分かれ目とされる50をまだ上回っていますし、他の指標はまだ目立った悪化は見られませんので、今のところ心配するほどではありませんが、気になるところではあります。

実は、イギリスとEUの離脱交渉はこの19日から始まることになっていますが、この調子では予定どおりスタートできるかどうか。交渉期間はイギリスが離脱を通告した今年3月を起点にして2年後の2019年3月ですが、合意後の議会審議の日程を考慮すると事実上2018年秋頃までに合意をまとめる必要があります。しかし、ただでさえ2年間で交渉がまとまらないとの観測が多い中で、スタートから遅れることになってはますます今後の交渉スケジュールがきつくなります。2年間の交渉期間を延期するか、最悪の場合は2019年3月の時点で何も決まらないまま離脱する"強制離脱"の可能性も否定できません。そうなっては世界の市場が大荒れになるなど混乱が広がるおそれがあります。

今後のEU離脱交渉の状況次第では、イギリスに進出している多くの日本企業にも影響が出ることも懸念されます。ただ、イギリスの拠点を大陸側に移転することを検討するにしても、どのような形で離脱するのかの見通しがつかないうちは企業としては動きようがないのが実情です。企業も市場もしばらくの間は、やきもきしながらイギリスの政治情勢や離脱交渉の行方を見守ることになりそうです。

○執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。

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