キム・ハヌル(28歳/韓国)の勢いが止まらない。

 2015年シーズンに日本ツアー本格参戦を果たして3年目の今季、すでに3勝を挙げて賞金ランキングトップを独走。断然の賞金女王候補として脚光を浴びている。

 日本ツアー参戦2年目の昨季も、ツアー2勝を飾って賞金ランキング4位となったキム・ハヌル。今季は一層の活躍が見込まれていたが、その予想のはるかに上をいく快進撃を見せている。


サントリーレディスで早くも今季3勝目を飾ったキム・ハヌル 4月末のサイバーエージェントレディスで今季初勝利を挙げると、翌週には国内メジャー第1弾のワールドレディスチャンピオンシップ・サロンパスカップを制覇。2週連続優勝を飾って、2度目のメジャータイトルを手にした。

 さらに、宮里藍の”国内ラストゲーム”として話題となった先のサントリーレディスで今季3度目の優勝。4日間トーナメントの高額賞金大会を制して、獲得賞金(7858万2000円。6月12日時点)は前半戦だけで1億円に届きそうな勢いだ。

 ここまで、優勝3回を含めて8試合でトップ10入り。安定した強さも際立っている。今季ツアーはまだ3分の1を消化したばかりで、20試合以上も残っているが、賞金女王のタイトル獲得も十分に狙える……というより、その現実味はかなり高いように感じられる。

 2週連続優勝を飾ったあと、「今季の目標は3勝すること。まずは、あと1勝が目標です」と、謙虚に語ったキム・ハヌル。その姿勢は、日本ツアー参戦当初から変わらない。

 2011年、2012年の韓国ツアー賞金女王で、イ・ボミ(28歳/韓国)に次ぐ”第2の美人刺客”として多大な注目を集めても、大言を吐くことはなかった。「賞金女王が目標」と口にすることも一度もなかった。

 それが今季、ようやくその意識に目覚めたようだ。

「もちろん、賞金女王は挑戦しないといけないタイトル。特別意識することはありませんが、とにかくいけるところまでいきたいです」

 明確な目標には掲げなかったものの、「賞金女王は狙っていかないといけない」と公言するようになった。

 とはいえ、ここまでの活躍については、キム・ハヌル自身、驚きを隠せない。「来日当初は、これほどの結果が残せるとは想像もしていなかった」と言う。

 2011年、2012年と韓国ツアーの頂点に立ち、そのときキム・ハヌルは絶頂期にあった。だが、翌年からスランプに陥っていたのだ。

「2013年はドライバーが不調でイップス気味でした。2014年は、決して調子は悪くなかったのですが、2位が5回と優勝がありませんでした。少しずつ、目標を失いかけていたんです」

 近年、韓国ツアーの競争は熾烈さを増している。韓国、アメリカ、日本と3つのツアーを経験している元世界ランク1位の申ジエ(29歳/韓国)も、「”競争”という意味では、韓国ツアーが最も過酷でした。みんなが楽しくゴルフができているとは言えませんし、30歳になると、ほとんどの選手が引退しますからね」と語るほどだ。

 幼少の頃から英才教育を受けてきた才能豊かな選手たちが毎年、次から次へと登場。そんな活きのいい若手選手たち相手に、体力が落ちてくる20代後半になると、どうしても太刀打ちできなくなってしまう。

 キム・ハヌルも同様だった。そして、2年連続賞金女王になったあと、徐々に勝てなくなっていった彼女を「老将(ノジャン)=ベテラン」と表現し、もはやピークを過ぎた選手であるかのように取り上げるメディアも出てきた。

「(韓国では)歳をとると引退しなければいけない、といった雰囲気がツアー全体にあります。韓国では、強くて若い選手がもてはやされる傾向がとても強いです。私は2014年のマッチプレーで2位になったのですが、その大会でベスト8まで進んだ選手の中で25歳を超えているのは、私しかいなかったんです。そうしたら、ある新聞に『老将はまだ生きている』と書かれたり、新人選手との対戦前には『新人の気迫か、老将の貫禄か』なんて見出しをつけられたりしました(笑)。そういう立場に追い込まれるのが、とてもしんどかったです」

 そこで、目を向けたのは日本ツアーだった。イ・ボミや申ジエら、かつて韓国ツアーで一緒にプレーしていた同世代が活躍するニュースは、とても気になっていた。

「日本で輝けるチャンスが、私にもあるかもしれない。このまま引退するわけにはいかない」

 再起を期しての一大決心だった。キム・ハヌルは日本での新たなチャレンジを決断すると、2014年に日本のQT(※)を受けて、見事ツアーの出場権を獲得した。
※クォリファイングトーナメント。ファースト、セカンド、サード、ファイナルという順に行なわれる、ツアーの出場資格を得るためのトーナメント。ファイナルQTで40位前後の成績を収めれば、翌年ツアーの大半は出場できる。

 ただ、「今思えば、日本ツアー参戦の決断は”英断”でした」と、キム・ハヌルは振り返る。実は、「誤解していたことが、ひとつありました」と語る。

「日本に来るとき、ゴルフの実力があれば勝てるものとばかり思っていました。『技術さえあれば勝てるだろう』と安易に考えていたのです。でも、それは私の間違いでした。日本で勝つためには、メンタルも、思考も、変わらないといけない。いくらボールを正確に飛ばせるからといっても、環境に慣れないことには成績が出せないということを痛感し、そのことに気づかされました」

 そして迎えた3年目、大きな成功を収めている理由について、「一番は、環境への適応」と言い切った。

「ゴルフ場にいながら、今ではいろいろな知り合いができました。メディアの方たちとも顔見知りになれましたしね。とりわけ大きいのは、3年目にして、他の選手やキャディーの方々が私のことを知ってくれていること。それだけで、すごく(気持ちが)楽になりました。

 来日1年目は、どこに行っても知らない人、知らない場所ばかりで、とても不便で心細かったです。コースでも、ホテルでもそうです。それだけで、自分がひとりぼっちにされたみたいでした。でも、今ではどこに行っても知り合いがいるので、精神的に楽になって(プレーするうえでも)それがすごく大きい。試合に勝つためには、環境への適応が大事なことが本当によくわかりました」

 今では、相手が日本語で話しかけてきても、そのほとんどが理解できるようになったという。来日当初、まったく自信のなかったコミュニケーションも、自然とできるようになった。


優勝を決めた瞬間、両手を広げて歓喜するキム・ハヌル キム・ハヌルが言う。

「私にとって、日本は”第2のゴルフ人生”。今、その舞台において、私のプロ人生の中でも一番いい時期を過ごしているかもしれません」

 捲土重来――韓国では「老将」と揶揄されたキム・ハヌルが、日本という新たな地で再び絶頂期を迎えようとしている。

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