東芝問題が世間を賑わせる昨今、企業のリーダーの資質が改めて問われている。人気マンガ『島耕作』シリーズの著者であり、執筆にあたり数多くの企業の経営陣を取材してきた弘兼憲史氏が、リーダーに必要な条件を語った。
(出典:文藝春秋2016年2月号)

リーダーは“2タイプ”に分類できる

『島耕作』シリーズを描き続けて、もう三十三年になり、平社員だった島は会長まで登りつめました。課長や部長の時代はぼく自身のサラリーマン経験から想像で描けましたが、取締役や社長に昇進すると、そうはいきません。たくさんの企業の経営者にお会いして、話を聞かせていただきました。そんな中から私が考える、リーダーのあるべき姿についてお話ししたいと思います。

 島耕作は、強烈な個性の持ち主というよりも、人の意見をよく聞くバランス調整型の主人公にしています。リーダーシップはありますが、ややおとなしい感じに設定した。それには理由があります。

 現実にリーダーになる人は、ふた通りです。ひとつは、ソフトバンクの孫正義さんやユニクロの柳井正さんのような、オーナー企業のリーダー。もうひとつは、島耕作のようにサラリーマンとして社内を一歩ずつ這い上がってきたリーダーです。この両者では、冒険の仕方が違います。

 オーナー企業のリーダーは、時として思い切った勝負に出ます。孫さんでいえばボーダフォン買収やアメリカの移動通信大手スプリントの買収など、失敗したら会社がえらいことになる大勝負に、恐れず挑戦する。柳井さんも自分でドーンと引っ張ってきたあと、部下に任せてダメなら「俺がもう一回やるぞ」という体質や力をもっている。ぼくが勤めていた昔の松下電器でも、松下幸之助さんが一度リタイアして退かれたあと、うまくいかないとき経営現場に戻ったことがありました。ああいう姿は、オーナー企業や創業者ならではのリーダーシップだと思います。一方、下から堅実に上がってきたサラリーマン社長は、一か八かの大勝負になかなか出にくいものです。株主や社員、下請けさん、関連企業といったステークホルダーの人たちの生活が全部かかっているという意識が働くせいです。何年かの任期を終えれば代替わりするのですから、「自分の代で下手をこいたら大変だ」という思いもあるはず。そのため、大きく沈まないけれども、大きく儲けもしないという経営になりがちです。

 功罪相半ばするとは思いますが、オーナー経営者とサラリーマンから上がってきた経営者との違いは、そうした部分に現われる気がします。

リーダーに求められる条件―短期改革には“嫌われ者”が必要

 そして、どんな企業のリーダーにも必要な条件は、はっきりと指針を打ち出せる人であることです。これはヒロカネプロダクションの社長である私の体験からもいえることですね。何のために働いているかが漠然としたままだと、仕事のモチベーションは下がります。この会社はいま何をやりたいのかを明確に見せ、「こういうことをやるから、君らもついてきてくれ」とビジョンを示す必要があります。その際には「朝令暮改もアリ」だとぼくは思っています。時代が変わり、たとえば円相場が変わるだけでも経営は想定通りにいかないのに、過去の方針に固執するのはおかしい。状況に合わせて、前言を翻す勇気も必要です。

 企業の業績は、社長によってかなり変わるものです。短期に成果を出すことが求められる場合と、長期に会社を存続させる場合では、求められるリーダーの条件は違ってきます。

 人間は、厳しく締め付けられるとすぐに結果を出すものらしいですが、長続きはしません。締め付けがずっと続くと嫌になってしまい、忠誠心も薄れ、逆効果になるのでしょう。

 だから短期改革をするための人材には、相当厳しいというか、みんなから嫌われてもやり遂げるリーダーが必要です。松下電器では二〇〇〇年に中村邦夫さんという怖い社長が出て(笑)、「破壊と創造」をモットーにドラスティックな改革をしました。なんといっても松下家の世襲を切り、会長時代には社名をパナソニックに変更した。サラリーマン社長としては、かなり異色だった気がします。

 ぼくが早稲田の法学部を卒業して松下電器に入社したのは、一九七〇年です。幸之助さんが、まだ会長として本社にいらっしゃいました。ぼくはこれまで、たくさんの企業の社長や総理大臣にもほとんどお会いしてきました。みなさんそれぞれオーラはありましたが、やっぱり幸之助さんのオーラはすごかった。本社の廊下を歩いてこられて、すれ違うときに立ち止まってお辞儀する程度ですが、みんなが思わず立ちすくむような迫力がありましたよ。


「経営の神様」と呼ばれる松下幸之助 社員が「思わず立ちすくむような」迫力の持ち主だった ©getty

「え? 私が?」――社長に“向上心の塊”は少ない

『島耕作』の取材でお会いしたみなさんに「自分は社長になると思いましたか」と訊ねてみました。答えは共通して「ノー」。まぁ「イエス」と思っても、言わないだけかもしれませんけど(笑)。

 しかし感じたのは、向上心の塊で社長まで上り詰めた人が少ないことです。一生懸命に仕事をしていて、気がついたら周りが推してくれて、「私が社長でいいんですか」みたいな感じの人が意外と多かった。それが現実なんだな、という気がしました。だから島耕作が社長に就任するときも、そうしました。周りが推して、「え? 私が?」という形です。

 社長人事は事前に株主総会に諮る必要がありませんから、経営陣から突然指名されるケースも多いようです。たとえば三菱自動車の益子修社長とは、島耕作が社長に就任した二〇〇八年に対談をさせてもらいました。三菱商事から三菱自動車の常務に移ってわずか六か月後、親会社である三菱重工の西岡喬会長から呼ばれて「自分が会長をやるから、お前は社長をやれ」。当然「ええ!」となったそうですが、「ノーはなし、考えますもダメ」だと。しかもそれが、社長就任の二日前。そんなドラマチックな話が本当にあるんだ、と驚きましたよ。

社長就任のあれこれ――「もうわかりましたよ。継げばいいんでしょ」

 〇八年の取材には、ローソンの新浪剛史社長とサントリーの佐治信忠社長もいました。現在は新浪さんがサントリーの社長になっていて、佐治さんは会長です。ぼくは新浪さんとは親しくてゴルフしたり飲んだりする仲ですが、ローソンからサントリーへの移籍は新聞で読むまでまったく知りませんでした。銀座のクラブに行ってるやつから、「新浪さんと佐治さんが店の片隅でコソコソ話してた」っていう情報は入ってたんですが、そのとき相談してたのかな(笑)。

 創業家一族の佐治さんはもちろん、新浪さんもまた、オーナー企業のリーダーに似た一刀両断型の人です。三菱商事からローソンに移るとき、出向ではなく退路を断って転籍しました。ローソンでガンガン仕事をして、経済同友会や経済財政諮問会議での発言力も強かったので、佐治さんは目を付けたんじゃないでしょうか。

 松下電器では、一九七七年に就任した山下俊彦社長も異色でした。学歴は工業高校卒で、二十六人いた取締役の中で序列二十五番目だったのが、松下幸之助さんから直々に社長に指名されたんです。「山下跳び」といわれて、話題になりましたね。山下さんの本を読んだら、最初は「もっと上の方がいらっしゃるじゃないですか」と固辞したそうです。しかし相談役の幸之助さんと社長の松下正治さんが何度も電話して交渉を重ねた。あるとき家で酔っぱらっているとまた電話がかかってきて、「もうわかりましたよ。継げばいいんでしょ」みたいなやり取りで引き受けた、と書いてありました。

 島耕作の課長時代の上司で、のちに大抜擢されて社長になる中沢喜一という人は一匹狼で、山下さんをイメージしています。中沢さんもしばらく悩んだけど、島耕作がゴールデン街で説得するシーンがありました。

 しかし諦めずに何度も電話をかける幸之助さんも、すごい。「これからの松下電器はこいつに託したい」という明確なイメージがあったんでしょう。

“経営の神様”も“運”頼み――「面接して運の強そうなほうを選ぶ」

 幸之助さんといえば、面白いことを言っていたのを思い出します。同じような能力の二人のうち片方を昇格させるなら、面接して運の強そうなほうを選ぶというんです。どっちが運が強そうかなんてわかりっこないと思うんですが(笑)、鼻が大きいとか耳が大きいとか、何かあるのかもしれません。

「経営の神様」と讃えられた松下幸之助でさえ運を大切にしたというのは、経営判断というものの難しさを示しているのかもしれません。

 たとえば、去年の東芝の問題です。いろいろな原因があったでしょうけれども、「自分が社長の時代に、前の社長よりも実績を上げたい」。これはサラリーマン社長に特有の感情です。企業経営には、「前年同期比」という悪魔のような言葉が付きまといます。それが派閥や人間関係にも絡んできて、ああいう粉飾決算という形になってしまったんだと思います。

 同じ家電のシャープは、運転資金を確保するため全社員に自社製品の購入を呼び掛けたと報じられました。取締役や役員は二十万円、管理職は十万円、社員は五万円が目標だそうです。松下電器でも戦後に給料が払えなかったとき、電球か何か製品の現物を渡したことがあったそうです。社員はそれを売ってお金に換えたらしい。まだ物が溢れている時代ではないから、電球でもけっこう売れたと聞いたことがあります。しかしいまの時代にこういうニュースを見ると、「経営に失敗したんだな」と誰もが感じますよね。

次世代の“部下の伸ばし方”と“リーダーに選ばれる人”とは

 ビジネスの世界を描いてきた長い間に、企業の中では部下の叱り方が変わってきたと思います。ぼくらが就職した高度経済成長時代は、厳しくやって「くそっ!」と反発してくる力を最大限に利用するやり方でした。いまそんな話を漫画にしてもリアルさがない。このやり方では、多くの若者はへこんで会社を辞めてしまいます。

 うちは小さなプロダクションで、スタッフは十人ぐらいです。たとえばA君は、車やメカを描かせると抜群に上手い。木とか建物が下手だから「お前、ダメじゃないか」と文句を言ったのでは、だんだんやる気をなくしていきます。むしろ「お前は、ウチの中で車は一番上手いよな」みたいに褒めてやると、やる気を出すんです。車はますます上手くなるし、下手だった木や建物もだんだん底上げしてきます。そうやって褒めて、得意分野を持ち上げてやる方法がいいようです。

 ぼくらの若い頃は、数学ができなかったら集中的に数学を勉強させられました。でも数学は苦手だけど国語がすごい得意だったら、「もう数学はやらなくていい。国語だけは誰にも負けないように伸ばせ」というほうが、個人の能力は上がるような気がします。ゼネラリストも必要だけれども、スペシャリストのよさもある。大学受験で言えばゼネラリストが国立型、スペシャリストが私立型ですが、企業に入って東大出が必ずしも出世しているわけではない。自分の突出した能力を大切にできる人間のほうが、会社では役に立つ場合もあります。

 スペシャリストがリーダーだっていいのです。アメリカの大統領のように、補佐するスタッフや専門家のブレーンががっちり固めていれば、リーダーシップは発揮できると思います。

 むしろこれからのリーダーには、自分ひとりで引っ張っていく強い力より、さまざまな分野に有能なブレーンを確保できる人間性や人間関係が必要ではないでしょうか。大政小政がいて森の石松がいる清水次郎長みたいな人こそ、リーダーに向いていると思います。そのほうが、裸の王様にもならなくてすみます。

「人に言わせる」実力50、「巡り合わせ」の運50

 リーダーは、目指してなれるものではありません。与えられた仕事を、忠実にこなしていくことが近道でしょう。「私はこんな業績を上げた」とアピールすると嫌がられる場合もありますから、周りに「あいつはよくやってるな」と思わせることだと思いますね。自分から言うんじゃなくて、人に言わせる。自分からアピールすることは、日本の社会ではまだマイナスになるようです。

 加えて、巡り合わせもあります。そのタイミングでポストが空かなければいけないんですから。サラリーマンは、実力五十、運五十です。

 一九八三年の連載スタート時に初芝電産の課長だった島耕作は、二〇〇八年に初芝五洋ホールディングスの初代社長に就任しました。現在は、社名変更したTECOTの会長を務めています。性格は、知的な能天気。派閥は嫌い。本来、リーダーには向かないかもしれません(笑)。しかし本当に能天気だったら、大きな企業はまとめられません。ふだんは軽口をたたいて優しく見えて、みんなから好かれてるけど、やるときはバーンとやる。そういうタイプです。

 島耕作が昇進していくタイミングは、実はぼくの同級生に合わせているんです。岩国の中学で一緒だった、東京海上ホールディングスの隅修三取締役会長です。

 キャラクターは全然違いますよ(笑)。男が読む漫画ですから、やっぱり色っぽい部分も欲しい。だから島耕作の周りには、いろんな女性を出してきました。そんな女性たちが仕事を助けてくれたら、さらに嬉しいじゃないですか。そこで、大人のおとぎ話的な展開を入れています。

 しかし島耕作は、もう六十八歳になりました。アバンチュールばかりやってる歳でもありません。だからいま連載中の『会長編』では脇役にいろんなエピソードをつけて、話を盛る感じにしているんです。

 女性に関する部分以外は、経営トップの仕事についてもグローバル経済についても、細かく取材してリアルに描いてきました。お陰で、もうコミカルには描けなくなってしまいましたね(笑)。

出典:文藝春秋2016年2月号

弘兼憲史(漫画家)

(弘兼 憲史)