―マウンティングとは霊長類に見られる、社会的序列の確認と自己顕示のための行為。

東京の女たちは今日も霊長類のごとく、笑顔の裏でマウンティングを繰り広げている。

だが、一部の女は気づき始めた。 マウンティングは、虚像でしかないことを。

果たして、その世界から抜け出した先には、どんな世界が広がっているのだろうか。

東京でそれぞれの価値観で生きる、大手出版社に勤める麻耶(26歳)、港区女子・カリナ(27歳)、マウンティングとは無縁な女・玲奈(26歳)の3人。

恋愛や結婚適齢期の女友達との付き合いなどで、色々と悩み多き日々を送る麻耶であったが…。




1人の男に決められない、迷走する女心


知れば知るほど、イノッチというのは不思議な魅力を持つ男だった。

まず、これでもかというほど麻耶にとって心地の良い、耳触りの良い言葉を常に呟いてくれる。直接会うにしても、LINEのやり取りでも、彼と会話をしていると麻耶は浮き立つ心を抑えきれないほどだ。

仕事の愚痴を漏らそうが、常に穏やかにニコニコと聞いてくれ、潤にはない大人の余裕を感じる。

それに、今東京でも指折りのレストランにばかり連れて行ってくれるのも、26歳の麻耶にとっては新鮮で仕方がない。

潤もそうレストラン情報に疎いわけではないのだが、イノッチと比べるとやはり、その質は劣って見えてしまう。

かといって、誠実で結婚向きの彼への評価が全くゼロなわけもなく、麻耶はほとほと困り果てて、ズルズルと2人の男と関係を続けていた。


そんな麻耶の決断に、友人たちの反応は


「誰がどう思おうと、私は私」の罠


「それじゃあ麻耶は、今はイノッチと潤くんの2人と付き合ってるってことだよね。」

勉強会の資料を手渡しながら、玲奈が麻耶の顔を覗き込み小声で呟いた。

今夜は、麻耶や玲奈が定例で通っている勉強会。麻耶を可愛がってくれているフリーのWEBプロデューサーの仁美が、最近本を出版した知人を招きセミナースタイルで企画したものだ。

壇上に立つ、おそらく30代後半に見える女性は自分の作品を手に、にこやかに微笑んでいる。あれくらいの年になれば、自分は結婚して、子供もいるのだろうか…などと麻耶はぼんやりと考えていた。

「ちよっと、麻耶。」

玲奈につつかれ、麻耶はふっと我に帰る。

「2人と付き合ってるというか、2人のことが好きなのよ。それでもう、1か月も経っちゃったんだけどね。」

玲奈は一瞬怪訝そうな表情を見せたが、女性の話がスタートしたので自然に壇上に向き合い直し、いつものようにまっすぐな視線をそちらに向けた。

ー明日の夜、楽しみにしてるよ。

ふと鳴った、潤からのLINEメッセージに頬が緩む。

こんなに自分に誠実に向き合ってくれる彼氏を手放すなんて、自分には到底できない。そして、イノッチが若い自分にもたらしてくれる幸せな気分は、もう麻耶の生活になくてはならないものとなっている。

ここは、自分の気持ちに素直に、人の目を気にせず、急いでどちらかに絞る必要はないのではないか、と麻耶は改めて強く思った。




それに以前は、この玲奈に嫌われたくない、良い人間だと思われたいという思いが先行していたが、最近はあまりそういったプレッシャーもなくなった。

カリナとの関係や、旧友との近況報告会などで人間関係のコツを少しずつ理解し始めた麻耶は、ある種の自信を身につけ始めていたからだ。

別に、誰にどう思われてもいい。

自分に自信を持って、堂々としていれば他人の視線なんて気にならなくなる。

どんな男と付き合おうが、どんなバッグを持っていようが、自分に確固たる信念があれば問題ないのだ、と悟り始めたのだ。

そうすると、こうした勉強会にきても、同じような年頃の女性に会っても、不必要に傲慢になったり自分を高く見せるような発言もしない。そうした発言をしたい!という欲求すら起こらない。

だが、麻耶は「誰が何と言おうと私は私」という気持ちを優先するあまり、自分を客観視できていないことには自分では気がついていなかった。


他者の評価に依存しないのは良いことだけれど…?


姉の冷静なコメントで、客観性を取り戻す。


「麻耶、それまさか友達に自慢げに話したりしていないわよね?」

麻耶はぎくりとして、温かいロイヤルダージリンティーが目の前で丁寧に注がれているのを見ながら、姉の目をちらりと見返した。

今日は、姉の誕生日祝いに、ストリングスホテル東京インターコンチネンタルのレストラン&バー『ザ・ダイニング ルーム』で抹茶尽くしのアフタヌーン・ティーに来ている。




「自慢なんてしていないけど…。2人とのこと、長く報告しているお友達がいたって言ったでしょ?玲奈っていう子。その子には色々と言ったけど…まずかった?」

30歳を過ぎて、もう洋風の甘いスイーツが食べられないと嘆く姉の為にチョイスした、爽やかなグリーンが見た目も楽しい抹茶のロールケーキやスコーンを写真に収めながら、恐る恐る確認する。

麻耶はいつも、人間関係で何かあればこの姉に相談することにしている。カリナとの関係に悩んだ時も的確なアドバイスをくれた姉に、こうしてまたイノッチと潤のことを話しているのだ。

しかし、2人の男との関係をはっきりさせない話が、「得意げに」聞こえてしまったという。

姉は、ため息をつきながら続けた。

「麻耶、もちろん他人の評価を気にしないで自分の行動を選択するのは大事よ。成熟した、大人の一歩とも言えると思う。でも、普通に考えて平気で二股かけたりするような友達、麻耶ならどう思う?嫌な感じよね?」

「確かにそうだね…。」

勉強会の夜の、玲奈の怪訝そうな表情が思い出される。自分は何かとても大きな勘違いをしていたのかもしれない。

「言いたくないけど、私に2人の間で迷ってる、って言った時の麻耶、かなり自慢げだったわよ。客観的に、自分を見てみたら?今はまだ上手くやっているつもりかもしれないけど、長い目で見てお勧めできる状態じゃないと思う。きちんと2人に対して、けじめをつけて決断しなきゃダメよ。」

目の前の姉は、30歳を過ぎたというのに気にせずコーラルピンクのワンピースに、オフホワイトのカーディガンで年齢不相応な甘い雰囲気のコーディネートだ。

それに、およそ子供がいるとは思えないストーンやアートがたくさん施されたネイルで、丁寧にお茶を飲んでいる。

こういう部分は人の目を気にせずにいてもいいけれど、でも大事なところは気にしなくてはいけなくて…。

麻耶は思わず、大人になるって難しいね、とつぶやいた。

「そうね。でも、だんだん楽になってくるから。」

そうこうしているうちに、ホテルの人が、頼んでいたバースデープレートを持ってきてくれる。”Happy 31st Birthday”と書かれたお皿に、可愛らしいスイーツ。

姉のように人間関係をスムーズにしたいとずっと思ってきたが、目の前の姉の年齢に到達するまで、あと5年もあるのか…と麻耶は気が遠くなってしまったのであった。

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大事な友人と距離感を掴めず、ぎこちなさが生まれてしまう?