酒井高徳(撮影:PICSPORT)

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イラク戦が終わり、一番最初に報道陣の前に姿を現した選手は酒井高徳だった。手には日本代表の使う道具が入ったバッグが抱えられている。荷物を用具車に積み込むために酒井は動き回っていたのだった。だが、その作業は本来試合に出なかった選手が行うこと。この日、酒井高は77分、プレーできなくなった酒井宏樹に代わって急きょピッチに立っていた。

酒井高はピッチに出て、本田圭佑とのコンビネーションプレーを何度か決めて見せた。また、ロングスローを入れ、大迫勇也が落とし、本田がシュートを狙うなどチャンスも作った。だが同時に、最後に入った選手だからこそ、どんどん走り回って相手を崩し、自分でシュートを決めるほどであってほしいという期待もあったはずだ。

「監督には普通にしっかり繋ぐことと、前に前にということを言われてました。でも出てみるとチームは局面で疲れたシーンが出ていて、自分が勢いを持って上がっていっても、周りが付いてこなかったり、リスクを持って攻めていくとカウンターに対してチームがしんどくなると思いました。タイミングよく出て行こうとは思いましたが、そこで失点してもよくないとも思い、出た時間を考えてもリスクをおかさずしっかり繋ごうと思っていました」

引き分け狙いという感じはなかったのだろうか。そう聞くと酒井高は口を尖らせながら否定した。

「いや、全然ないです。まったくないです。じゃなきゃあんなところまでスローインも投げないし。最後の1秒まで可能性のある攻めはするべきだと思うし。それが実らなかったという試合でした」

日本チームは暑さと固い芝に苦しんでいるようにみえたが、どうだったのだろうか。この質問にも酒井高は語気を強めながら答えた。

「もうワールドカップの予選を何十年も戦ってきて、芝がとか暑さとかはいろいろ対策しているし、今日が初めてじゃないし、だから試合が終わった後にそれを負けの、いや引き分けの言い訳にはしたくないし。最後の一歩が足りなかったところの言い訳にはしたくないと思います」

思わず「負け」と言ってしまったところに、悔しさが隠れていた。そして23分間の出場時間にも悔しい思いがあったのだろう。そしてその思いを、チームの道具を運ぶことに昇華させるのが酒井高らしい行動だった。

【日本蹴球合同会社/森雅史】