試合後にすばやく組み上げられる表彰台の側面には、円形の大会ロゴを数字のゼロに見立て、その横に「1」を添えた「10」の数字が描かれていた。

 優勝セレモニーでは、今大会を含む過去の優勝シーンの映像が巨大スクリーンに次々に映し出され、それは今しがたコート上で起きた、両手で顔を覆い赤土の上に仰向けで倒れ込むラファエル・ナダル(スペイン)の姿で締めくくられる。


3年ぶり10度目の全仏オープン優勝を果たしたラファエル・ナダル“ラ・デシマ(La Decima)”

 スペイン語で「10回目」を意味するこの言葉は、フレンチオープン史上最高の偉業を称えるシンボルとして、テレビで繰り返し叫ばれ、SNSに溢れかえった。

「ナダルの10度目の全仏優勝なるか?」

 大会が始まる前から、今年のローランギャロスの話題はその一点に集中した。だが、当のナダルにとって、10という数字そのものには大した意味はなかっただろう。

「たしかに10は素敵な数字だけれど、僕のお気に入りのナンバーは9なんだよね」

 繰り返される「10度目への意気込み」について問われた彼は、照れくさそうな笑みを浮かべた。

「毎年ここに来るたびに、同じことの繰り返しのようでありながら、同時に違う大会でもある」とも彼は言う。

「僕の感情や状態も違う。だから僕は、何か特定のことに執着するということはない。僕が唯一、執着するのはベストを尽くすこと。結果は後からついてくるものだ」

「過去は振り返らず、今日と明日に目を向ける」という姿勢こそが、彼を9度の全仏優勝に導き、今大会でも変わらず貫いた哲学だ。4月中旬のモンテカルロ・マスターズでクレーコートシーズンを走り始めたナダルは、この大会を皮切りにバルセロナ、そしてマドリード・マスターズの3大会で連続優勝。赤い土煙を巻き上げるかのような疾走はローマ・マスターズ準々決勝でついに止まるが、わずか1ヵ月の間に18試合を戦い、17の勝利を手にしていた。

 ただ、この試合数の多さが、大会期間中に31歳を迎えるナダルのフィジカルを不安視する声にもつながっていく。

「全仏前に、試合をしすぎたのではないか?」

 全仏2回戦後にはそんな質問も向けられたが、ナダルは穏やかな表情で答えた。

「たしかに多くの試合をしてきた。でもそれは、僕が勝ち上がっているからだ。それにつまるところ、僕は”テニスプレーヤー”だ。テニスプレーヤーとは、テニスをするものなんだよ」

 そう言って笑うと、さらに彼は続けた。

「だから、たくさん試合をすることは、僕のキャリアにとっていいことだと信じている。テニスは僕を幸せにしてくれる」

 その結果がどこに至るかは、時が教えてくれるのだと彼は言った。

 大会前に積み上げた多くの勝利は、体力を奪う以上に、自信と勝利の喜びをナダルに与えていたようだ。全仏が始まり30歳として戦った3試合、全試合ストレート勝利で失ったゲーム数はわずかに15。特に6-0、6-1、6-0で勝った3回戦のニコロズ・バシラシビリ(ジョージア)戦は、後にナダルが「今大会で最高のプレーだった」と振り返るブースター的な一戦だった。

 その3回戦の翌日に誕生日を祝い、31歳として戦った4試合でもまた、ナダルはひたすらに強かった。

 準決勝のドミニク・ティエム(オーストリア)戦、そして決勝戦のスタン・ワウリンカ(スイス)戦はいずれも「立ち上がりはとても緊張した」と言うが、唸り声を上げてボールを叩き、赤土を跳ね上げ走りまわることでプレッシャーを振り払い、最終的には試合を完全に支配する。決勝戦も大方の予想を覆し、2セットを連取したナダルが第3セットでも大きくリードし、ワンサイドゲームの様相を呈した。

「試合中に、勝利を確信した瞬間はあったか?」

 優勝会見で聞かれたその問いは、普段のナダルなら、言下に否定されるものだったろう。だが、このときのリアクションは、いつもとは少し異なっていた。

「第3セットで4-1になったときは、勝利に近づいたと感じた。さらに5-1になったときは……OK、たぶん勝てるよ……って」

 いたずらを告白する子どものような王者の照れた笑顔に、会見に詰めかけた記者たちからも、思わず笑い声が漏れた。

 本人は数字を意識しないと言ったが、10度目の優勝はやはり、過去のそれとは違う感傷を彼にもたらしたのだろうか。ならばその理由は「前回優勝してから今回までの3年間、不安や恐れを抱きはしなかったか?」との問いに対する、彼の答えにあるのかもしれない。

「正直に話すよ。不安は毎日、感じていた。だが、それは悪いことではないと思う。不安こそが、より必死に練習し、より謙虚になり、さらなる上達を求める原動力になるのだから。

 もちろん、この3年間ずっと不安だったよ。今だって、きっと数日後に僕は、また不安に襲われるだろう。テニスでは毎週試合があり、毎週異なる物語が始まるんだ」

 10度の全仏オープンも、15度のグランドスラムタイトルも、次の瞬間には過去になり、新たな不安と挑戦がやってくる――。「そしてそれこそが」と、彼は言った。

「このスポーツの、すばらしい点なんだ」

■テニス 記事一覧>>