中国の農村の風景。中国で、農村の生活を体験してみたいという旅行者が増えている


「次回は日本の民宿に泊まりたい。ぜひ案内して」――。

 中国・上海から日本旅行にやって来た友人、彭麗媛さん(仮名)は早くも次回の旅程を組み始めていた。

 彭さんが日本の民宿に注目する理由は、「日本は民宿の元祖だ」と考えているためだ。

 中国では民宿は「個人経営の小型の家庭旅館、合法的経営の家庭旅館」と定義されている。彭さんは浙江省長興で民宿に宿泊した経験を持ち、「都心から離れ、農村生活の風情が味わえた」と話す。

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民宿がホテルの“強敵”に

 ここ数年、中国では民宿ブームが続いている。民宿の増加に伴い、旅行の際にホテルではなく宿泊先に民宿を選ぶ旅行者が増えている。

 中国政府も「自宅を利用した合法的な観光経営活動」を普及させる方針で、民宿が観光産業の新たな需要形成のカギになると捉えている。

 そうした政府の後押しもあり、中国では民宿がホテルの“強敵”に成長しつつある。2015年、中国における民宿市場規模は200億元(3200億円:1元=約16円)に成長した。中国の宿泊予約サイト「去哪儿網(チーナールワン)」によれば、2016年9月末までの民宿登録件数は4万8070件に上ったという。2020年には民宿業の営業収入は362億8000万元になるとの試算もあり、ホテル業者や不動産開発業者も参入を狙っている。

 個人で民宿を始める者も現れてきた。「会社を早期退職して故郷で民宿をやったら、大当たりした」という事例も少なくない。ほとんどの家庭が民宿を営むという村もあるようだ。

投資の対象になる中国の民宿

 日本の民宿の研究者である中尾誠二氏(福知山公立大学教授)は、「民宿は大規模なホテル・旅館とは異なる『民家の宿』という点に大きな意味がある」と解説する。

 また日本では近年、「農山漁村のありのままの生活を体験したい」という都会人のニーズと地域活性化が結び付いたグリーンツーリズムに注目が集まり、農林漁業体験民宿が増えている。

 だが、中国の民宿は日本とは様相が大きく異なる。

 中国では「民宿経営」は企業や富裕層の投資の対象となっているのだ。近頃は農家も富裕化しており、大々的な経営に乗り出すところも増えている。そのため、「去哪儿網」に掲載された民宿を見ると、日本の素朴な民宿とは違って、豪華な建物ばかりが目に付く。 旅行者が「農山漁村のありのままの生活体験」を求めても、なかなか思い通りの民宿は見つからない。

「去哪儿網」に掲載されている民宿の中には、確かに農村の民宿もある。だが、そうした民宿は、建物をいかにも農家風に作り変えて、わざとらしく農具をディスプレイしていることが見て取れる。つまり、中国の農村の民宿は「農村のありのままの宿」というよりも「農家風にデザインした投資物件」が多いということだ。

 中国には、自然の中で育まれた豚や鶏、低農薬野菜を使った料理を提供する農家民宿もある。そうした民宿は「農家楽(ノンジャールー)」と呼ばれる。だが以前、筆者が上海郊外の「農家楽」を訪れたときは、台所や食器の不潔さに辟易させられた。都市部とは衛生観念が異なる農家での「ありのままの体験」は、都会の観光客にとっては受け入れがたいという側面もある。

上海で老夫婦が経営する「民の宿」

 以上のような中国の民宿ブームの背景には、中国人観光客の変化がある。すでに多くの中国人はホテルのような「標準化されたサービス」に満足しなくなっている。どうせ泊まるなら一味違った体験を――というのが、最近の中国人観光客のニーズである。

 それに伴い、上海では民宿とともに“自宅開放型”の民泊にも注目が集まりつつある。ホテルではなく、あえて民泊を利用する旅行者も増えており、中国の宿泊予約サイトは民宿に加えて民泊をどんどん取り扱うようになってきた。

 筆者は先週、上海の中心街で老夫婦が提供する1室に料金を払って宿泊してみた。かつて中国人の友人宅にホームステイした経験はあるが、見ず知らずの中国人家庭に宿泊するのはなかなか緊張感するものだ。

 相手は友人でもなければ、ホテルの従業員でもない。ビジネスライクに割り切れない人間関係の築き方に腐心した。帰宅が遅くなると老夫婦に迷惑をかけるのではないか、夜間のトイレ利用は睡眠を妨げるのではないか、などと気を遣うことも多かった。なにしろ年配の中国人である。日本への恨みがあってもおかしくはない。

 だが、やはり泊まって良かったと思う。朝食の後のよもやま話で老夫婦と打ち解け合い、チェックアウト時には別れがたい友人となることができたからだ。

 さて、「“民の宿”の元祖」は日本にあると信じる彭さんの期待に、日本の民宿は応えられるだろうか。昨今、日本は民泊ブームだが、「ありのままの生活を体験し、温かいもてなしに触れられる」――、そんな“民の宿”の原点に立ち返りたいものだ。

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筆者:姫田 小夏