「すべての道はローマに通ず」とは、目的に到達するための手段や方法は何通りもあることのたとえですが、かつてのローマ帝国時代に首都ローマがヨーロッパ各地のあらゆる道につながっていたことが語源です。では、「すべての道はローマに通ず」は本当なのか?ということで、Sasha Trubetskoy氏が、ヨーロッパ全土の主要な道路をデフォルメして書き込んだ地図「Roman Roads」を作成して公開しています。

Roman Roads - Sasha Trubetskoy

http://sashat.me/2017/06/03/roman-roads/

これがRoman Roads。白地図に主要な道路がカラフルに書き込まれており、まるで路線図の古代ヨーロッパ版という感じです。



イタリア半島中部を見ると、確かに主要道路が「Roma」(ローマ)に集結しており、ローマ帝国時代のローマが世界の中心だったことがよく分かります。なお、ローマからBrundisium(ブルンディシウム、現在のブリンディジ)に向かう赤色の「Via Appia(アッピア街道)」が最初に整備されたローマ街道です。



Trubetskoy氏は、ローマ帝国全盛期の2世紀ごろの主要都市を中心に、その都市から伸びる主要道路を書き込んだとのこと。現在のミラノは「Mediolanum」など、当時の地名になっているのが確認できます。



330年、コンスタンティヌス帝によってローマから遷都したByzantium(ビザンティウム)は、今はトルコの都市イスタンブールとなっています。その周辺はこんな感じ。なお、Trubetskoy氏はできるかぎり史実に従って道路の名前を記載していますが、一部、名前が不明な道路は地名などを参考に独自に名前をつけているそうです。



スペイン南部からジブラルタル海峡を通ってアフリカ大陸に上陸し、北アフリカを地中海沿いに進み、アジアへ向かう経路もあったようです。ちなみに、当時の交通事情から言えば、このようなアフリカ大陸を横切るような経路は一般的ではなく船を使っていたとのこと。



なお、数ドル(数百円)を寄付すれば、この「すべての道はローマに通ず」地図をポスターとして印刷できるほど詳細なPDFデータをメールで送ってもらえます。