米国トランプ政権は発足半年を経ずしてすでに末期的な症状を示しています。

 「ロシア・ゲート疑惑」に関連して不自然に任を解かれたジェームズ・コミー前FBI長官が6月8日、上院情報特別委員会の公聴会で証言、米国は国を挙げてこの「お祭り騒ぎ」を観戦する事態となったようです。

 朝10時からの証言だというのに、スポーツパブは公聴会見物の客でごった返し、日も高いのにワインやビールで盛り上がる人があふれた様子。これはアメリカン・フットボールや野球の大きな試合の際、普通に見られる風景ですから、それ自体は別段驚くほどのことでもないでしょう。

 コミー前長官は席上、ロシアがトランプ氏が選出された大統領選を妨害し、かつ民主党全国委員会を攻撃し情報を漏洩させたのは「疑う余地がない No (doubt) 」(ビデオで確認できます、23分近辺からの質疑応答参照)と明言しました。

 またトランプ氏自身が捜査対象でないことを公表するよう、圧力をかけられたが、状況の変化を念頭に一切公表しなかったことも証言しました。

 トランプ氏から大統領に忠誠を誓うよう圧力を受けた際には、FBIの独立性に鑑みて不安に感じ、後でトランプ大統領が嘘をつくことを懸念し、会話内容を異例の詳細なメモに残したと証言しています。

 また、マイケル・フリン前大統領補佐官について「彼はいいやつだ。捜査から手を引くことを望む」というトランプ大統領の発言は「捜査中止命令ではないが、大統領としての指示として受け止めた」などと赤裸々に証言しています。

 こんな動画がリアルタイムで流れてくるのですから、米国人がどういう反応をするかは自明でしょう。

 トランプ大統領がツイッターで何かコメントするたびにビールを無料で振舞う店も出現、ほとんど「気分はスーパーボウル」という状況になってしまった。ヤンキーらしいメンタリティと言えばそれまでの話かもしれません。

 しかし、20代前半のボンボンがいきなり親の会社の経営陣に加わり、50代後半からはテレビのバラエティ番組で知名度を売った。そして70歳で生まれて初めて公職に就く・・・。

 日本でも見られる最悪ケースの雛形を地で行くようなキャリアですが、この「老ドナルド」が、人払いをしたサシの場でなら何を言っても、何をやっても、記録さえ残っていなければ何でもいい、と思い込んでいるらしい風情の疑惑の数々は、とてもではないですが、米国の厳しい法規制の網を潜り抜けられるとは思えません。

 幸か不幸か「問題ない」などと誰かがのたまい、正体不明の「閣議決定」もとい「霍偽決定」の連発でどうにかごまかせると思い込むようなおめでたい人物のいない米国では、法務を執行するトップ、つまりFBI長官を直々に呼び出して、自分のスタッフであるフリン元陸軍中将(一瞬だけ大統領補佐官)への捜査をやめるようコミーFBI長官に圧力をかけるなど前代未聞の出来事でした。

 当然、そんなことで怯むわけがないプロフェッショナルのコミー氏を動かすことはできませんでした。

 トランプ大統領の就任宣誓が1月20日。フリン元中将も同日付で大統領補佐官に就任しますが2月13日付けで退任、コミーFBI長官が更迭されたのが日本では連休明けの5月9日。

 コミー前長官が退任以降初めて公の場で発言したのが6月8日の公聴会、ならびにそれに先立って提出された書面での証言で、全米は現在進行形で蜂の巣をつついたような騒ぎになっているわけです。

 かつ、これと並行して、司法長官のジェフ・セッションズ氏が辞意を表明するなど、米国どうしようもない状況に陥っています。

 何かと米国の真似をするのが好きなどこかの国では、森友疑惑に続いて加計疑獄と公務員個人への誹謗中傷・人格攻撃を、あろうことか官邸が率先して進め、自民党長老からも呆れ果てられ「官邸は大反省すべき」などとコメントされる・・・末期以降と言うべき事態が起きています。

 コミー/セッションズか、森友/加計か、という最悪の符合については別途考える折があれば検討したいと思いますが、ここでは米国で繰り広げられている、あり得ない事態について、冷静に検討してみたいと思います。

 ポイントは「プロとアマチュア」の違いにあります。

 公職における必要なキャリアも積まず、正体不明の大衆人気やら、場合によっては何とかゲートによる不正選挙で権力だけ掌握したつもりになっても、アマチュアが政権などについてロクなことはありません。

 日本の出来事だとなかなか理解しにくいかもしれませんが、対岸で起きている火事でそのことがはっきり認識できればと思う次第です。

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ド素人のリトマス試験紙

 まず最初に、米国が1月20日以降、半年も経過しないのに、司法長官ポストをどれくらい頻繁に変えてきたかを見てみましょう。

1月20日―1月30日 サリー・イエイツ 司法長官代行
1月30日―2月9日  ディナ・ベンテ 司法長官代行
2月9日―(本稿執筆時点の6月9日)ジェフ・セッションズ(退任間近)

 前職のロレッタ・リンチ司法長官(2015年4月27日―2017年1月20日)が約1年9か月務め上げた直後から、

イエイツ代行   任期11日
ベンテ代行    任期11日
セッションズ長官 任期約4か月

 という即席人事と首の挿げ替えが進んでいる。これを見ただけでも、すでに耄碌が始まっているリスクも公に指摘される「米国史上最高齢の後期高齢大統領」ドナルド・トランプ氏の政治的動脈硬化の証左と指摘される場合があります。

 実際、司法長官というのは政治色の希薄な、長期続投閣僚職の最たるものです。

エリック・ホルダー   2009年2月9日―2015年4月27日 在任6年2か月強
マイケル・ミュケイジー 2007年11月9日―2009年1月20日 在任1年2か月強
アルバート・ゴンザレス 2年7か月
ジョン・アシュクロフト 丸4年
ジャネット・レノ    丸8年
・・・

 このように普通は長く着任しているもので、最長記録としては歴史的なデータですが、

ウイリアム・ワート   1817年12月4日-1829年3月4日  11年3か月

 という例もあります。スポイルズ・システム、総とっかえ制の米国ですので、大統領が変わると司法長官も入れ違いになりますが、法律は専門職ですから政治で左右されるようなことは本来あまりないし、あってはならないことでもある。

 本来なら長期在任が当然の司法職の首を、次から次へと挿げ替えている、このみっともない航跡そのものが、トランプ陣営がド素人政権であることの、何よりも露骨なリトマス試験紙の変色になっている。

 その最たる一例が、いま話題になっているコミー氏自身のキャリアと言ってもいいでしょう。

2大政党制とエクスパティーズ(専門職掌)

 コミー氏は「FBI長官」と報道され、何か秘密警察のドンのごときイメージを持たれるかもしれませんが、れっきとした法律家です。

 1960年にニューヨーク州で生まれたコミー氏はシカゴ大学ロースクールで1985年法務博士号を取得、法曹=弁護士+検事+裁判官として活動し始め、2002-2003年とニューヨーク州南部の検事を務めました。

 この後、2003年から2005年までジョージ・W・ブッシュ共和党政権下で米国司法副長官、つまり40代前半で司法省のナンバー2として実務を担当したプロのエキスパート法律家にほかなりません。

 40代後半から企業経営に転じ、2013年にバラク・オバマ民主党大統領によってFBI長官に任じられました。こういうことができるのが、米国の自在なところです。

 コミー氏人選の理由を特定するのは難しいと思いますが、優秀であることに加え、20代後半の1987年、法律家になりたての時期にニューヨーク州南部の地方検事として、刑事局の副責任者を担当、マフィアの一掃、とりわけガンビーノ一家のジョン・ゴッティの逮捕に力を発揮したことが挙げられます。

 米国のイタリアマフィアを決定的に凋落させた出来事として、テレビ出演などで一般に知られ、人気のあったゴッティを、配下でFBIに協力した者の連続殺人などで追訴し、仮釈放のない終身刑に追い込むことに成功しました。

 何度逮捕されても傷がつかず「テフロン・ドン」とあだ名されたマフィアを、綿密執拗な捜査で追い込んでいった手法は高く評価されました。

 さらに、若くして就任した司法副長官として、コミー氏はブッシュ政権を揺るがしたプレイム・ゲート事件の司法省捜査を、当時のジョン・アシュクロフト司法長官に代わって指揮します。

 プレイム・ゲート事件は今日の日本がよく観察しておくといいケースと思われますので、あらましを記しておきます。

 ブッシュ共和党政権は2002年後半から「イラクには大量破壊兵器がある」というプロパガンダを流し始めます。そのきっかけの1つになったのが、イラクがアフリカのニジェールから大量のウランを輸入していたという「ニジェール文書」でした。

 しかし、この文書はおよそ真っ赤な偽物であることがIAEA(国際原子力機関)の数時間の調査で明らかとなります。

 捜査を担当したCIA(米中央情報局)も、イラクによる大量のウラン買いつけなどという事実はなく、情報ブローカーによる捏造であったとの結論に至りました。

 これに対して政府側は、ディック・チェイニー副大統領を筆頭に「文書は本物である」「イラクは大量破壊兵器を保持している」としてイラク戦争正当化の姿勢を崩しません。

 そこで第三者による再調査が実施され、2002年2月、かつてガボン大使、イラク代理大使、国家安全保障会議のアフリカ担当部長など、外交官として活躍した専門家、ジョゼフ・ウイルソン氏が現地調査に赴きます。結果は覆りようもなく、文書は偽物と改めて報告されます。

 しかし2002年ー2003年にかけて、米国政府はイラクのアルカイダ支援、「大量破壊兵器」のアルカイダによる輸出懸念などのキャンペーンを継続拡大、IAEAやCIAの捜査は信用できない、と世論の右傾化をメディア誘導しました。

 結局、2003年3月19日にイラク戦争=第2次湾岸戦争が勃発しますが、あれだけ「ある、ある」と米国民に恐怖の印象を与え続けた大量破壊兵器は発見されませんでした。

 これに対して2003年7月6日、ウィルソン氏はニューヨーク・タイムズ紙に「私がアフリカで発見できなかったもの」と題する文章を公開、存在もしない大量破壊兵器があったことにしようとする画策であることを世論に訴えます。

 翌7月7日、政府はようやく、ニジェール文書が偽者であることを認めますが、政権はウィルソン氏によって赤恥を掻かされたような形になってしまいます。

 それからちょうど1週間後の7月14日、保守系のコラムニストと言うよりは政権べったりの御用評論家ロバート・ノヴァーク氏(1931-2009)が「ウィルソンの妻、ヴァレリー・プライム・ウィルソンはCIAのエージェント、秘密工作員」「ウィルソン調査は妻の縁故で振られた仕事で、公正な捜査としては不適切」という暴露があり、一大センセーションが巻き起こりました。

 米国では「情報部員身分保護法」によって、CIAのエージェントである公務事実は守秘が義務づけられています。

 ウィルソン氏は直ちに記者会見を開き「この暴露は、真実を書いた私に対する現政権の報復」「このリークは明らかな政府の違反行為」と猛反撃、ブッシュ大統領は「この問題はCIAの単独責任で政府は無関係」と主張、米国は大混乱に陥ります。

 このとき、問題の当事者となったCIAはもとより、ブッシュ大統領から任命されている司法長官ジョン・アシュクロフト氏は公正性に鑑みて事件捜査を自己忌避、結果的にこの大問題の捜査を扱ったのが、マフィア殲滅で若くして名を知られた40代のジェームズ・コミー氏だったのです。

 彼の捜査は綿密を極め、微妙な灰色を残しながらも、この問題はひとまずの決着を迎えました。

 2013年、コミー氏がオバマ大統領からFBI長官に任命された背景には、このような背景があったわけです。

FBIとは何か?

 ここで改めて確認しておきましょう。FBI(連邦捜査局=Federal Bureau of Investigation)はアメリカ連邦法に関わる事案だけを取り扱う司法省組織で、テロ、スパイなどの安全保障事件、連邦政府職員の汚職、複数の州にまたがる案件などを取り扱う専門部署です。

 米国「スポイルズ・システム」の政権総取り換えから埒外に置かれ、長官任期は10年と定められて、政権との独立性、長期にわたる一貫性継続性のある犯罪捜査が可能になっています。

 かつては、設立以来のドン、ジョン・エドガー・フーヴァー(1895-1972)が改組前の捜査局長官就任(1924)以来、48年の長きにわたって長官職にとどまり、FBIを現在の形に改め(1935)、クーリッジ、フーヴァー、ルーズベルト、トルーマン、アイゼンハワー、ケネディ、ジョンソン、ニクソンと実に民主共和両党、8代の大統領のもとでFBIを一貫して率い、晩年は問題人物として大いに批判もされました。

 ともあれ時々の政権から独立した捜査機関として、ほかならぬコミー氏自身が、トランプ選挙の末期、まさに投票の直前にヒラリー・クリントン氏のメール問題捜査の再開を発表、クリントン陣営の主要な敗因の1つとされ、大統領選挙への介入とまで批判されたのは記憶に新しいところでしょう。

 オバマ大統領に任命されつつ、民主党候補のヒラリー・クリントンに決して妥協せず、結果的に勝利したドナルド新体制では直ちに「ロシア・ゲート」の捜査に当たる・・・。

 コミー氏は1980年代のガンビーノ一家殲滅から今世紀初頭のプレイム・ゲートまで、相手がマフィアだろうと大統領官邸だろうと、筋道を通すとなったら通す、30年選手のプロ中のプロ、57歳で油の乗り切ったFBI長官でした。

 それがわずか4年の在任、いまだ任期を6年も残して突然の「解任」という、この事態そのものが、異例というよりおかしい。

 もっと言うなら、70ですでに様々な後退が進んでいる素人が、器量に合わない職位に就いてしまったことで引き起こされている、末期症状の1つと言えるのではないかと思います。

 ロシア・ゲート事件の経緯、公職にあったものが離任後、政府の不正を訴えて公器に告発、これに対して政府が守秘を義務づけられているプライバシー暴露で対抗・・・。

 あれ?

 どこかで見たような構図ですね。今日の日本の状況、私にはどうにも、ブッシュ政権のネオコン専制とよく似ているように思われてなりません。

 あの当時、息子ブッシュ氏やチェイニー氏を最低の政治家と思ったものですが、彼らが最低限プロではあったと呆れるほどに、どうしようもない素人を衆愚選挙は政権首班に担ぎ出してしまった。

 トランプ氏の弁護士は「情報漏洩」でコミーを近く告訴と鼻息が荒いですが、暗殺のハイリスクがあるマフィア相手でも、時の大統領相手も全く怯まなかったプロ中のプロ、コミー前長官が、我が身のことで初歩的な脇の甘い構えで行動に出るとは到底思えません。

 今後事態がどのように推移するのか、周回遅れの模倣とも見える日本の現状も対照しつつ見守りたいと思います。

筆者:伊東 乾