それもまた1つのLOVE。

愛してるとは違うけど、愛していないとも言えない。

あなたの身にも、覚えはないだろうか…?

浜松の公立高校を卒業した翔平は、日吉キャンパスで衣笠美玲と出会い、いつしか“特別”な関係となる。

美玲は突然、婚約を宣言したにも関わらず、翔平を自宅に誘いふたりは一線を超えるが、見えてしまった彼女の弱さや狡さに、翔平は失望する。

一方、渋谷で偶然再会した高校の同級生・奈々とも距離を縮める翔平は、ある夜、衝動的に彼女を家に呼ぶのだった。




無理はしたくない女


奈々は、何も言わずに帰った。

何も、というのはつまり、翔平と奈々の関係を問いただすようなセリフを口にせずに、という意味である。

そのことに胸を撫で下ろした自分を軽蔑しないでもない。しかし、「ホッとした」というのが本心なのだから仕方がない。

奈々と過ごした夜は、翔平にとってひどく平和だった。

彼女を抱きしめると安心したし、 呼応する唇や、首筋から立ち上る香りは、翔平の心に愛しさだけを運んだ。

心地よさだけが、そこにあった。

奈々のことは、好きだ。二人で過ごす時間は幸せで、一緒にいたいと思う。

しかしその感情は条件付き、なのだった。

「今夜、逢いに行ってもいい?」

奈々から届いたLINEは、翔平に小さな罪悪感を運ぶ。

今日は同期のあきらと飲みに行く約束をしている。あきらと飲んだ後に会っても良いのだが、明日からのマレーシア出張に備え、できれば早く休みたい。

奈々と、一緒の時間を過ごしたい。ただ、そのために自分が無理をしたり、何かを犠牲にするのは違う。

美玲に対する気持ちとは、そこが決定的に異なるのだった。


奈々と翔平の温度差を、決定づける出来事が起こる。


見てしまった、婚約者の別の一面


「それで、この間は、先に帰って誰と会ってたのかな?」

赤坂の『TAKAZAWA BAR』で、あきらがニヤニヤしながら顔を近づけてきた。

カウンターのみのこじんまりとした店は、まさに大人の隠れ家バーといった佇まい。選りすぐった和食材を使った料理は、どれもかなり旨い。家の近くにこんな良い店があったとは。

「今度奈々を連れてきてあげよう」などと考えていた時にあきらに突っ込まれて、毎度のことながら勘の良さに驚く。

さらに、「別に」と答える翔平にかぶせるようにして、あきらはズバリ言い当てるのだった。

「もしかして、奈々って子?」

咄嗟に「違うよ」と誤魔化したが、思わず泳ぐ目を、彼が見逃すわけがない。「ふーん」と含んだ返事をされ、翔平は漂う気まずさを日本酒とともに流した。

“今夜、逢いにいってもいい?”

昼間、奈々から届いた誘いは結局、断った。

「明日から出張だから」という言い訳は、彼氏彼女の関係であれば弱いが、そうでない場合は断るに足りる理由だ。実際奈々も、「わかった」とあっさり引き下がった。

あきらに嘘をついたのは、曖昧な関係をわざわざ話す必要はないと思ったことと、実はもう一つ、理由があった。

どうせ、バカにされる。そう思ったからだ。

女たちほどではないにしろ、男だって付き合う女の条件を見ている。女が稼ぎや家柄で男を判断するのと同じように、男は女の、美貌と知性とセンスのバランスを見ているのだ。

あきらは、翔平と同じ総合商社に勤める同期だが、慶応幼稚舎出身で、親が経営する専門商社の跡取り息子である。つまり、翔平とは婚活市場における戦闘力が違う。

そんなあきらが結婚前提に付き合っているのは、青山学院大学卒のキー局アナウンサー。美貌と知性とセンス、その黄金比を体現する、女子アナ。

彼も美玲と同様に、しっかり非の打ち所のない相手を選んでいるのだった。そんなあきらに、奈々のことを話すのはなんとなく気が引けた。

しょうもない、小さい男だと言われても、男にだってそういう種類の見栄やプライドが存在するのだ。




「あれ?あの男...」

あきらの声で我にかえり、視線の先に目をやる。入り口の暖簾が揺れ、長身で非常にスマートな身なりの男が店に入ってくるのが見えた。

男に続いて、長い黒髪に赤いリップが映える、艶のある美女の姿も。

「...絶対、そうだ」

控えめに、何度も繰り返し男に視線を送っていたあきらだったが、声を潜め、しかし確信を持った口調でこう断言した。

「あの男、美玲の婚約者だよ」

「え...?!」

思いがけぬ言葉に驚き、思わず振り返ってしまった。男は美女をエスコートしながら席に着くところだったが、無粋な翔平の視線を紳士的に受け止め、何事もなかったかのように目をそらした。

被害妄想だとわかっていても、翔平のような小僧など相手にもしない大人の余裕を見せつけられた気がして、頭が熱くなる。

「誰だよ?あの女」

あきらにとっても、長い友人の婚約者が他の女と親しげにしているのは心穏やかでないらしい。

盗み見る視線の先で、男と黒髪美女が、顔を寄せ合って笑う。その距離はあと少しで頬がつきそうなほど近く、男の腕に添えられた女の手からも男女の関係が疑われる。

自分には、関係のないことだ。

そんなことは、わかっている。婚約を知った上で美玲と寝たのはむしろ翔平の方で、責められることはあっても、男を責める資格などない。

わかっていても、許せなかった。


美玲の婚約者に対する怒りを抑えられない翔平が、とった行動とは?


無理をしてでも、逢いたい女


「ごめん、先帰る」

あきらを残し店を出た翔平は、酔いと勢いに任せてスマホを取り出し、「衣笠美玲」の番号をタップした。

スマホ画面に表示されるその名を見ただけで、なんと呼べば良いかはわからないが、特別な、甘くて酸っぱい感情が広がる。それはもう、翔平の脳に、条件反射のように染み付いているのだった。

身体を熱くしていた衝動は、「もしもし?」という美玲の、少し眠そうな、気だるい声で急速に冷却された。

美玲の声は、いつだって翔平を緊張で包む。

「ごめん、夜遅くに。もしかして、もう寝てた?」

まだよ、という美玲の声が、甘く響く。一体俺は、何をしようとしているのだろう?

「実は、俺の友達が女性誌のライターをしていて、美玲のことを取材したいらしくて...」

何か電話する理由を...と、とっさに奈々をダシにしてしまった。奈々にはすでに美玲の連絡先を伝えてあり、彼女が直接コンタクトをとると言っていたから、わざわざ翔平が伝える必要などないのだが。

「そう」

静かに、一言だけ発した美玲の声が消えてしまうと、もう誤魔化せない沈黙が訪れた。

「今から...」

沈黙を破ったのは、翔平だった。美玲は、電話の向こうで息を殺すように黙り込んでいる。

「今から、逢えないかな」

美玲は、一言も発しない。彼女の口から否定のセリフを聞きたくなくて、畳み掛ける。

「話したいことがあるんだ」

言いながら翔平は、自分は何を話すつもりなのだろう、と自問自答する。婚約者が、他の女と二人きりで会っていたことを告げ口するのか。それとも...?

「...じゃあ、けやき坂のTSUTAYAで」

美玲にそう言われ、ホッとすると同時に胸がちくりと痛む。

彼女はもう、目黒に住んではいないのだと悟ったからだ。婚約者との新居が、六本木なのだろう。

それでも、美玲に逢える。ただそれだけで、翔平の心は無条件に浮き足立つのだった。

明日からマレーシア出張があり、今夜はゆっくり休むはずだった。準備だって、まだ何もできていない。

しかしそんなことは、美玲の前では、何の障害にもならないのだった。

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開く温度差。優一と別れ、バランスを崩していく奈々。