綾野剛「フランケンシュタインの恋」7話「人間じゃないのは、俺なんだよ」まるで「デビルマン」の衝撃

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日曜ドラマ「フランケンシュタインの恋」(日本テレビ 日よる10時30分〜)
脚本:大森寿美男 演出:守下敏行


研さんの宿命


120年前に一度死に、研究者である父(斎藤工)によって蘇生させられた深志研(綾野剛)が、津軽(二階堂ふみ)と出会い、恋して、人間の心を知っていくヒューマン・ドラマ。19世紀に出版された、メアリー・シェリーのゴシック小説『フランケンシュタイン』を下敷きに、朝ドラ「てるてる家族」、大河ドラマ「風林火山」などの大森寿美男が脚本を書き下ろし、綾野剛、二階堂ふみ、柳楽優弥、新井浩文、光石研など演技派俳優が集結した。7話まで来たが、毎回かなり濃密な内容で迫ってくる。

外観は人間だが、身体機能は人間とは違う研さん。どんなことがあっても死なず、カラダから菌を発生させるところが大きな違いだ。でも、それ以外は、人間の感情や生活習慣を覚えはじめ、馴染んでくる。
ラジオ「天草に訊け!」でリスナーにも人気を得た研さんだったが、メインパーソナリティーの十勝みのる(山内圭哉)を菌の犠牲にしてしまう。
これまでに彼になかった心ーープライドをもち、それを傷つけられたことへの怒りが新たな菌を生んだらしい。

研さんは、菌を取り込み続け、保持することができる。それが、あらゆる感情と結びつき、新しい菌を発生すると、鶴丸(柄本明)は分析。
多様な感情を得れば得るほど、様々な菌が生まれてくる。それが研さんの宿命なのだと。

前作『視覚探偵 日暮旅人』に続き、人間の心を、別のもの(旅人は植物、フランケンシュタイン〜はキノコ)に置き換えて表現しているところが興味深い。

研さんが負の感情を持つと、人を傷つけてしまうため、「どんなことがあっても自分を抑えないといけない」と津軽は言う。
そう思って、研さんが傷つかないように見張ってるような津軽に、
「それ、本気で言ってるんだったら、津軽さん、傲慢ですよ」と天草(新井浩文)。
それを受けて、鶴丸は言う。
「この世には使ってはならない科学があるんだ。
君たちラジオがあつかっているのは、人間の心だろ。
わたしは心も科学だと思っている」

原作の「フランケンシュタイン」の原題は「Frankenstein ; or The Modern Prometheus」(「フランケンシュタイン あるいは現代のプロメテウス」であり、たとえ、原作を読んでいなくても、この副題を知ると、ドラマが再三、語っている部分は、原作に忠実であろうことがわかる。

そして、科学が生んだ研さんは、ラジオの公開収録で、そのおそろしい正体を大衆に晒してしまう。

「フランケンシュタインの恋」の真骨頂はここから先だ。
研さんを追い詰めたのは、津軽の大学の先輩で、研さんが住み込みで働く工務店の息子・稲庭(柳楽優弥)だった。津軽をひそかに好きだった彼は、研と津軽が心通わしていくことが耐えられず、うまくいかなくなるように状況を仕組んでいたのだった。

「人間じゃないのは、俺なんだよ」
 
7話のラスト、稲庭が言った台詞は、「デビルマン」の「きさまらこそ悪魔だ!」と人間に突きつけた台詞を思わせる重い衝撃があった。
「フラ恋」がすごいのは、事実を他者から指摘されるのではなく、自らが認めることだ。
2話で稲庭は「誰かと一緒に生きることはもう人間の罰みたいなものですから」と気が遠くなるほど深い哲学的なことを言っていた。これらを鑑みると、実のところ、「フラ恋」の重要な部分を担っているのは、研さんでも津軽でもなく、稲庭なんではないか。
「この世には使ってはならない科学があるんだ」とは言っても、既に行使しちゃって、危険なもの(研さん)が出来上がってしまったのだから、あとはそれをどう扱うかだ。科学を行使する側とその産物とが主軸になった物語はたくさんあるが、彼らを取り囲む側の物語にこそ現代性がある。
そういう意味で、ラジオのアシスタント大宮リリエ(水沢エレナ)の写真集のタイトル「毒に勝つ」は言い得て妙だと思った。

と、真面目に考えてばかりもつかれるので、ひとつだけ。
緊急事態になっても、きちんと帽子をかぶり続ける津軽は、なんだかアニメキャラみたいだ。
(木俣冬/「みんなの朝ドラ」発売中)