言語を学ぶ上では、単純に言葉を知っているだけでなく、表現方法の違いについても理解することが重要だと言われる。天津科技大学で日本語を学ぶ陳麗さんは、日本人の先生が発したひと言に違和感を覚えたようだ。資料写真。

写真拡大

言語を学ぶ上では、単純に言葉を知っているだけでなく、表現方法の違いについても理解しておくことが重要だと言われる。天津科技大学で日本語を学ぶ陳麗さんは、日本人の先生がエレベーターで発したひと言に違和感を覚えたようだ。以下は陳さんの作文。

【その他の写真】

日本人の先生と一緒にエレベーターに乗る機会があった。私たちがエレベーターに乗るまでボタンを押して待っていてくれた方に、先生は「すみません」と言った。どうして「すみません」なのかと不思議に思った。このような場面で、日本人はどうして「すみません」と言うのだろうか。感謝の気持ちなら「ありがとう」というべきではないか。

その後、インターネットで調べてみると、「すみません」という言葉の裏に感謝の気持ちがあることがわかった。しかし、なぜ謝罪の意味の言葉で感謝の気持ちが表せるのだろうか。先生に質問をしてみると、先生は「中国人もそうじゃないの?」とおっしゃった。当然、あの場面では、中国人でも日本人でも相手に対する感謝の気持ちは同じだ。しかし、中国では決して「すみません」とは言わないのだ。

今まで、外国語は文法と単語の意味を学びさえすれば、その国の人達に自分の気持ちを伝えることができると思っていた。「すみません」という言葉はもう完全に理解したつもりだったが、あんな場面で使われるなんて思いもしなかった。私が不思議そうにしていると、先生も私の疑問に興味を持ったのか、一緒になって考えてくれた。

分かったことは、日本人はなるべく他人に迷惑をかけないようにするという教育方針のもとで育つということだった。そうすると、あの場面でエレベーターのボタンを押してくれた方に、「ありがとう」という感謝の気持ちよりも、「迷惑をかけたことにお詫びをする」という申し訳ない気持ちのほうが強く表現されたのだと理解できる。「ありがとう」では、遠慮もせずに相手の好意を受けいれているように思われてしまうので「すみません」となったのだろう。

しかし、中国人は誰かに助けてもらうことは迷惑をかけることだが、人生はお互いに迷惑をかけあい生きて行くものだと考えている。そして重要なのは、この様にすることでお互いの関係が密になるということだ。この中国の考え方を先生に言うと、先生は「発想の違いですね」とおっしゃった。先生とエレベーターに乗る前は、このような両国の発想の違いについて考えたことはなかった。発想の違いによって、物事の捉え方が異なり、同じ意味でも言語が異なれば表現方法もまた異なる。

以前の私は、中日両国は言葉こそ違えども、物事に対する考え方はほとんど同じであろうと思っていた。しかし、先生とエレベーターに乗ったことで、両国の発想の仕方に違いがあることがわかった。中国は良い事も悪い事も相手と分かち合うことで関係を密にすることが好まれるが、日本はなるべく他人に迷惑をかけないことが優先される。これは決してどちらの発想が良いとか、悪いとかということではなく、ただその国の習慣が異なるだけだ。そして、この発想の違いを理解することこそが重要であり、また相手の国を理解する上でも大切なのではないかと思った。(編集/北田)

※本文は、第十二回中国人の日本語作文コンクール受賞作品集「訪日中国人『爆買い』以外にできること」(段躍中編、日本僑報社、2016年)より、陳麗さん(天津科技大学)の作品「私を変えた、日本語教師の教え」を編集したものです。文中の表現は基本的に原文のまま記載しています。なお、作文は日本僑報社の許可を得て掲載しています。