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驚くほど美しいFRP製モノコック・ボディのロータス・エリート。ロータスは、エリートのおかげで1950年代に一躍有名になった。グレーム・ハーストが、新たに組み立てられたエリートの乗り心地を試す。

レーシング・メーカーが作った美しいクーペ

1957年10月。英国国際モーターショーの会場で話題の新開発スポーツカーの姿があった。性能の低い鋳鉄製オーバー・ヘッドバルブ・エンジンを搭載したいかにも古臭いクルマ達が周囲を埋め尽くすように並ぶ中、この新車は何だ? そこには、オールアロイのオーバー・ヘッド・カムシャフト・エンジン、独立懸架式リア・サスペンション、そして最先端のFRP製モノコック構造を備えた驚くほど美しい小型クーペが存在した。ロータスと、フォードやヴォクゾールとでは、香ばしいエスプレッソを淹れるデミタスと、建設労働者が紅茶を入れておくマグカップほどに違いがある。その上、製造は他ならぬロータスだ。細身の公道向けレーシングカーを市販し、流行に敏感なドライバーの心を掴んだことで評判の若い急成長企業だった。

ひとりの熱烈なロータス愛好家が、出火したオリジナルのエリートの残骸と、その横に並ぶ組立キットを見つけた結果、このクルマは復活を遂げることになる。そのキットには、エリートが発売されて間もない頃にエリートのオーナーとして有名だったトニー・ベイツ氏が工場の鋳型から製作した交換用のシェルも含まれていた。長年の間に痛んだオリジナルを所有するオーナーたちのために、ベイツ氏が1990年代に製作した十数個のひとつだった。ベイツ氏は、エリートをキット形態でモーターショーに展示していた時代におけるロータス創業者コーリン・チャプマンの宣伝手法をまね、シェルと、手に入りにくい大量の点数の未使用部品とをセットで販売した。

このキットは、2000年代前半、ドニントン・パーク・サーキットで開かれるクラブ・ロータス・ショーで売りに出た。1963年に後継車のエランが誕生して以来、新車のエリートの完全な「キット」は姿を消していたので、直ちに買い手がついた。開封されずに何度か転売された後、ついに3年前、以前ロータス・エリーゼを所有していたロータス愛好家イアン・イングラム氏の手に渡った。そこで、イングラム氏は、生来の機械工作好きから、トールマン・モータースポーツと組み、エリートの残骸と合わせて、新車のエリートを組み立てることにした。それは世界初のFRP製モノコック・クーペが英国国際モーターショーでデビューしてから53年後のことだった。

グリップ力が高く、フラットなコーナリング特性。

FRPモノコックが最大の特徴

その当時、ロータス・エリートは話題のクルマだった。ロータスを創業してから5年しか経過していなかったものの、チャプマンの独創性は、エンジニアとしての「軽量化」哲学や型破りな起業家精神に支えられていた。クローズド・コクピットで、モノコック・ボディまで備えたスポーツカーは、ロータスがそれまで歩んできたコースからはずれるものであったが、画期的な性能は、前途有望に思えた。車重わずか658kg。心臓部のエンジンは実績のあるコヴェントリー・クライマックス製の1216cc FEWで、出力は76psを生み出す。

エンジンとフロント・サスペンションを支持し、接着剤によってボディの内壁と固定されるクレードル、ウィンドウを支える湾曲したフレーム、そしてジャッキ・アップのためのポイント。それ以外には、ボディの形状を保持するためにいかなる鉄製品も使われていない。そのアイデアに、人々は不安を感じたが、それにしてもなんと優美な外見であったことか。その美しいフォルムは、かなりの程度までピーター・カーワン・テイラーという人物の功績だった。当時は無名の会計士に過ぎなかったものの、希有なデザイン・センスに恵まれたテイラーは、チャプマンやロン・ヒックマンの支援を受け、空気力学の権威、フランク・コスティンやジョン・フレイリングと協力してエリートのスタイルを考案した。

魅力的な外見のおかげで、エリートの構造に疑いを差し挟む者はいなかった。第一、チャプマン自身が、批判を少しも怖れるような男ではなかった。チャプマンとしては、レース活動の資金を調達するため、一刻も早く一人前のスポーツカー・メーカーとして認められたかったものの、それには、後継車エランの登場を待つ必要があった。

カーワン・テイラーのスタイリングは見た目が美しいだけでなく、cd値が0.29だ。

華々しいデビュー

マーガレット王女を含むモーターショーの観客は、エリートのデビューにたいへんな関心を寄せた。王女が、エリートの座席に座りたいと所望されたことは有名な話だ。だが、ロックが壊れ、針金で開けなくてはならなかったため、チャプマンは、このエピソードを宣伝に利用するチャンスをフイにした。ロータスの部品庫から急いで持ってきた部品を慌てて組み立てたことも、こうしたハプニングが生じた一因だった。

ショーの後、モーター・ジャーナリストたちが試乗し、FRP製ボディに包まれた先進的なメカニズムを実際に体験したため、引き続き大きな注目を集めた。ただし、1960年1月まではチャプマンが本格的なテストを許さなかったため、あくまでも簡単な試乗にもとづいたインプレッションだった。消火ポンプ用に開発されたことで知られるコヴェントリー・クライマックス製エンジンには定評があり、ロータスの他のスポーツカーにも搭載された。しかし、独立懸架リア・サスペンションを市販車に採用するのは新しい試みだった。

レーシングカーのようなメカニズム

チャプマンの設計したレーシングカー、タイプ12から流用した機構は、マクファーソン・ストラット風サスペンション、通称チャプマン・ストラット、そして固定長のドライブシャフトがロア・トレーリング・ラジアス・アームと協働して位置関係の制御とサスペンションの軽量化に重要な役割を果たすという水平思考から生まれた巧妙な仕掛けだった。アルミ製のキャリパーを備えたインナー・ディスク・ブレーキにより、ばね下重量が最小限に抑えられ、また、ボディにFRPを使ったことも軽量化に貢献した。こうした工夫の積み重ねにより、めくるめく性能とニュートラルに近いハンドリング特性のクルマが実現した。それは、スターリング・モスが、ある時エリートから降りて論評したように、果敢なドライバーであれば、一般道でも70マイル(112km/h)を超えることなく平均時速60マイル(97km/h)で駆け抜けることが可能なクルマだった。

ほぼ新車のエリートに乗る

オドメーターを見ると、火災により損傷したシリーズIIのシャシー番号と登録番号を引き継いだイングラム氏のクルマは、細心の注意を払いながら9ヶ月の期間をかけて完成した後、まだ200マイル(320km)も走っていない。従って、この新車同様のコンディションは、当時あれほどまで騒がれた理由を探る絶好のチャンスだった。そして、エリートは、まさに筆者の期待を裏切らないクルマだった。

ドア・ボタンを押した瞬間から、軽量化へのチャプマンのこだわりが目につく。パネルは羽のように軽く、コクピットは質実剛健だ。突起部分を含めた全長が3660mmという小型サイズにしては、レッグ・スペースが十分に確保されている。ただし、ドライバーの身長が180cmを超えると、フロント・ウィンドウの上限で視界が遮られてしまうかもしれない。ステアリング・ホイールは優美だ。ペダル類はかなり細長く軽いものの、走らせると、開度に応じて的確に反応し、本来のレスポンスの良さに正確さが加わる。そのすべてがスムーズで心地よい。BMCから調達した精巧なギアボックスだけは、1速にシンクロメッシュがないため、やはり年代物に感じる。

サスペンションのストローク幅は十分だ。ただし、シェルが新しく、50年分の疲労が蓄積されていない以上当然のことだが、ボディがかなりリジッドな感じだ。このため、公道では安定感があり、落ち着いているが、ワインディングではエランほどのキレはない。

アンソニー・コーリン・ブルース・チャプマンの頭文字。

高回転で威力を発揮するFEW

コーナーの出口に向けてエリートを加速させるとすぐに気づくのは、ギア比が全体として低めに配分されていることだ。法定最高速度でもタコメーターの針が5500rpmまで振れているからだ。しかし、この点はそう問題ではない。コヴェントリー・クライマックス製エンジンはもともと高回転型であり、加速するには回転数を引き上げる必要があるからだ。エンジンが本来の性能を発揮するのは、どうしても4000rpmを超えたあたりからで、その室内のかなり大きなノイズも、エリートのカリスマ性を増している。

そう…。このノイズだ。クルマが暖まった時に漂うグラスファイバー樹脂特有の匂いとともに、この車内のこもり音はエリートの大きな弱点だ。FRP製モノコック・ボディが荒れた路面やエンジンの振動を太鼓のように増幅する。

騒音・振動・ハーシュネス(NVH)に関する科学的知識が豊富な現代なら、こうした問題をかなりの程度まで工学的に解決できたに違いない。もっとも、当時の基準では、それほど深刻な問題ではなかったのかもしれない。それに、エリートの素晴らしくバランスがとれ、優美なスタイリングを楽しめるのなら、不快な騒音もある程度我慢できたはずだ。エリートが今もデザインの最高傑作の一つであるのは間違いない。

タンク周囲のラゲッジスペースは限られている。

どこから見ても美しいスタイリング

初期のジャガーE-タイプ・クーペとまったく同様、どの角度から見ても流れるようなフォルムで、細部にもこだわっている。ボディ・シェルの接合部を覆うため、細身のステンレス製フロント・バンパーを巧みに配置している。ガラスを3面に折り曲げる技術がまだ開発されていなかったためだが、流線型スタイルを崩さないためにアクリル樹脂製ウィンドウを使い、これを取り外し可能にすることで、いっそうの軽量化と最大限の車内スペースを実現している。従って0.29という、特に1957年当時にしては抜きんでた空気抵抗係数を実現できたのは不思議でも何でもない。ウィンドウ表面のエア・フローが最適条件に極めて近いため、多くのオーナーが証言しているように、問題の多いルーカス・インダストリー製の電気系統が故障し、雨天走行中にワイパーが動かなくなっても困ることはない。

エリートは、改良を重ねる度に進化し、中でも1960年7月のMkIIの発表が重要だった。MkIIは、ツインSUキャブレターを備え、ドアの内側のデザインを変更し、堅牢性を高めるために(ロア・トレーリング・ラジアス・アームの代わりに)ウィッシュボーンを後方に配置した。

また、チャプマンは、オプションとして、まず1962年5月にスーパー95、後にスーパー100及び105というハイパワー・バージョンも追加設定した。この性能はサイド・ドラフト式キャブレーター2基と、カムのプロファイルを変える事で実現している。

若干の改良がほどこされた個体

試乗したエリートは、ロッド・エンド式のリア・ウィッシュボーンに交換し、オリジナルのプレスフィット式の代わりに工作精度を高めたラック・アンド・ピニオン式のステアリングを採用するなど、目立たない改良によっていっそう快適になっていた。いずれの改良も、安全性向上を第一にして行ったものだが、さらに、トールマン・モータースポーツが、現代のレース用ソフトウェアを利用して特別仕様のリア・ストラットを新開発し、エリートに装着したことで、減衰率やばね定数も向上している。

こうした点は、キット形態でクルマを購入し、特に発売から50年後に組み立てたことによる賜だ。時間の経過と、そして最新の自動車工学が組み合わさった結果、チャプマンの業績を現代のスペシャリストが引き継ぎ、彼の実施し切れなかった細かな改良を代行することも可能だ。

自らの手でクルマを作りたいと希望するオーナーについても同様のことが言える。ロータスは、自作市場への訴求力を高めるため、過去にセブンについて行ったと同様、1961年10月からエリートをキット形態で提供した。価格は完成車よりも363ポンド安かった(これには、シェルを保管した場合の労働集約的コストが反映されている)ものの、ボディを配送する時点で塗装と配線を済ませ、ウィンドウがはめ込んであったことから、まったくのキット状態とまでは言えなかった。

ウインドーはシート背部に収納できる。

そしてエランへ

その後、エランの開発の際は、鋼板を組立てた新開発のバックボーン・シャシーの採用により、エリートよりもはるかに製作しやすいFRP製シェルが利用できるようになり、製作期間が大幅に短縮された。エラン1500は、エリートよりも350ポンド安く、販売台数が最初の1年間でエリートを上回った。

だが、エリートを開発していなければ、ロータスが、口糊をしのぐコンストラクターから、堂々たる自動車メーカーへ飛躍することはできなかっただろう。また、ロータスは、この画期的なクーペにより、クローズド・コクピット・レースに参戦できるようになり、その実績も、ロータスの評価を高めることになった。ル・マンにおいて1959年から1964年まで6年連続してクラス優勝し、熱効率指数でも数回にわたり3位内に入賞している。

1961年になると、熱効率指数賞をねらい、ボブ・マッキーとクリフ・アリソンが乗り組んだコヴェントリー・クライマックス製ツインカム750ccエンジン搭載車を含め、ル・マンの成功をもとに、さらにいくつかのバリエーションが製作された。また、前年には、イネス・アイルランドのために2ℓ版を用意したものの、出場はできなかった。セブリング12時間での数度にわたる好成績により、米国での販売も伸びた。米国では、デトロイトで生産される鉄の塊の米国車とは対照的に軽量・小排気量のエリートがいっそう輝いて見えた。

FWEエンジンのカム・カバーを飾る有名なゴダイヴァ夫人の図柄。

驚くべき残存率

しかし、1963年9月、エリートは、エランにチェスナット工場の生産ラインをついに明け渡すことになった。チャプマンは、当然ながら自分の会社を大きく見せるため、例によって生産台数を水増ししていたものの、ロータス・エリートのエンスージァストの間では、1,000台強が製作されたとする見方で一致している。そして、今もなお、その87%が現存している。驚くべき率だが、エリートの脆弱な構造と高速性能とを併せ考えると、その多くが大幅に補修、改造されており、そのレベルも個体によってまちまちだ。

イングラム氏の「新」車がこれほどまでに貴重であるのもそのためだ。エリートの性能を試すため、交通の少ない地方道を選んだ。すると、筆者は再び1957年10月にタイムスリップしていた。チャプマンの最高傑作のひとつとして名高いロータス・エリート。筆者は、英国国際モーターショーからの帰路、エリートを運転する喜びに身を任せていた。

ロータス・エリート

■生産期間 1959〜1963年 
■生産台数 1,030台 
■車体構造 グラスファイバー・モノコック 
■エンジン形式 オールアロイSOHC1216cc 
■エンジン配置 フロント縦置き 
■駆動方式 後輪駆動 
■最高出力 76ps/6100rpm 
■最大トルク 10.4kg-m/4750rpm 
■変速機 4段M/T 
■ステアリング ラック&ピニオン 
■全長 3733mm 
■全幅 1486mm 
■全高 1194mm 
■ホイールベース 2240mm 
■車両重量 656kg 
■サスペンション ダブル・ウィッシュボーン/チャプマン・ストラット 
■ブレーキ ディスク(リア・インボード) 
■0-100mph加速(0-97km/h) 11.8秒 
■最高速度 184km/h 
■現在中古車価格 1,360万円〜