ニセ札じゃないよ!0ユーロ紙幣を中央銀行が発行(gott.netスクリーンショット)

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 額面なんと0ユーロ。5月末からこんな不思議なユーロ紙幣が欧州で出回っている。ニセ札ではなく、欧州中央銀行が承認し正式な紙幣として発行された正真正銘のお金。もっとも、これで何かを買えるわけではない。

 この紙幣を企画したのは、宗教研究団体gott.net。16世紀ドイツの宗教家マルチン・ルターの宗教改革500周年を記念して、欧州中央銀行からの認可を得て、0ユーロ紙幣1万枚を印刷した。

 紙幣にはきちんと偽造防止のホログラムがあり、サイズは20ユーロほど。表にはルターの肖像画と彼の言葉、裏はエッフェル塔やコロッセウム、サグラダ・ファミリアなど欧州の名所旧跡と、モナ・リザの顔がデザインされている。

 この記念紙幣の価格は2ユーロ。gott.netで希望の枚数を注文し、請求書がメールで届いたら指定の金額を振り込むことで、郵送されるそうだ。紙幣コレクターにはぜひ手に入れたい一枚だろう。

教会が腐敗する16世紀 ルターの功績 政教分離や三権分立など政治に影響

 プロテスタントの源流を作ったルターの思想は、その後の政教分離や三権分立といった政治方面にも大きな影響を与えた。2003年の米独合作映画「ルター」では、彼の歩んだ苦難に満ちた宗教改革の道のりがリアルに描かれている。

 16世紀のローマ・カトリック教会は腐敗していた。聖職者があらゆる名目で庶民に免罪符を売りつけ、教会側は莫大な利益を手にしていた。教会は、免罪符の宣伝文句に「犯した罪を償うことができる」「買わなければ最後の審判から逃れられない」と流布した。

 ルターはこうした免罪符の販売に反対し、神への信仰心こそが大切なのだと人々に説いた。「神を崇め、神の言葉を信じ、神を敬い、神の教えを聴いてさえいれば、最後の審判を恐れる必要などない」と語っている。

宗教革命 神と人の間に信仰 

2017年5月、マルチン・ルターによる宗教改革500周年を祝う行事が、独ベルリンのヴィッテンベルクの教会で5日間行われた。「95カ条の論評」を張り出した教会には期間中、約20万人が参列(Steffi Loos/Getty Imges)
 

 当時、キリスト教に分派はなく、聖書を解釈するという特権を持っていたのはローマ教皇だけだったため、他の聖職者は自分たちこそが神と人間との仲介者であると自認していた。

 それに対し、ルターは信仰とは人々の内面と神との間にあり、早くから組織化されたローマ・カトリック教会やその聖職者たちによる介入は不要だと認識していた。ルターは、一般庶民がそれぞれ日常的に聖書を読むことができる権利を持つべきだと考えていた。

 映画は、ルターがヴィッテンベルグ市の教会に「95カ条の論評」を張り出したことが宗教改革の発端になったという通説に基づき当時の様子を描き出している。ルターはこのことでローマ教皇から叱責され、裁判にかけられることになった。

 法廷で、ローマ教皇や皇帝、そして庶民らが見つめる中でルターが放った「私は神の教え以外を聴くことはできない。そして教皇や他のすべての権力者からの命令にも服従できない」と言い放ったシーンは圧巻だ。

2017年5月、マルチン・ルターによる宗教改革500周年を祝う行事が、独ベルリンのヴィッテンベルクで5日間行われた。街に登場した巨大な聖書のモニュメント(Axel Schmidt/Getty Images)

 民衆は彼の勇気によって自らを奮い立たせ、既存の権力や教会組織を恐れることなく、神への信仰心を増していった。だがその結果、ドイツ農民戦争を始めとする多くの宗教戦争が起こり、たくさんの人々が命を落とした。

 ルターの考えに共鳴した宣教師たちは、災いから逃れるには、沈黙を続けるのではなく勇敢に立ち上がるべきだと気づき始めた。そして皇帝や教皇に従い、彼らの意向に沿って定められた法律に従い続けることにノーを突き付けた。宣教師の1人は自らに下された服従命令に対しこのように答えた。「神の教えに背いて、ただ無益な日々を生き続けろと言われるくらいなら、私は喜んで斬首を受けよう」。

 この言葉は、皇帝や教皇に計り知れない圧力と恐怖を与えることになり、ローマ教皇は最後に、民衆が自分で聖書を読む権利を認めた。ルターの努力が実った瞬間だった。

 ルターの業績は後世にまで広く伝えられている。今に残されている説教集、論文、聖書に関する評論文や1万通以上もの書簡、ドイツ語版聖書のどれもが、ルターの偉業が数百年の年月を経ても全く色あせていないことを証明している。

(翻訳編集・島津彰浩)