シリア戦では後半からピッチに立った本田圭佑 本田圭佑はACミラン退団を決めた後、ツイッターを開始し、自らの言葉で発信することを始めた。サッカーそのものよりも、ニュース番組等で目にした社会問題への意見が好みのようだ。

 CMやオフシーズンの話題での露出が多く、その姿を映像で目にすることも多いため、なかなかピンとこないかもしれないが、本田はメディアに対して話をする機会がとても少ない選手だ。ミランでは、ベンチに入ってさえいれば、試合後、ミックスゾーンと呼ばれる取材エリアを通る。だが報道陣と至近距離ですれ違う構造のそのエリアでさえも、話をしないのが普通だ。

 2016〜17シーズンの後半戦に限っていえば、試合後にメディアに口を開いたのはホーム最終戦のボローニャ戦のみ。それもひと言、「ありがとうとファンに伝えて」と、一方的に依頼しただけで、質問に答えたわけではない。ミランでは練習も基本的には公開されないため、クラブのオフィシャルメディアなどでない限り、平日に話を聞くことは難しい。単独インタビューも多くはない。

 しかし、そもそも本田自身は寡黙なタイプではない。

 口を開けば比較的長く話をするし、1を聞けば10返ってくる。自らコミュニケーションを取ることが好きな人間だという印象だ。特に高校時代から名古屋グランパスに所属したころまではそうだった。ざっくばらんに何でも話し、例えば以前に取材したときのことなどについてもよく覚えていて、自ら振り返ったりする、メディアにとって本当にありがたい、愛すべきタイプの男だった。

 メディアと距離を置き始めたのは、2010年の南アフリカW杯で現地入りしたあたりからだろうか。ミックスゾーンでの対応も数日に1回に限るなど、その急な方針変更に面食らったものだ。

 とはいえ、話をすると決めた日は、たっぷり話す。だから本来は話好きの本田が、自らを抑制するかのようにメディアとの接触を制限しているように見えた。それは集中力を高めるためという理由だったのかもしれない。その後、CSKAモスクワからミランへ移籍しても状況は変わらず、むしろその方針を徹底していった。

 メディアとの関係はともかく、もともと自ら発信することには積極的だった。日本代表戦のために帰国、離日する際の奇抜なファッションもそのひとつだろう。子供の存在を明かしたのも空港でのことで、いきなり抱いて登場したときには騒然としたものだ。今回、イタリアから帰国した際にはわざわざ帰国便を公開している。

 ツイッター開設もその延長上にあるのだろう。自分が主体となって発信し、それをメディアに報じさせるというスタイルだ。

 もちろん、そこにはある種の危うさも潜んでいる。「自殺」や「受動喫煙」に関する唐突なツイートは真意が伝わりにくく、ちょっとしたひと言にも配慮を要するネットの世界では、あまりにも無防備だろう。

 そんな本田がシリア戦を前に、ミラン退団と今後に関してメディアに対して初めて口を開いた。非常に長い話を要約すれば、「自分は超トップクラスの選手の次にオファーが来るクラスの選手。移籍先は広く探している。日本は考えていない」ということだった。軽口をまじえながら陽気に喋っていた。

 だが、この調子が続くのかと思ったら、シリア戦後は一転、何も話さなかった。ベンチスタートだったことが理由なのか、パフォーマンスに納得していないのかはわからないが、追いすがる報道陣に無言を貫いた。

 そこには複雑な心境が見え隠れする。全体的にはオープンになっている印象を受けるのは、本田自身が発信することを必要としているからだろう。本田は移籍先を探しているのと同時に、セカンドキャリアの方向性も模索している。メディアを利用する必要はあるが、その意に染まりたくはない。この夏の活動予定も公開する方向だという。

 もっとも現役選手である以上、たとえ自らの発信であっても、言葉だけが受け入れられるということはありえない。それは常にパフォーマンスとセットだ。だからこそ、もう少しチームやピッチ内での自分にフォーカスしてほしいと思うのだ。

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