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 芸能界を引退した島田紳助さん(以下島田)だが漫才ブームの絶頂期、お笑いコンビ紳助・竜介として大人気だった頃、映画出演したことがある、それが1981年公開の『ガキ帝国』だ。

 島田は少年院から出てきたばかりの青年リュウを、当時相方の松本竜介がリュウの親友であるチャボを演じたこの作品は、傑作青春映画、または傑作ヤンキー映画はなにかという話になると必ずと言っていいほどあがる作品である。

 同作は昭和40年代の大阪での不良の日々を描いたもので、大阪一の繁華街・キタには北神同盟、ミナミにはホープ会という不良グループが幅を利かせていることが冒頭にリュウとチャボ、2人の仲間で在日コリアンのケン(趙方豪)の会話で説明される。その抗争にリュウらは皆が遊べる自由な繁華街を取り戻すべく首を突っ込んでいくことになる。

 リュウたちのメンバー構成が多人数ではないこと、不良ではあるが、大人数の不良が街で威張り散らすような状態は許せないという考え方は、この作品の公開のすぐ後の時期にブームとなるヤンキー漫画などに非常に良く似ており、アウトローの中の正義の味方として描写されるのが、後の作品では定番となっている。しかし、同作はというと、そういった正義の使命を主人公サイドには負わせない、あくまでただの不良として描いているのが大きな特徴だ。敵となる不良グループとの違いはヤクザとの関わりがあるかないかくらいだろう。

 とにかくこの作品はケンカのシーンが多い。10分に一回くらいはあるんじゃないだろうか? 短いカットを多用し、ケンカが終わったかと思うと、ちょっとした会話を挟んでケンカシーンへと突入する感じだ。とにかく商店街のど真ん中だろうが電車の中だろうが、お構いなしにメンチの切りあいからケンカに発展するという暴力シーンの連続。ちなみに、こういった荒涼としたシーンが数々は「リアル」だと評価が非常に高い。同作をてがけた井筒和幸監督自身が、トークイベントで「高校を出てしばらくミナミで遊んでた」と言っているので、おそらく当時は本当にこんな感じだったのだろう。昔の関西というか、大阪の不良ってすごかったんだなあ…。

 ある意味で起承転結を捨て去って、ひたすら暴力ばかりの作品だ。流血シーンなどはかなり痛そう。普通の作品ならビンや灰皿で殴られると大げさなSE(効果音)が付いて、殴られた側が「テメー!」と反撃するか、そのまま大げさに痛がるかくらいだが、この作品の場合、殴られてから一呼吸おいて、叫びもせずにその場にうずくまり流血するという形になっている。観ているこっちまで痛くなりそうだ。ヤンキー映画にありがちな学校などでの狙ったギャグシーンも少ない。唯一、明らかに狙って笑わせにきているのはチャボが吸っている“アンパン”にリュウが“あんぱん”を入れるシーンくらいか?

 そういったひたすら相手を傷つける凶暴さや、抗争の繰り返しの空しさが、この作品のエネルギッシュなところであり、ヤンキーの世界での特定の正義観や道徳観を入れずに、純粋な暴力のみを描いている。これは、他のヤンキーの抗争を描いている作品を観ればわかるが、なかなかできないことだろう。普通ならば一応主人公側には好感を持ってもらいたいので、やむを得ず暴力を働いてしまう高尚な理由を必ずつける。この作品ではそれが強いて言えば「自由に街を歩きたい」くらいしかない。そういったリュウの理想も、ヤクザの後ろ盾で大きくなり過ぎた北神同盟に対抗するため、ホープ会の残党と合流しピース会を立てることで砕かれることになる。ここでリュウは、少年院時代の仲間で、北神同盟の幹部になっている、明日のジョーの異名で恐れられる高(升毅)とも完全に対立する形となり、主人公側にも全く救いがない方向に進む。こういった1人ではどうにもできない現実を突きつけられるあたりは、ヤンキー版の『仁義なき戦い』を観ているような気分にさせてくれる。リュウとその周りの登場人物は一応明るくはふるまってはいるが、作品の方向性としてはかなり暗い。