8月下旬に鈴鹿サーキットで行なわれる2017スーパーGTシリーズ第6戦「インターナショナル鈴鹿1000km」に、元F1チャンピオンのジェンソン・バトンがスポット参戦することが決定した。6月6日〜7日、来日したバトンはさっそく鈴鹿でタイヤメーカーテストに参加。走りもさることながら、彼の人柄も見ることができる絶好の機会となった。


ジェンソン・バトンは終始笑顔で鈴鹿でのテストを楽しんでいた 2000年にF1デビューを果たし、昨年までの17シーズンで通算15勝。2009年にはシーズン6勝を挙げ、ワールドチャンピオンに輝いた。昨シーズンいっぱいでレギュラーシートを降りたが、5月末に行なわれたF1モナコGPには、インディ500参戦のために欠場したフェルナンド・アロンソの代役として参戦。予選では9番手タイムを記録するなど、今でもトップレベルで通用する速さを見せた。

 そんなバトンは以前から日本のスーパーGTに興味を持っており、昨年末にホンダが主催したファン感謝イベント「ホンダ・レーシング・サンクスデー」では2016年仕様のGT500マシン「NSX CONCEPT-GT」に乗り込み、多くのギャラリーの前でデモ走行を披露。これでさらにスーパーGTへの興味が沸き、今回のスポット参戦実現につながったという。

 テスト1日目(6月6日)には現地でメディア向けの記者会見が行なわれ、そこでバトンはこのように語ってくれた。

「こうしてまた、ここに帰って来ることができてすごくうれしい。鈴鹿サーキットでのレースにはたくさんの思い出があるよ。1995年にはカートレースにも出場したし、2011年にはF1で優勝した。また日本のファンの前でふたたびレースができるのはうれしいよ。

 スーパーGTはいろいろなドライバーや友人から話を聞いていて、以前からレースをフォローはしていたけど、彼らの話を聞いてますます『スーパーGTでレースをしたい』という気持ちが強くなった。F1では観られないようなオーバーテイクが最初から最後まで観られるから、本当に楽しみだよ」

 今回バトンが加入するチームは、TEAM無限。2000年に全日本GT選手権(スーパーGTの前身)GT500クラスでチャンピオン獲得経験がある他、2013年にはGT300クラスでも王座に輝いており、ホンダ勢を代表する名門チームである。今年は満を持してGT500に復帰を果たしている。

 ドライバーはインディカー・シリーズへの参戦経験もあり、2013年に同チームのGT300チャンピオン獲得に貢献した武藤英紀と、元F1ドライバー中嶋悟氏の次男である中嶋大祐。そこにバトンは第3ドライバーとして参戦し、3人体制で鈴鹿1000kmに臨む。

 F1では常に安定した走りを見せていたバトンだが、スーパーGTのような屋根のついたマシンに乗るのは初めてだという。テスト1日目は多くのメディアが取材に駆けつけ、注目の集まるなかでバトンはマシンに乗り込みコースインした。午前と午後で合わせて、バトンは40周近くを走行。午前に走り始めていきなりチームメイトの武藤が記録していた1分50秒721の1秒差に迫るタイムを叩き出し、周囲を驚かせた。

 2日目(6月7日)は雨の心配があったのと、走行時間が限られていたこともあり、セッション開始時からバトンが乗り込みテストがスタート。すると、さらにタイムを縮めて1分49秒706をマークした。

 最後は雨が降り出し、ウエットコンディションも経験できたとバトンは前向きに語る。トータルで約65周を走破したが、「GT500のマシンはそう簡単に乗りこなせるものでもないので、まずはバランスに慣れることが重要。僕にはこのクルマを、もっと経験する時間が必要だなと感じた」と、まだまだ本番までに走り込みたい様子だった。

 それでも、いきなり昨年のレースペースに遜色のない走りを見せたことを、TEAM無限の手塚長孝監督は手放しで大絶賛。鈴鹿1000kmでは予選でのタイムアタックドライバーに抜擢する可能性もあることを示唆し、1000kmの長距離戦でも「全体の3分の1程度を任せたい」という考えも披露した。


バトンはGTマシンへの順応も早く、好タイムを叩き出した 今回のテストでは「さすがF1ドライバー」と感じるところもあるが、だからといって今のスーパーGTはそう簡単に乗りこなせるようなものでもない。2015年から参戦しているヘイキ・コバライネン(LEXUS TEAM SARD)も、スーパーGT参戦初年度はかなり苦労をしていた。そのなかで、この2日間で見せたバトンの順応性というのは、さすがワールドチャンピオンだなという印象だった。

 また、この2日間のテストでは、GTマシンへの順応性以上に感心したことがあった。それは、彼の人柄のよさだ。今回、一緒に組んでテストに臨んだ武藤と中嶋はこのように語ってくれた。

「いい人ですね。すごく謙虚な姿勢で、偉ぶった態度もまったくないし、貪欲に質問してきてくれます。こちらが聞いたことについても、ちゃんと答えてくれますし、すごくやりやすいです。フランクだし、冗談も通じるし、想像と違う人だなぁと感じました。本当にいい人です」(武藤)

「やっぱり世界チャンピオンなので、僕たちも緊張しながら迎えましたが、想像と違って全然気さくでした。チームの一員としてがんばろうという意識が強く、それがすごくうれしかったです」(中嶋)

 TEAM無限のスタッフの数名に話を聞いてみても、いい印象の反応しか返ってこない。メカニックに対しても気さくに接する一方で、「あくまで自分はゲストドライバーで、チームのために働く」という意識が強いようだ。F1ワールドチャンピオンとは思えないほどの腰の低さに、スタッフたちも少し驚くくらいの好印象を受けていた。

 バトンは簡単な日本語もできるようで、挨拶やシンプルなやり取りの部分では日本語も使っていたとのこと。テスト1日目から、早くもチームに溶け込んでいるのが印象的だった。

 さらにチームメンバーが感心していたのは、自分の走りにつなげるために、とにかく勉強熱心なところだ。チームメイトらにも積極的に質問をし、情報を得ようとしていた。

 特に今回は、武藤が大半の時間でテストを担当していたため、中嶋と会話する場面が多かったが、チームの前回の結果や昨年のレースリザルトなども、バトンは来日前にチェックしていたという。

「ここ(鈴鹿)に来るまでにも、インターネットでGTの映像を探して見てくれていたり、リザルトもしっかりとチェックしていて、『前回のオートポリスは予選結果はよかったのに、何で決勝はダメだったの?』とか、武藤選手が昨年ここでポールポジションだったこととか、いろいろなことを知っているんですよ。

 今朝もギア(どこで何速を使うのか?)のことを積極的に聞いてきたり、このクルマのことだけじゃなくて、GTの他のクルマについても聞かれました。『なんでこのクルマは音が大きいんだ?』『あのクルマの音はなんだ?』とか聞かれることがありました。それくらい真剣に考えて来てくれているんだ、というのがすごくうれしかったです」(中嶋)

 そして、彼の人柄のよさが存分に出ていたのが、ファンへの対応だ。平日にもかかわらず、鈴鹿には多くのファンが来場していた。特にTEAM無限のピット裏には、バトンをひと目見ようと100人近いファンが詰めかけ、ガレージに通じる扉のところには異例のガードマンが立つほどだった。

 そんな状況でも、バトンは自ら「ファンサービスをしたい」とチームに申し出て、わずかな時間であるがピット裏に姿を見せ、終始笑顔で丁寧にサインをしていた。セッション中も観客席からバトンの応援フラッグを振るファンに笑顔で手を振って応えるなど、常に周りへの気遣いや優しい応対ぶりが目立った。

 記者会見でも、バトンは応援してくれるファンについて触れ、「ファンはモータースポーツには欠かせない存在。ファンがいなければ、モータースポーツは成立しないと思っている。僕たちにとっては非常に大事な存在だよ」とコメント。スーパーGTはドライバーとファンとの距離が近いのが特徴でもあり、より多くのファンに会える8月のレースを心待ちにしていた。

「スーパーGTには熱心なファンが多いと聞いている。もちろん、F1のころから僕を応援してくれているみんなもぜひ鈴鹿に来てほしい。F1と違ってスーパーGTはドライバーとファンの距離がとても近い。みんなに会える絶好のチャンス。とてもエキサイティングな週末になると思う。8月は鈴鹿サーキットに応援に来てほしい」

 与えられたクルマをすぐに乗りこなしてしまうスキルや、自分が今、何をしなければいけないのかを冷静に判断し、チームのために的確なコメントをする適応力――。F1時代から定評のあった彼の人柄を実際に垣間見ることができ、本当に脱帽しっぱなしの2日間だった。

 それだけに、8月の鈴鹿1000km本番ではどんな「バトンらしい」レースウィークを見せてくれるのか、今から非常に楽しみだ。

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