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「空冷、リア・エンジンのジャーマンカーここにあり」 あの気高いポルシェの影で目立たぬ存在となってしまったフォルクスワーゲン・カルマン・ギアだがマーティン・ポートは表舞台で輝くに足る1台だと考える。

憧れのカリフォルニアではなく雨のウェールズ

憧れのカリフォルニアにいるはずが……。格好いいカブリオレに乗り込み、屋根を開け放つ。ラジオのボリュームを上げて、出発。見渡す先は月曜の朝だってのに白波に乗って羽を伸ばすサーファー達。あぁ、カリフォルニアの海岸線を走りたい。それなのに私が今居るのは……。間抜けな羊どもが足元に群れて離れない。浜辺はそぼ降る雨でびしょびしょ。現実に引き戻された私が居るここは、ウェールズの端っこ。英国中が夏の盛りを楽しんでいるというのに、ここオグモア・バイ・シーなる片田舎は、気象予報士の話などまるで意に介さない。今のところは。

独伊のコラボレーション。


雨が止むまでの間、ルーム・ミラー越しにカルマン・ギアのふくよかなボディ・ラインをゆっくり鑑賞してみる。リア・タイヤ周りの、おもわず見とれるくびれは、可愛くも見えるし不恰好にも見えるが、全体としては、知る人ぞ知るこのフォルクスワーゲンにどこか面白みを与えている。「このクルマの名前は?」土地の人がお国言葉丸出しで尋ねてくる。あのつましいビートルか、初期の頃のポルシェだったなら、当然、彼はクルマの名前を知っていて、聞いてくることも無かったはずだ。誰にだって見分けられるほど有名だから。しかし、たしかにその2台にはカルマン・ギアを連想させるものがある。いずれも空冷、リア・エンジンのジャーマンカーで、血筋もエンジニアリング精神も共通してるからだ。だからといって、カルマン・ギアが今よりも正しく評価されるべきなんて言えるだろうか。なにかと忘れられがちなモデルだし、The「国民車」から夢のポルシェ使いへの踏み台として扱われているのに、卑屈にならずに「シュツットガルトの象徴、ポルシェのお値打ち版である」と手を挙げられるだろうか。

スタイリッシュなロゴ・デザイン。

馬車製作メーカーだったカルマン

カルマン・ギアのストーリーは込み入った話になる。1874年にヴィルヘルム・カルマンが馬車製作を始めると、彼のオスナブリュック工場は、デュルコップ、ハンザロイド、アドラーといったメーカーに自動車のボディを製作するまでに発展し、彼のビジネスは30年も掛からずにすっかり成長を遂げた。世界大恐慌による大きな打撃を受けたにもかかわらず、こうしたクライアントに恵まれ業績は堅調だった。しかし、第2次大戦によりこれまでにない被害を受けると、カルマン社はその栄光を取り戻すのに、後のビートル・カブリオレの開発と生産を行う1949年まで待たなければならなかった。カルマン社のその後の自動車ビジネスは好調で、1950年初頭にはボディ製作が通算1000台目に達したにもかかわらず、ヴィルヘルムは自分の名を冠したクルマを作りたいと考えた。しかし、彼はその夢の実現を目にすることなく、1951年にこの世を去ってしまう。実はその頃、ビートルとプラットフォームを共用するスポーツカーの生産について、フォルクスワーゲンとの間で話し合いが始まっていた。ところが、試作スケール・モデルがフォルクスワーゲンの上層部と最高責任者であるハインリッヒ・ノルトホフの後押しを得られなかったのである。この時、ノルトホフの意識は、サルーンカーの改良に向いていたのだ。

カルマンとギアのコラボレーション

ヴィルヘルム・カルマンの息子(ヴィルヘルム・カルマン博士)は、父親の意思を継いでトリノのコーチビルダー、カロッツェリア・ギアに話を持ちかけた。彼は、営業責任者のルイジ・セグレを説得しプロトタイプを作らせ、フォルクスワーゲンに、そのプロジェクトは参加に値するものだと納得させようとした。ただし、誰がそのスタイリングを実際に手がけたのかは、今でも議論の的になっている。ヴァージル・エクスナーとマリオ・ボアノは、カルマン・ギアのスタイリングに強い影響力を持っていた。とりわけエクスナーは、クライスラー向けの案件でセグレと強い繋がりを築いていた。それにもかかわらず、1948年にギア社を買収したボアノが、カルマン・ギアのフロント・エンドを手がけたことは疑う余地がない。

セグレがカルマン博士にプロトタイプのプレゼンテーションを行った時、カルマン博士は期待したコンバーチブルではなく、クーペが出てきたのでショックを受けた。しかし、そのクーペは美しかった。ノルトホフはゴーサインを出し、カルマン社は、ウォルフスブルク工場のビートル用シャシー(両端を80mmずつ拡大している)に載せてカルマン・ギアを作り上げることになるのだった。それはその後、フォルクスワーゲンのディーラー・ネットワークを通して市販されている。1955年7月14日にカルマン・ギアは、ヴェストファーレンのカジノ・ホテルにおいてプレス発表され、続いてコンバーチブルが1957年9月のフランクフルト・モーターショーで発表された。屋根を取り除くことは剛性の低下を招くので、カルマン社はそれに応じてボディとシャシーを強化しなければならなかった。これに伴う重量増が、わずかにこのクルマのキレを鈍らせるが、購入希望者は気にかけないようだった。

シンプルなホイールキャップ。

筆者は元ポルシェ912オーナー でもフェアにジャッジをしよう

ウェールズの海岸に降り落ちる雨が弱まってきた。やっと出番だ。今日の試乗車は1968年式で、カリフォルニアのインポーターが仕入れたもの。出荷時は左ハンドルだったが、英国で使用するため、見事に右ハンドル仕様に変更されている。1967年式ポルシェ912の元オーナーとして少し心配なのは、フォルクスワーゲンというだけで、比較する際に公平感をなくしてしまいそうなことだ。そこは、フェアに進めることを最初に約束しておこう。

フラット4エンジンにはオートチョークがついているので始動はたやすい。わずかなクランキングの後、勝手知ったるあの乾いたサウンドが、入り江の先まで空冷4発の始動を知らせる。この時点ですでに違いを感じたことがふたつある。私のポルシェにはオートチョークがなかったので、エンジンが暖まるまで回転を高めに保たなければならなかった。それに、純正マフラーのままでこんなに力強いサウンドは出なかったはずだ。こんなことがあったせいで、私のやっかみ根性が点火し、ぶすぶすとくすぶりを始めた。

ソレックスのシングル・キャブ。両バンクにチョークがつく。

キレの良いドライビング・フィール

それにしても、エンジンはたったの1500ccで控えめな53.7psを発するだけなのに、ずっと力強い感じだ。この左右2本出しの(純正)マフラーの唸りがそうさせる。それは、爽快とは言わないまでも、たしかに相応しいサウンドだ。いよいよ屋根を開け、絶景の続くコーナーを駆け抜ける。景色がきりもみ状態で飛んでいく。ただし、どんなにスピードを出しているつもりでも、メーターの針がのどかに這い上がっていくのを見れば、その錯覚はすぐに打ち砕かれる。このクルマはビートルとメカニカル・コンポーネンツを共有しているが、馬力の件と同様、そのハンドリングはキレが勝るようだ。ステアリングは、このクルマのようにちゃんと165/15タイヤを履いているならば、操作は軽い。重量物のエンジンが車体のずっと後ろに吊り下げられているので、コーナーを攻め始めるとオーバーステアがわずかに顔をだす。それでも、生産開始当初から取り付けられているフロントのアンチロールバーがそれを食い止めるのに役立って、臆することなく踏み込める。実のところ、ギア・チェンジには少し手を焼く。とくにサードからセカンドに入れる時だ。しかし、オーナーが事前に、シフト・チェンジには癖があって、セカンドと隣り合っているリバースにミス・シフトしない絶妙なレバーさばきを教えてくれていた。それをマスターすれば克服できるはずだ。フォトグラファーに応えて何度も走るうちに、フケのいいスロットルと操作を拒むシフトゲートを制する時があって、つい嬉しくなる。

スムーズなトラクション

私に笑いが込みあがるのより1歩遅れてスピードが上がってくる。しかし、トラクションの掛かりはスムーズだし、エンジンも心地よく回る。クルマを降りる理由はどこにもない。海辺の田舎道に、ぼんやりしている無数の羊。それを見ていると、想定最高速度140km/hなど何の意味もなさなくなって来る。

フロアから伸びるオルガン・タイプのペダルは、中心寄りに驚くほどオフセットしている。これに慣れるのは簡単、というよりも、加速の伸びを失わないようギアチェンジを有効にしたいなら、慣れなければいけない。この後期のカルマン・ギアは、フロントのディス・クブレーキ化(4輪ドラム・ブレーキの旧車オーナーにとって手軽に別世界を体験できる)の甲斐あって、ブレーキングはたやすいものだ。雌羊が通りの向こうから自暴自棄な猛突進を仕掛けてきても、ブレーキ・ペダルを蹴飛ばしさえすれば、クルマは直ちに止まる。

鮮やかなダッシュボードにタコ・メーターはない。

クーペなら96万円で手に入る

雨雲が去り光が射してくる。私の肌がじりじり焼けていくのに頬を緩めつつも、カルマン・ギア・カブリオレは高価なクルマであると思い出さなくてはいけない。なんとクーペのちょうど2倍のプライスだ。ことによるとそれこそが障害だ。こういった程度のいいカブリオレは1万ポンド(160万円)をくだらないから、初期の911または、356を引き合いに出すのでない限り、お買い得商品として店に並べるのは難しい。同価格帯に同じフラット4を積む912がいるのだから。ソフトトップを諦めても、なんとも味わい深いジレンマがあなたを待っている。さぁ、数学の時間だ。程度のいい911Tは2万ポンド(320万円)はする。そこそこの912なら1万ポンド(160万円)を少し超えるくらいだ。同じカルマン・ギアでもクーペなら、わずが6,000ポンド(96万円)であなたのガレージに収まる。後は預金通帳との相談だ。しかし悩みはつきないだろう。

ヒーターの操作はハンドブレーキの下で。

モアパワー、モアパワー

では、一番重要なことを一言。今や、からりと晴れ上がった昼下がりに好きなだけ走り回っても、どうしても付いて回る不満の声が心の片隅に聞こえてくる。それは何度も同じ呪文を唱えている。「モアーパワー。モアーパワー」。しかしそれさえ頭から除ければ、カルマン・ギアの後部に収まるビートルのエンジンというのは、非の打ち所なく丈夫だから悪くない。力強いし、リッター10km以上(ノーマルなら)走るし、4、5時間してやっとガス欠の兆候が出てくるほどだ。これには心をつかまれる。

チューンナップも可能

また一方で、幸運にもフォルクスワーゲンのあのバッジは、オーナー達がクルマの限界を超えて挑戦してきた不断の改良と改造の結晶である。このクルマの可能性に終わりはないだろう。かつては、こういったクルマを一番手っ取り早くパワーアップさせる方法といえば、ポルシェ356のエンジンとギアボックスへの換装だった。でも今は、残念ながら法外な値段だ。ただ、ドイツのパーツ・メーカーであるオクラサが、1950年代からビートルのパワーブースト・キットを販売してきた。それにソレックス・キャブを2基、デュアルポート・ヘッド、特製ピストンと特製バレルを組み込めば、トップスピードはゆうに150km/hオーバーとなり、0-100km/h加速のタイムも更新できる。それも356のエンジンへ換装する数分の1のコストで。過去にはシボレー・コルベアのフラット6エンジンを突っ込む猛者までいた。こうしたチューンを施せば、初期のカルマン・ギアの出力を、立ちどころに2倍にしてしまうだろう。

仕上がりのいいラチェットは閉じたフードをロックする。


さて、ポルシェ並みのパワーの問題も大切だが、違う選択も考慮すべきだ。それは、ビートルとカルマン・ギアの選択の問題だ。安価なビートルで間に合わすか、それとも、カルマン・ギア仕立てのドレスをまとった方に気前よくお金を積むリッチ・マンを演じるか。費用対効果を考えれば大いに悩むところだ。現実的には、クーペでいいということにすれば、そんな無理をすることはない。60年代後期の程度のいいビートルは、少なくとも5,000ポンド(80万円)はする。でも、もう1,000ポンド(16万円)用意してカルマン・ギア・クーペにすれば、通りすがりの人から「素敵なクルマですね、何と言う名前ですか?」と声を掛けてもらえる特別手当がついてくる。さらに、猫の額ほどのリヤシートまでついてくる。つまり、キュートで愛くるしいビートルよりも、カルマン・ギアのあのスタイルの方がどうしてもいいというのでない限り、得るアドバンテージはそれほど多くないということだ。

ルームライトはミラー・ステーに内蔵。

気がつくと夢中に

撮影を終えて、大西洋をはるかに見渡す丘でカルマン・ギアの後ろ姿を見ていると、このクルマに夢中になってしまった自分に気づく。外見に惚れたってことではない。たしかにグッド・ルッキングではある。でも、911に匹敵する美しさということは決してない。このクルマとのドライブは、パワー不足にもかかわらず全体として大いに充実している。もし、購入すれば、多くのオーナーと同じで、スロットルの上でムズ痒い思いをしないように強力なエンジンをぶち込む衝動と、私は悪戦苦闘するだろう。でも、今ここで心に引っ掛かるのはふたつだけ。こんな晴れた日にサーフボードを持って来れなかったこと、そして、オーナーにキーを返す時間が来たことだ。もしもクーペの値段でカブリオレが手に入るなら、ウチのガレージに一台収まることになる。

フォルクスワーゲン・カルマン・ギア

■生産期間 1955〜1974年 
■生産台数 445,238台 
■車体構造 スティール・プラットフォーム・シャシー、スティールボディ 
■エンジン形式 アロイヘッド空冷OHV1493cc/ソレックスキャブレター 
■エンジン配置 リア縦置き 
■駆動方式 後輪駆動 
■最高出力 53.7ps/4200rpm 
■最大トルク 10.8kg-m/2600rpm 
■変速機 4段M/T 
■ステアリング ウオーム&ナット 
■全長 4140mm 
■全幅 1630mm 
■全高 1325mm 
■ホィールベース 2400mm 
■車両重量 840kg 
■サスペンション ツイン・トレーリング・アーム/トレーリング・アーム 
■ブレーキ ドラム(1967〜フロント・ディスク) 
■0-100mph加速(0-97km/h) 19.1秒 
■最高速度 138km/h 
■現在中古車価格 192万円〜