シリーズ・部活の現場に行ってみた!(1)

 1998年の1月8日に、高校サッカーファンの間で語り継がれている「雪上決戦」が行なわれた。

 国立競技場が真っ白に染まるほどの大雪の中、第76回全国高校サッカー選手権の決勝で相対した東福岡高校と帝京高校。先制したのは、中田浩二(元鹿島アントラーズ)がキャプテンを務めていた帝京だった。前半21分、中田のクロスからゴールネットを揺らし、前年のインターハイ決勝で東福岡に屈した悔しさを晴らすかに思われた。

 しかし、東福岡はすぐさま同点に追いつくと、後半開始早々に本山雅志(ギラヴァンツ北九州)のアシストから勝ち越し点を奪う。その後も、多彩なタレントたちがゲームを支配し、2-1で初の選手権制覇を成し遂げた。


偉大なる先輩たちの背中を追う、東福岡の選手たち インターハイ、高円宮杯全日本ユースに続いて頂点に輝いた東福岡は、全日本ユースの第1回大会(1990年)が開催されて以降、史上初の高校サッカー「三冠」を達成。それから20年余りが過ぎた現在も、その快挙に到達したチームは出てきていない。

 次に三冠を達成するのはどの高校か――。全国の強豪と共に、福岡の”赤い彗星”も毎年のように候補に挙がるが、森重潤也監督は今年のチームについて「辛抱の年になる」と厳しい表情で切り出した。

「例年、プロや大学に引っ張ってもらえるような選手が何人かいるものですが、今年は全体的に見てレベルが高くない。しっかり勝てるチームになるまでには、夏か、もしくは冬までかかるかもしれない。それでも、他のチームは『打倒・東福岡』と向かってくる。相手が気を緩めてくれない厳しさはありますね」


東福岡で1998年からコーチ、2002年から監督を務める森重監督 実際に、新チームの船出は厳しいものだった。連覇を期して臨んだ九州高校U-17サッカー大会では4位に終わり、全日本ユースのプレミアリーグ・WESTでは、4戦を終えた時点で2勝1敗1分(5位)と出遅れている。

 東福岡の伝統であるサイド攻撃も、まだ相手の脅威になるまでには至っていない。決定力のあるFWがまだ定められていないこともあるが、何よりの課題は走力の不足にあるという。

「例えば、練習でグループ走をさせる時にタイムのノルマを設定しているんですけど、200人近くいる2年、3年の選手でも半分以上がこのタイムを切れないんです。そうなると、我々が目指すサッカーはなかなかできません。まずは走力を上げることを、チーム全体でやっていかなくちゃいけない」

 その想いは選手も同じだ。チームの10番を背負う福田湧矢は「走る部分では負けちゃいけない。たぶん、技術では『今までで一番レベルが低い』って言われてるので」と、監督同様の危機感を口にする。

 今のチームにも、福田をはじめ、U-20代表に追加招集されたDFの阿部海大などのタレントがいるが、前の世代があまりに豪華すぎた。FWの藤川虎太朗(ジュビロ磐田)や高江麗央(ガンバ大阪)、DFの小田逸稀(鹿島アントラーズ)と、Jクラブ入りを果たした3人を擁した前年のチームと比べれば、迫力不足は否めない。

 だが、個の能力の高さがチーム力のすべてではないことは、近しい先輩が証明している。

 中村健人(明治大)がキャプテンを務めていた2代上の世代も、その前年に中島賢星(横浜F・マリノス)と増山朝陽(横浜FC)という「超高校級」の選手がおり、チームが代替わりした当初は「最弱世代」のレッテルを貼られていた。しかし、その反骨心からチームはまとまり、勝利への執着心が生まれ、結果としてインターハイと選手権の二冠を達成。1年生の時にその快進撃を目の当たりにした3年生MFの青木真生都(まいと)も、そのチームを目標に掲げている。

「ひとつ上の代の”個”がしっかりあるチームじゃなく、健人くんたちの代みたいに全員が泥臭く戦うチームを目指したほうがいいと思っています。まずはしっかり全員が走って、コミュニケーションをとりながら戦っていけたらいいと思います」

 進むべき道は見えている。あとは、10番の福田が「ひとりでも『自分たちも健人くんたちの代みたいになれる』と簡単に思ってしまったら勝てないと思います。練習の中で互いの意見をぶつけ合う、厳しい環境の中で競争したからこその二冠ですから」と気を引き締めるように、すべての選手が高いモチベーションを保てるかどうかが、チーム成長のカギとなる。

 東福岡は、6月4日に行なわれたインターハイ福岡県予選の決勝に勝利し、本戦出場を決めた。それでも森重監督は「1日1日を無駄に過ごすことがないようにやっていきたい」と欲を出さずに前へ進む。一歩ずつの成長の先に、2度目の偉業達成が見えてくる。