来日したタラネ・アリドゥスティ

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 今年のアカデミー賞で外国語映画賞を受賞した『セールスマン』(6月10日公開)で、ヒロインのラナを演じたタラネ・アリドゥスティが来日。これまで度々コンビを組んできたアスガー・ファルハディ監督の演出方法から、アカデミー賞授賞式への欠席をTwitterで表明した思いまでを率直に語った。

 『セールスマン』は、テヘランで教師をしている夫と、彼とともに小さな劇団に参加する妻が新しいアパートに移り住み、ある夜、何者かが侵入して妻が暴行を受けるというショッキングな物語。犯人を必死に捜す夫に対し、妻のラナは事件を大っぴらにしたくないためか、多くを語らない。彼女の行動はイラン特有のものなのか? そんな質問に対して、タラネは毅然とした表情でこう答えた。

 「確かにラナの言動についてはイランで映画を観た人からもさまざまな反応がありました。でもわたしと監督は同じような被害を受けた女性たちをリサーチして、ラナの行動を決めていったのです。多くの被害者は、最初何が何だかわからなくなり、その後自分を責めてしまう。そして社会から隔絶された気持ちになる。これはイランに限られたことではありません。こうした女性特有の問題をとらえていたのでわたしも本作に出演したかったのです」。

 ファルハディ監督はイランを代表する巨匠であり、本作で2度目のアカデミー賞外国語映画賞受賞(1度目は2011年の『別離』)。ファルハディ作品4度目の出演となるタラネによると、彼の演出には一切、ブレがないという。「撮影に入る前に綿密なリハーサルが行われ、俳優はほとんど彼の指示通りに動いていますね。彼は仕上がった脚本通りに撮る人なのです。自分の想定したイメージを完璧に再現しているよう。わたしは4回目の出演なので多少、自由に演技している部分もありますが」。

 今年の1月、『セールスマン』がアカデミー賞にノミネートされた直後に、米トランプ政権が7か国に対してアメリカ入国ビザの発給を制限。イランも含まれていたことから、タラネは自身のTwitterで授賞式のボイコットを表明した。このニュースは世界を駆け巡る。「ビザ制限があるのに、もし自分だけが授賞式のためにアメリカに入国できたら、イランの一般市民はどう思うか。そういう状況が嫌だったのです。そしてわたしが発言することでメディアも注目します。イランの映画人の多くはわたしの行動に賛同してくれました」と当時の喧噪をタラネは振り返る。

 そして2月26日(現地時間)のアカデミー賞授賞式では、アメリカ在住のイラン人(民間人初の女性宇宙旅行者アニューシャ・アンサリさん)が会場で監督のメッセージを代読した。これを観たタラネは、やや複雑な心境だったという。「彼らはアメリカで成功している人。ですから壇上で入国制限に抗議するのは当然のことでしょう。でもわたしには少し違和感がありました。イランで暮らす一般の市民も同じようなことを考えている。エリートだけでなく、みんな同じ気持ちだということまでは伝わらなかったのでは……」。

 トランプ政権を批判する気持ちは現在も変わらないというタラネ。「トランプは一日も早く弾劾されて、辞めてほしい。わたしたちイラン人もかつて8年間、ある大統領の言動に苦しめられました。だからアメリカ人に同情します」。

 脅威のために、さらに大きな脅威で対抗していいのか。『セールスマン』にはそんなテーマも見え隠れする。「ラナは心のどこかで暴力を暴力で返すことはいけないと思っている。現在、世界の各地では復讐が繰り返されています。それは人間がとるべき行動ではないことだと、ファルハディ監督も断言していました。そんなメッセージが、さりげなく観客に伝わってほしい。わたしは映画の力を信じます」。

 美しさの奥に、揺るぎない意思を秘めた女優、タラネ・アリドゥスティは力強くそう語った。(取材・文/斉藤博昭)

映画『セールスマン』は6月10日よりBunkamuraル・シネマほか全国順次公開