壁と移民ビザは倫理的に同質なのではないか

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著:Hrishikesh Joshi(プリンストン大学 Department of Philosophy Postgraduate Research Associate)

 世界人口の大半は、先進国の人からしたら想像もできないほどの悪環境の中で暮らしている。彼らは、機会さえ与えられればアメリカやEU、オーストラリアなどに喜んで移住するだろう。この状況下で先進国はどのように移民政策を設計し執行するべきだろうか。

 世界の貧困に関する統計は驚異的だ。世界銀行による最新の予測によると、約21億人もの人が一日3.10米ドル(約340円)以下で生きているという。これは収入を購買力で調整した際の統計であり、要するにアメリカで3.10米ドルを使って買える分のものしか彼らはそれぞれの国で購入できないのだ。

 例えアメリカ内で最も物価が安い地域でも、一日を3.10米ドルで過ごすのは想像しづらい。何が食べられるの?強いて言うなら、卸売りの豆や米くらいだ。もしかしたら年に一度だけ服を買えるかもしれない。家賃なんて確実に払えないから、どこかで無断定住しなければならない。これを、アメリカが設定している貧困線、具体的には四人家族の場合の24,000米ドル/年(約260万円/年)と比べてみよう。この額は、一人当たり毎日16米ドル(約1750)以上に相当する。また、EU圏内の貧困線も高めに設定してある。ドイツの場合、四人家族の場合22,500ユーロ/年(約278万円/年)もの額である。

 アメリカやドイツの貧困層を見ても、彼らの生活水準は世の中の多くの国々のそれより高い。また、この差は所得の問題だけではない。先進国はエチオピアやバングラデシュと比べ、無償教育や発達したインフラなどの整備においてもより良い生活水準を提供している。

 さて、あなたが21億人の一人だと想像してみてください。エチオピアに住んでいて、毎日3.10米ドル以下で生活しているとしましょう。もし機会が与えられたとしたら、アメリカやEUに移住したいですか?もちろん、移住しないわけがないですよね。例え最低賃金で働くとしても、あなたの生活水準は上がる。あなたの子供たちは断然良い教育の機会を与えられ、家計を支えるために働かなくても済む。常に食べ物が足りるか心配する必要もない。

 だが、先進国に移住するのは簡単ではない。例えば、アメリカに合法的に定住するためには労働ビザか永住ビザを取得しなければならない。そのためには、アメリカに家族がいなければならない(この条件を果たしていても数十年かかることがあるが)、または高度な技術を有していて、アメリカの雇用先からサポートがなければならない。もしくは、Diversity Visa抽選制度で運を試すしかない。他にも方法はあるが、非常に限定された状況においてのみ使える。例えば、イラクやアフガニスタンで、戦時中に米軍の翻訳業務を行なった場合、など。

 これらの条件が発展途上国に住む貧困層に当てはまらないことは、言うまでもない。しかし、労働ビザや永住ビザなしでアメリカに移住することもできる。入国した後に違法滞在する、ということだ。

 だが、エチオピアなどに住む人にとって、これさえ難しいのだ。アメリカ行きの飛行機に乗るためには、少なくとも観光ビザを取得する必要がある。そのビザを取るためには、エチオピアの住居を放棄しないことを証明しなければならない。これを証明するためには、エチオピア国内に、放棄してはならない経済的・社会的な関係があることを示す必要がある。だが、一日3.10米ドルで生きている人にとってこれは困難だ。貧困に苦しむ人にとって、高額な手数料はさておき、観光ビザ申請を通過することさえ難しい。EU諸国やオーストラリアなどの他の先進国も発展途上国での観光ビザにおいて同じような条件を設けている。

 世界の貧しい人々が先進国に移住しない理由は、すなわち 、ビザ政策と空港・海港保安装置によって止められているからだ。いわば、「見えない壁」だ。

 この状況に気づいている人は少ない。もちろん、脱国境を唱える学者や運動家は存在する。影響力のある主唱者として、コロラド大学ボルダー校の哲学者マイケル・ヒューマー氏などがいる。ジョージ・メイソン大学のブライアン・キャップラン氏などのリバタリアン寄りの経済学者も脱国境政策を唱えている。だが、このような声は少数派だ。

 物理的な壁を築き管理するとなると、意見が分かれる。去年行われたピュー研究所の調査によると、アメリカ国民の多数(62%)がメキシコとの国境に壁を立てることに反対である。EUにおいて、近年の移民問題の対策として壁を築くことに対しても議論が激しかった。

 だが、ビザ政策と空港・海港保安装置によって止められることが正当なら、なぜ壁もそうでないのだろうか?地理的距離は正当性に関係ない。米墨国境から入ってくる人の方がエチオピアからくる人より地理的に近いという事実は、倫理的意義がない。よって、もしメキシコとの国境に壁を建ててはならない理由が「貧しい人々により良い生活を得る機会を与える」なのならば、近くに住む人のみに与えるべき倫理的理由はないのである。

 エチオピア人やバングラデシュ人からしたら、穴だらけの地境が故に中南米人がアメリカに違法滞在できるなんて不公平だ。エチオピア人やバングラデシュ人は、空港保安装置によってより厳重で圧倒的な問題に直面しなければならないのだから。

 強制は正当性を必要とする。空港保安装置やビザ政策は実質的に貧しいエチオピア人の入国を禁止している。だが、もし地境保安装置が不十分なため違法入国ができる人がいるのであれば、エチオピア人の入国禁止の正当性は弱くなる。「メキシコ人は止めないのに、なぜ私を止めるの?」とエチオピア人は問いかけたら、これを倫理的に正当化する答えを返せないのだ。

 国境政策において、現状は倫理的に一貫性がない。先進国は、(犯罪者などの例外を設けて)脱国境を取り入れるか、もしくは空路・海路と陸路を同じく扱うべきだ。

This article was originally published on AEON. Read the original article.
Translated by Masaru Urano