東芝・綱川智社長(つのだよしお/アフロ)

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 前回に引き続き今回も東芝の話題だが、今回言いたいのは東芝のことではない。その報道のあり方だ。報道があまりにも不正確でひどすぎる。ほとんどの人はメディアを通じた2次情報で物事を判断すると思うが、一連の東芝関連の報道を通じて、2次情報だけに頼る危うさをあらためて感じるのだ。

●監査意見のない決算を発表?

 前回の記事を書いた後、再び東芝が大きく取り上げられることになった。5月16日付の某有力紙の見出しを借りれば『前期の業績、監査意見なく公表』ということだ。

 前回の記事で触れたのは、第3四半期の決算報告が遅れに遅れた挙句、「監査意見不表明」だったという話だ。それに引き続き、通期の最終決算でも、「監査意見なく公表」ということになったものだから、各メディアから袋叩きにあったのだ。しかも、決算短信を出さずに暫定値しか出さなかったものだから、「この期に及んで暫定値しか出せない東芝はけしかんらん」というトーンの報道にもなった。

 この一連の報道は不正確極まりない。書いた記者が無知ではないとしたら悪意を感じる。

 5月15日は決算短信の発表期限だったが、東芝はそれを見送り、自主的に暫定値を公表した。これが事実だ。決算短信の公表は、タイムリーディスクロージャーの観点から東京証券取引所が自主的に定めたルールだ。法定義務ではないが、取引所のルールを守らなかったというのは上場企業としてはまずかった。

 逆にいうと、この時点での問題はそれだけだ。それ以外、東芝は何も法制度に反したことはやっていない。

 まず、自主的に暫定値を公表したことが批判されているが、たとえ決算短信だとしても、それは暫定的な性格のものだ。上場企業としての本当の開示期限はあくまでも6月末日(3月決算会社の場合)である。それまでちょっと時間があるので、決算日から45日以内に速報値を出させるようにしたのが決算短信なのだ。したがって、この時点の公表情報が暫定値であることを過度に批判することには、そもそも意味がない。

 決算短信が暫定値である何よりの根拠は、この時点では監査は終わっていないことだ。つまり、決算短信にはそもそも監査義務はない。取引所の自主的ルールに基づき公表するものなのだから、考えてみれば当然だ。

 つまり、この時点で公表される情報に監査意見がないことを問題視すること自体が間違っているのだ。監査意見が付された決算短信など、この世の中に存在しない。いるとすれば「監査法人の了承」だが、これとて絶対に必要なわけではない。最終内容と大きく食い違うと困るので、監査法人の了承を得るのが慣例になっているだけである。実際、極めて少数ではあるが、監査法人の了承のないまま決算短信を出す会社も存在する。「異例」ではあるが「違法」ではない。

●言ったことをそのまま伝えていない

 遡れば、第3四半期報告の際も、ほとんどすべてのメディアは「監査意見不表明」と報じていた。これについては前回指摘した通り、「監査」でもなければ「意見」でもない。「レビュー」であり、不表明となったのはその「結論」だ。レビューは監査よりも数段保証レベルが低いので、監査法人が「意見」を表明できるような代物ではない。こんなところで気安く「意見」などという言葉を使ってはならないのだ。

 そして、何より驚くのは、東芝の社長は記者会見の場でちゃんと「レビューの結論不表明」と言っていることだ。「監査意見不表明」という表現は使っていないにもかかわらず、メディアを通すとそれが「監査意見不表明」となるのである。無知か無頓着でなければ悪意がある、と言いたくもなる理由がわかるだろう。

 さらに遡れば、東芝が債務超過に陥り、四半期レビューの結論不表明の原因にもなった多額ののれんの減損に関する報道も核心を突いていない。こののれんの減損は、東芝の米原発子会社が行った買収に伴って発生したものであるが、それが7000億円超にも上ったという損失額の大きさばかりをメディアは伝えている。

 しかし、本当の問題は、買収直後に105億円と言っていたのれんが1年後に7000億円超に修正されていたことにある。ここのところをまともに報じているメディアは皆無に等しい。

 これなどは、東芝からのプレスリリースや結論不表明となった監査法人の四半期レビュー報告書を見れば、何が起きていて、どこに問題があるかわかるはずだ。ただし、それを読み解くためにはそれなりの専門知識が要る。これについては、よくわからなかったから報道しなかった、またはできなかったというほうが正しいのだろう。メディアの2次情報とは、そういうよくわかっていない人が書いている情報で溢れているのだ。

●2次情報で世論が形成される怖さ

 多くの人はテレビ、そして最近はインターネット上の情報を情報源としている。しかし、それらはすべて誰かを介した2次情報だ。キュレーションサイトに至っては3次情報だ。それらの情報は、無知な誰かを介している。ちょっと専門的な内容に関しては本当に無知だと思ったほうがいい。場合によっては悪意がある可能性もある。そのため、多くの誤りを含んでいる。東芝に関する一連の報道を見て、つくづくそう思う。

 しかし、多くの人は2次情報だけで判断する。最近は、ネットニュースには投稿できるようになっているものも多いが、そのような場合は、そこで一種の世論まで形成される。東芝の件でいえば、「東芝という会社は次から次へと法を犯している本当にダメな会社だ」という話になるのである。そう刷り込まれている人々は少なくないはずだ。

 東芝が悪いことをしたのは事実だ。しかし、どこが悪くてどこは悪くないかという冷静な見極めができなければ、集団ヒステリー的な行動になってしまう。これは恐いことだ。2次情報の発信者に悪意があれば、簡単に情報操作・世論操作ができてしまう。

 プロフェッショナルを自認する者として、1次情報に当たることの重要性をあらためて感じた次第である。
(文=金子智朗/公認会計士、ブライトワイズコンサルティング代表)