米国のドナルド・トランプ政権がダッチロールを続けています。

 大統領選の陣営でも重きをなした「側近中の側近」、ジェフ・セッションズ司法長官が辞意を表明したとの報道がありました。

 選挙期間中に駐米ロシア大使と接触していたことが明らかになり、渦中「ロシアゲート」疑惑の捜査と距離を置いたところ捜査線が拡大、それを「お前が手を引いたから疑惑捜査が拡大した」と筋違いな糾弾を"被疑者"大統領から受け、両者の関係悪化が伝えられていました。

 念のため補足しますが、トランプ大統領のロシアゲート疑惑とは、「昨年の米大統領選挙においてロシア政府が何らかの意味でトランプ陣営に有利な介入を行ったのではないか?」とされる問題で、FBIのジェームズ・コミー長官が(いまだ任期を6年も残したまま)突然解任されるという不自然な事態が発生、疑念をさらに深めていたものです。

 世の中には何かと米国の真似をしたがる国もあるようで、政権首班に不正があり、それを正そうとする者があると突然解任されたり、わけの分からぬスキャンダルが突然新聞に掲載されされたりします。

 いまや何でもあり、「ポスト・トゥルース社会」などという情けない言葉も流布されるようになってしまいました。

 しかし、仮に一国の中で大きな権力を掌握したとしても、国をまたげば、あるいは自然界の現象に、何の影響力を与えられるわけもありません。

 音楽とか芸術とか以前に一個人、あるいは1人の大学教員として思うこととして、若い人が大人の所業を見るとき、トゥルースがトゥルースにならない、まじめに額に汗して正当な努力をした人が報われないような社会にしては、いけないと思うのです。

 もちろん世の中にはいろんなことがある。そんな一筋縄で行くことなど、ほとんどありません。

 でも、私たちが日頃暮らしている大学の中というのは、愚直に問題に取り組んで、きちんとした成果を出せば、それが正当に報われる、世にも珍しいクリーンで等身大の場であったはずでした。

 それが、例のSTAP細胞詐欺あたりで、いつの間にかスポンジ脳状態の空洞化が進んでしまったようです。

 思惑や利害欲得で決して左右されてはならないサイエンスのファクトを、有価証券の価格操作を念頭に、営利の情報として私事にする、まさに「ポスト・トゥルース」を象徴する、いわば癌告知のような事件だったと思います。

 ところが、あれから3年、ロシアゲートがあったかなかったかと無関係に、トランプ政権は地球環境に関する基礎科学の研究そのものを制限し、研究成果の公表にも制約をかけると宣言したかと思えば、返す刃で自分勝手なパリ協定からの離脱を発表しました。

 「2001年、ジョージ・W・ブッシュ政権が京都議定書批准を拒否したのと同じことではないのか」というご意見もいただきました。

 しかし、あのとき、直後に全米120大学の学長がこぞって「We are still in.( 私たちはいまだにパリ協定の枠内に留まっている)」という一大署名キャンペーンや、主要州知事が参加して、合衆国を割るような騒ぎになっていたでしょうか?

 寡聞にして、そんな話は耳にしません。

 確かに、米共和党の支持基盤であるオイル富裕層など、化石燃料でビジネスしたい層は一貫して営利追求を主張し続けています。

 そもそもがブッシュ大統領がテキサス石油閥族の出身、また副大統領を務めたディック・チェイニー氏は世界最大の石油採掘機メーカーでもるオイル・コングロマリット、ハリバートンのCEO(最高経営責任者)を副大統領就任直前まで務め、同社最大の個人株主でした。要するに全身油漬け、ズブズブだった。

 民主党ビル・クリントン政権下でアル・ゴア副大統領が旗を振った、地球に優しい諸政策は、軒並み潰されていきました。

 しかし2001年と2017年とでは、何かが決定的に違っている。ただ単に2期8年は2人分で16年が経過したというだけではない。

 それは何かと訊ねられたら・・・。

 複雑に要素が絡まり合う地球環境問題ですが、私は「中国」と答えざるを得ません。なぜと言って、ここには「ポスト・トゥルースだ」などという世迷いごとでは隠し切れない、明らかなファクトが露骨に存在しているからです。

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米国の「京都離脱」がもたらしたもの

 まず最初に、データをお目にかけましょう。経済産業省のホームページから引用してみます。出典は経産省のこのページ、官庁の公開情報ですので出典をつけて引用しておきます。

 米国が京都議定書の枠組みから離脱した2001年から、直線的に延びているように見える青い線が1本見えます。あまりに露骨な振る舞い、改めてびっくりしてしまいます。

 現状ではダントツ1位になっている、この青いラインこそ、中華人民共和国のCO2排出量の推移にほかなりません。

 2位の米国が横ばい、ないしオバマ民主党政権になってやや減少しているのに対して、文字通り直線状に二酸化炭素を出し続けている国家、それが中華人民共和国にほかなりません。

 何も21世紀に入ってからの中国のCO2排出量の急増について「米国の京都議定書離脱が原因」などと言いたいわけではありません。

 むしろ逆でしょう。

 この時期から急速に転換したいくつかのグローバル・ビジネスの動きがあり、それが一方では米国政府をして京都議定書から離脱せしめ、他方で中国はなりふり構わぬ乱開発・急成長を遂げた。

 こうした中国の変化で利益を手にしたのは、必ずしも中国だけとは限りません。

 それが何であれ、上のデータでは米ソ冷戦の構造が崩壊した1990年代以降、かつては欧州やソ連=ロシアよりはるかに少ないCO2排出量に留まっていた中国が直線的に環境負荷を倍増させ始めた、それがいきなりトップギアにシフトした2001年であったことが明らかです。

 同じ年の9月11日にニューヨークのワールドトレードセンター(WTC)ビルなどへの同時多発テロが起き、第2次湾岸戦争の泥仕合の幕が切って落とされた。これらは全くもって偶然の一致ではないでしょう。

 何はともあれ、米国の京都議定書離脱は、単に米国一国に留まらず、とりわけ中国において、またグローバル社会・経済全体に対して、深刻な影響を与える変化を告げる、鬨の声のような意味合いを担ってしまっている。これは間違いありません。

環境負荷の人口換算

 ここではとりわけ2001年を境として、米国そのもののCO2排出量が必ずしも急増していないことに注意したいと思います。米本土で大きな変化が出るわけではない。逓増に留まっている。

 しかし、新興国経済の成長と相まって、グローバルには大きな影響が出ている。

 ここでのグローバルはグローブ、つまり球体=この地球という惑星全体への影響として、問題を考える必要があると思います。

 そこで、前回もご紹介したCO2の国ごとの排出量と各々の国の人口を対照してみましょう。

米国:16.4トン/人・年  人口約3.2億
韓国:11.5トン/人・年  人口約0.5億
ロシア:11.0トン/人・年 人口約1.4億
日本:9.5トン/人・年  人口約1.3億
ドイツ:8.7トン/人・年 人口約0.8億
中国:6.9トン/人・年  人口約14億
インド:1.6トン/人・年 人口約13億

 以下、やや特殊な概算をしてみたいと思います。

 物理の世界では「フェルミ算」などと呼ばれることのある、荒っぽいですが物事の本質を際立たせるような暗算を、夭折した「原子力の父」イタリアの物理学者エンリコ・フェルミにちなんで、こんなふうに呼んでいます。

 私たち人類は、呼吸もすれば摂食行動も取り、排泄もし、生まれて育って、産んで育てて、やがて老いて死んでいきます。この全体を物質のやり取りとして考えてみましょう。

 例えば、水を飲んで排尿する。環境との水のやり取りですね。あるいはものを食べて排泄する。環境との物質のやり取りに違いありません。

 こうしたやり取りのすべてをひっくるめて、1人の人間が1年にどれくらい行うかを考えると、結構な量になるはずです。

 これが日本人全部、あるいはすべてのインド人、全地球規模の人類の全体となれば、環境に与えるインパクトは、いかな大自然といえども、決して無視できる量にはならないと思います。その全体を、仮にXとしましょう。

 このXのほかに、私たちは呼吸していますから、空気中の酸素を取り込み、二酸化炭素を排出しています。

 人間が1年あたり、正味どれくらいの二酸化炭素を出しているか、きちんと確定する方法はありませんが、ここはフェルミ算ということで大目に見ていただいて、仮に1トンということにしましょう。

 これは次のような計算によります。

 1,000,000グラム(1トン)の二酸化炭素排出は1時間あたりだと114グラム、1分あたり約2グラムになります。CO2の分子量を44、(以下やや細かくなりますが)1モルの体積が22.4リットル程度だとすると1分あたり1リットル程度、1回の呼吸に際しての吸気・呼気の体積が500cc程度とし、空気中に酸素は20%程度含まれ、健康な人が酸素を吸ったとき、呼吸における二酸化炭素交換率は実測で95%程度だそうですから100%とすると、1分間の呼吸が10回程度で年1トンに達してしまう荒い計算になります。

 現実には安静時でも1分間の呼吸数は12〜18回程度、これが走ったりスポーツに興じたりすればさらに増えますから、上記の概算は最低量の見積もりの参考になる程度かと思いますが、そもそも荒い話ですから、先に進めましょう。

 米国の人口は約3.2億です。仮に水や食物その他あらゆる環境との物質交換は3.2億人分「程度」だとしても、呼吸に相当する「二酸化炭素排出量」だけは国民1人あたり16.4トンあるという。

 これを仮に1人当たり16.4人分と考えるなら、国全体では呼吸で排出するCO2だけは52.48億人分もある、というアンバランスになっている。呼吸の吸の方で消費する酸素は人数分ですから、少なくともそこで大きなアンバランスが生じているのは間違いないでしょう。

 環境科学は全くの素人ですが、環境全体への擾乱には、こうしたアンバランスに起因するものもあると、かつて参加してチェアを務めたことがある生物多様性(Biodiversity)の国際学会で小耳に挟んだことがありますので、以下続けてみます。

 韓国は0.5億の人口で11.6トンですから呼気だけ5.8億人分。日本は12.35億人分、ロシアは15.4億人分、ドイツはぐんと減って6.96億人分と、EU全体を牽引する産業経済大国でありながら、この指標では韓国と変わりません。

 で、以下が問題となります。

 まずインドですが20.8億人分。韓国とドイツを合わせてもせいぜいインドの半分強ですから、莫大な量であるのは間違いありませんが、人口も13億ありますから、実は比較的自然なガス交換収支になっています。

 これに対して、同じ程度の人口を擁しつつ、中国のCO2排出量は人間の呼気に換算して96.6億人分、つまり中華人民共和国1国で100億人分の呼気と吸気の組成アンバランスを生み出しています。

 似たような巨大人口を持つインドが20億に対して、中国は100億、つまり5倍程度は罪深い乱開発を、21世紀に入ってからのたった十数年のうちに急ピッチで進めていることが分かります。

 思えば、インドはもともと何千という藩王国の集まりで、発展途上―新興国という横顔もありますが、自然と調和する長い伝統の英知を擁し続けています。

 これに対して、社会主義国家のモダンタイムズで、党が短絡して指導すると伝統や自然の歯止めが利かない中国では、こんなトンでもないことが短期間に達成させられてしまう・・・。

 改めて 各国の分野や国民性と、自然環境に与える負荷インパクトの大きさを目の当たりにするように思います。

 ここまで定量性の低い雑な計算とともに考えましたが、こうした「歯止め」を外す契機が、2001年ブッシュ政権の京都議定書離脱と前後して発生していたわけです。

 そして16年が経過して、いまや引き返すことが困難なほどの状況に達している2017年、そうした「空気を読む」ことができないドナルド、もとい「空気中のCO2を読む能力を自ら否定する」米国の末期的な政権の身勝手な振る舞いに、全世界の批判が集中しているように思われます。

 この「全世界」がほかならず。米国内の良識層を含んでいることも、実に末期的です。そこで、そうしたグローバル・ガバナンスの問題を、稿を分けて考えてみたいと思います。

(つづく)

筆者:伊東 乾