外資系投資銀行でバックオフィスを担う、有希、30歳。

彼女は「業界内での出世」を狙うべく、様々な港区おじさんと関係を深めていく。

業界内にとどまらず、事業会社の地位ある人物にまで触手を伸ばしていき、港区の酸いも甘いも知り尽くした彼女に与えられた呼び名は、“港区おじさんコレクター”。

業界のスーパースターである勇人のお気に入りポジションを手に入れ、あと一歩を踏み出さずに賢との甘い時間を楽しむ有希。

30歳という女性の分岐点で、有希が出した結論とは?それを後押しした、影武者港区おじさんが登場する。


美人のタイムリミット?人形の悲しい性。


AM 10:00

有希のメールボックスにセールス部門のエリカからメッセージが届く。

―Do you have time to discuss?(打ち合わせする時間ある?) Erika

メールの内容がチェックされる金融機関では、本人同士しか分からないメッセージが飛び交う。一見ミーティングの依頼に見えるこのメッセージは、エリカが二日酔いの時のSOSサイン。有希は、ため息と共に返信画面を立ち上げる。

―Sure, see you at the meeting room!(いいよ。会議室で!) Yuki

つい何時間か前に麻衣の彼氏とのデートの話を聞かされていた分、少々気が重かったが、1階下の会議室を目指した。



「お酒控えたら?今月に入って3回目だよ。」

有希が冷えたミネラル・ウォーターを差し出すと、机に突っ伏していたエリカが顔を上げる。

「ごめん〜。最近飲んだ次の日は、昼頃まで気持ち悪くって。でも後輩の晴香には、絶対に負けられないから!」

同期入社で1位、2位の美しさを争うエリカは、その日本人離れした顔立ちと茶色がかった大きな瞳で、顧客の心を鷲づかみにしてきた。

化粧品やバッグのように商品の特徴がない金融業界では、“人”が大きな差別化要因となる。つまり、「若くて美人な担当者とまた会いたい」が商売のきっかけになるのだ。

そんなエリカも昨年30歳を迎え、以前のような勢いを失いかけていた。みんな仲良く「おばさん」になれれば諦めがつくものの、顧客と接する彼女達は女性として現役であることを求められ続ける。

深夜までの接待がたたり、エリカの手足や顎周りに脂肪がつきはじめた頃、「昔は美人だったのに」という言葉が社内を駆け巡り始めた。男性恒例の悪口とはいえ、有希は飽きられた人形が捨てられていくような、そんな気分に陥った。


足場を固める土台作り。アンチエイジングより打つべき一手。


有希は、争うことが嫌いだ。

自分がエリカのようにオフィスを歩けば全員が振り向くような美女でも、麻衣のように誰からも愛されるゆるふわ女子ではないことをよく心得ていたからこそ、入社時はM&Aチームへの配属を希望した。

きついと有名なチームを選んだのには、女性のいない過酷な職場であれば、他の女性と争うことを避けられると思ったからだ。

案の定、有希のチームに女性はおらず、思いがけず「綺麗な女性が男性の職場で働いている」とオフィス内で有名になることが出来た。

新聞に載るような大型ディールさえも手がけていた有希が、30歳になるのを機にバックオフィスへ転身したのには、誰もが驚いた。

その異動の手助けをしたのが、慎吾だった。

【港区おじさんコレクション】
名前:水野慎吾
年齢:45歳
職業:外資系投資銀行




フロントからバックオフィスへの華麗なる転身。




慎吾は、今の有希の上司だ。

「有希と今度飲みに行きたいんだって。伝えて欲しいって言われたの。あのパンツスーツのかっこ良い女性は誰ですか?って。」

幾度となく慎吾の話は麻衣から聞かされていた。ひょろりと背が高く、今時というよりは昭和のイケメンといった表現がしっくりくる慎吾は、有希のタイプではなかった。

「そうなんだ。でも今ちょうどデューデリで忙しいから。」

お誘いにのることもなく、のらりくらりと返事をかわしていたが、慎吾が次期役員候補だとの情報を耳にし、有希の気持ちは変わった。

大手事業会社がノウハウを付け、アドバイザーの中抜きが進む中、有希のチームは収益を上げることに苦戦していた。もちろん前年度の収益は投資銀行部門の中では最下位で、ボーナスが弾まなかったのは言うまでもない。

ただ、異動を申し出るには今のチームに角が立つ。どうしたら良いか思案していたところ、慎吾の顔が浮かんだ。「ご相談があります」とメールを送ると、すぐさま食事がセットされた。

異動の相談に慎吾は喜び、引き抜きという形で有希をバックオフィスに招きいれた。こうして「元フロント」という稀なステータスを持ち、慎吾という後ろ盾まで手に入れた有希は、再び争わない立ち位置で働けることとなった。



―案件もひと段落したので、ゆっくり飲みに行きましょう。 慎吾

2、3ヶ月に1度チーム全体に慎吾から飲み会のお誘いが送られてくる。「いいですね!」「場所はどこにしましょう?」チームメンバーからの返信が飛び交う中、「スタートは20時でいいですか?」と有希から時間の提案が出る。

これは、慎吾と有希の秘密のメッセージ。コンプライアンス部門の指導が厳しい中、堂々と異性の部下を食事に誘える上司は少なくなった。チームへの飲み会のメッセージは、慎吾から有希にあてた食事の誘い。

有希が何もレスポンスしなければ今日の食事はなし。有希が返信した時は、指定した時間にお決まりのレストランで2人は落ち合う。個人携帯でやりとりすれば良いのだが、これが慎吾との決め事だった。


ギブ・アンド・テイク。そのバランスが崩れたら、さようなら。


有希たちが勤務する六本木から離れ、竹下通りを越えた閑静な住宅街の中にレストラン『Keisuke Matsushima』は佇む。

コルク・アートが目を惹くエントランスを通り抜け、お決まりの奥の席に有希と慎吾は腰掛けた。すっかり日が長くなり、テラスの上で緑の葉が揺れているのが確認出来る。

有希は、都会のオアシスのようなこの場所が好きだ。ただ、向かいに座る慎吾からは、出来る限り職場から離れたいという意図が見え隠れする。




男たちの争い。敗者は地位もお気に入りの女性も失う。


シャンパンで乾杯すると、慎吾が早速本題に入る。

「で、最近入ってきた若手の反応はどう?」

有希と慎吾のディナーは、密会というよりは、ビジネス・ディナーに近い。慎吾という後ろ盾をキープするために、有希は慎吾に有利な社内の動向を報告しているのだ。

フロントと違い、成果が見えにくいバックオフィスにとって、一番気になるのが部下たちの評価だ。日系企業にも最近取り入れられてきた360度評価は、外資系では昇格の大きな判断軸となる。少しでも悪い点数が入れば、見事に役員候補から外れる。

そんな慎吾にとって、LBOチームの小澤晃が経済誌に大きく取り上げられたのは、全くの想定外だったようだ。「あいつより努力している」と、今日はいつもに増して自分の話ばかりしている。

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。まだ私たちが評価をつけるのは随分先ですし。小澤さんは、年齢もお若いですから。」

有希がなだめるのも効果なく、ぐいぐいグラスを空ける慎吾に有希は返す言葉もなかった。

「君、ちょっと、ワインリスト持って来て。早くね。」

まだ前菜のお皿が下がったばかりなのに、既に酔いの回り始めた慎吾がウェイターに対して声を荒げる。



有希は、表参道のバー『コスチューム・ナショナル・ウォール』で一人うな垂れていた。

ひどく酔ってしまった慎吾をタクシーに乗せると、気持ちの良い夜風に当たりながら、ここまで歩いてきた。

バックオフィスに異動したことで、給料は少し下がったものの、こうしてディナーをする時間、ゆっくり湯船に浸かって過ごす時間、髪の毛を巻いてから出社する時間を手に入れた。

その点では慎吾に感謝している。でも、最近の慎吾は面倒で、有希は、社内での秘密のメッセージ交換にも疲れてきていた。

どうしたものかと考えていると、携帯にメッセージが浮かぶ。

―明日の場所、送ります。 晃

LBOチームの小澤晃とは、先週の採用セミナーで一緒になった。

―そっか、明日は晃と会うんだった。

慎吾との終焉を予感しつつ、カクテルを喉の奥まで流し込んだ。


有希の脳内評価:☆☆☆☆☆(監理銘柄)


・縁の下の力持ちになるどころか、最近では自分の主張が激しい。役員選抜戦に漏れるおそれがあると認め、監理銘柄に指定。
・素敵なレストランではあるものの、最近会う頻度が上がっている分、違う選択肢も視野に入れる配慮が欲しい。
・食事中に店員に対しての上から目線は、評価下落の要因。帰り際に漏らした社内情報は有用であることから、晃とのディナーの会話の糸口としたい。
・現状は賭けに出ず、慎吾にも晃にも静観のスタンスを貫きたい。

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逆・光源氏プロジェクト。気に入った港区おじさんに育てる方法。その秘密。

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Vol.1:港区おじさんを「コレクション」しポートフォリオを組む女、現る
Vol.2:バッグは新作なのに、男は中古品?港区女子と港区おじさんの関係。その矛盾