97年、ジェフ入団2年目のボス。34歳の名ボランチは、Jリーグの舞台でいぶし銀の輝きを放っていた。(C)SOCCER DIGEST

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 華やかさや派手さはないが、堅実で献身的にチームメイトを助ける。ジェフ市原に在籍していた当時のピーター・ボス(オランダ語での読み仮名はペテル・ボシュ)のプレーぶりは、まさにそういう表現がピッタリだった。
 
 1996年のジェフ加入後のボスは、時折センターバックで起用されたが、基本的にはアンカー、あるいはダブルボランチの一角を担った。シーズンの終盤近くの10月の入団ながら、すぐさまチームにフィット。第27節の浦和レッズ戦のあとには、センターバックの眞中幹夫がこんなふうに試合を振り返りながら、ボスのプレーを高く評価した。
 
「前のラインでボスがワンクッションになってディフェンスの網を作って守ってくれるので、後ろも守りやすくなった。ボスは中盤の守備のキーマンになっている。そのおかげで守備の意識がワンランク上になった。ボールを奪ってからどう攻めるかを考えられるから、苦しい状況でも形が作れた」
 
 同じ試合で左サイドバックを務めた江尻篤彦も、「危ないところをうまく消してくれるというボスの良さが分かった。彼の長所を活かして頑張っていきたい」と話した。
 
 高い危機察知能力を駆使し、的確に相手の攻撃の芽を摘んでは、鋭い読みで中盤の守備を司る。そうしたボスのプレーに感化された選手がいる。99年に高校3年生で2種登録され、そのシーズンのジェフの公式戦全試合に出場した阿部勇樹だ。当時、一緒にプレーしながらボスから多くを学んでいる。チームをピンチから救う守備力を培い、そこを拠り所としながら正確なパスで攻撃の起点となり、時にはボールを持って駆け上がった。
 
 人柄もプレースタイルをそのままに、常に紳士的。はしゃいで大騒ぎしたり、チームメイトを厳しく怒鳴りつけたりする姿は見た覚えがない。Jリーグの登録名は「ピーター・ボス」だが、発音は「ペーター」のほうがより近いようで、チームメイトもスタッフも気さくに「ペーター」と呼んでいた。
 
 確か99年だったと思う。ある日、ボスが髪型を変えた。どうやら思い描いてたものとは違っていたようで、練習の際にチームメイトにからかわれた。だがそうした時にも、怒ったり、きつく言い返したりなどせず、照れくさそうな笑みを浮かべて言い訳めいた話をしていた記憶がある。負け試合のあとでも決して感情を露にせず、落ち着いて冷静に、そして丁寧に取材対応してくれて、記者にとっても優しい選手だった。
 97年シーズンの開幕直後、ボスを取材すると、こんなふうに話していた。
 
「昨年はシーズンの途中から新しい国でのプレーになって、新しいシステムやポジションに慣れるのが先決だったから、最初は難しかった。自分のプレーはゴールを挙げたり、スペクタクルなプレーで魅せるものでもない。周りの選手を助けて、バランスを見ながら上手くポジションを取るのが、ボランチである僕の役割だ。自分の豊富な経験をチームに還元できたらいいね」
 
 だが、ボスは97年シーズンいっぱいでジェフを去る。そして、チームが重大な危機に陥った99年、彼は第2ステージからふたたびジェフに帰還するのだ。J1の残留争いで苦しむチームを大いに助けた。
 
 第2ステージの最終節でガンバ大阪と対戦し、1-0で辛くも勝利。ぎりぎりでJ1残留を果たした。それが36歳のボスにとって、現役最後の試合。彼は試合後にこう話してくれた。
 
「本当に嬉しい。自分にとっての最終戦が劇的な終わり方で、長い人生の中で記憶に残るゲームができた。来年もジェフはJ1で戦うんだ。これに勝る喜びはない。J2に落としてオランダに帰るなんて、とても恥ずかしいことだったからね。この4、5試合は本当にきついプレッシャーの中で戦った。ヨーロッパのクラブは毎週のように、こういう試合をやっている。ジェフの若い選手たちにとってはいい教訓になったと思うし、きっと財産になっていくと思うよ」
 
 試合後、ボスが現役の引退を知っていたチームメイトは彼を胴上げした。
 
「引退するのは初めてなんだけど、面白い経験をさせてもらったね(笑)。自分の良き友、親しいひとたちが、心を込めて自分を胴上げしてくれたんだ。ジェフとは、自分が最初にJリーグでプレーした時からいい関係が築けている。いい関係が続いていたからこそ、僕はジェフに戻ってくる気になったんだ」
 
 胴上げをされた時の気持ちを訊かれ、ボスはそう答えた。絆を大切にするひとなのだ。
 
 現役を引退してすぐに指導者の道に進み、監督としてのキャリアをスタートしたボスは、いまやヨーロッパの強豪クラブを指揮する名うての監督となった。ボスの声価が高まれば高まるほど、その夢はどんどん叶わないものになっていきそうだが、筆者と同様にサポーターもこう願っているはずだ。
 
 いつの日か、なかなか強豪クラブになれないでいるジェフを率いてほしいと。
 
文:赤沼圭子(フリーライター)