U-20ワールドカップでは南アフリカ戦で決勝点をアシスト。久保は2世代飛び級の大会でも存在感を示している。写真:滝川敏之(サッカーダイジェスト写真部)

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 韓国から帰国したばかりの久保建英は、早くもスタメンでJ3のピッチに立っていた。U-20ワールドカップでベスト8を賭け、ヴェネズエラと120分間に及ぶ激闘を終えてから、わずか4日後のことだった。
 
 Jリーグにデビューしたのが、昨年11月5日の長野パルセイロ戦。当時は大人の中に子どもが飛び込んだ印象だったが、それから約半年を経て明らかに立ち位置は変わった。長野戦は、スタンドの注目を独占したこともあり、どことなくゲスト出演の趣があった。対峙する大人の方も、データの乏しい子どもを容赦なく潰しに行くわけにもいかず、見定めている隙に翻弄されてしまうシーンもあった。
 
 だが現在は、完全にFC東京U-23の主力選手としてプレーを続けている。だからこそ中村忠監督も「心身の疲労を考慮し」ながらも、スタメン起用に踏み切った。そして当然ながら相手の対応も、遠慮どころか「要警戒」に変わっている。
 
 この日の対戦相手は、ライバル関係にあるG大阪U-23。中盤に下がってボールを引き出し、前を向けば仕掛けに出る久保には絶対にやらせないという意識が徹底され、前半だけで久保への反則で2枚の警告を受けた。しかし厳しい洗礼が待ち受けるのを承知で、久保も逃げない。危険なシーンは察知してシンプルにさばき、仕掛けどころでは躊躇なく運ぶ。
 
 久保はU-17、U-20とふたつの代表をかけ持ったので、所属チームから離れる時間が長かったわけだが、一方でFC東京側でもU-23だけではなく、U-18でもプレーをしている。目が回るような多忙の中で、それぞれのチームでぶれない判断、プレーを続けているだけでも、未曾有の成長を示している。
 
 だがさすがに今回の編集部からの依頼には驚いた。テーマが「久保建英はロシアに間に合うのか」だったからだ。念のために見直しても、裕也ではなかった……。
 
 確かに夢のある話ではある。ワールドカップの最年少出場記録は、1982年スペイン大会で北アイルランドのノーマン・ホワイトサイドが記録した17歳41日なので、もし久保がロシア大会に出場した場合は、決勝戦デビューでもタイ記録になる。実際この年代のアスリートの成長速度は、凡人の想像をはるかに超越することがある。
 
 先の世界卓球選手権では、13歳の張本智和がリオ五輪銅メダリストの水谷隼を下しベスト8に進出したし、1988年バルセロナ五輪では、当時無名だった14歳の岩崎恭子が金メダルを獲得し「今まで生きて来た中で一番幸せ」と名言を残した。
 
 しかし接触を伴う団体競技で評価を確立する難易度は、個人競技の比ではない。もし久保がロシア大会出場を果たすなら、逆算して遅くとも今年のシーズン後半にはJ1でのレギュラー争いが条件になる。まして日本代表のアタッカーは欧州組が大半を占めるので、来年の開幕早々から得点王を争うようなアピールが必要になる。
 
 もちろん久保の攻撃面でのポテンシャルを考えれば、まったく不可能とは言い切れない部分もある。例えば日本が主導権を握れるアジア予選なら、現主力組と連動しながらアクセントをつける光景も想像できるし、1年間でFKをはじめとする技術の精度にも磨きがかかるはずだ。チャンスがあるとすれば、追う展開でのジョーカーとしての選択だろう。
 
 だが反面、現フル代表の明確なトップ下を置かない4-3-3にはめ込むのは簡単ではない。ハリルホジッチ監督は、アンカー前のインサイドハーフに今野泰幸を起用しており、守備面でのデュエルを含むハードワークを重視していることが分かる。抜擢するならシリア戦の乾貴士のような役割になるだろうが、このポジションの候補者は多士済々だ。
 
 ただし久保自身もU-20ワールドカップの経験を「貴重だった」と振り返るように、大舞台での刺激は何より有効な成長促進剤になる。他競技を見ても、リオ五輪で現地に赴きながら補欠だった卓球の平野美宇が大会後に中国勢を連破してアジア王者になり、水泳では同じくリオ五輪200メートル平泳ぎ準決勝をトップ通過しながらメダルを逃した渡辺一平が、今年は世界新をマークした。斯界でも2010年南アフリカ・ワールドカップでサポーティングメンバーに回り、忸怩たる思いをした香川真司が、直後にドイツでブレイクしている。
 
 久保が「日本の宝」なら、代表に選ばれなくても現地に帯同し、空気に触れさせる。そのあたりが現実的な落としどころだと思う。
 
文:加部 究(スポーツライター)