ミシュランガイドの発行は1900年に始まった。(時事通信フォト=写真)

写真拡大

最近、日本の企業から、新たな市場を切り拓くような商品やサービスがなかなか生まれてこない、という指摘があります。その理由について私は、多くの日本企業が、技術開発ばかりに注力して、新たな市場づくりに不可欠な「文化開発」を疎かにしているからではないかと考えています。

文化開発とは、技術や商品を用いて世の中をどうよくするかを、新しい生活習慣からデザインすることです。本来、技術開発と文化開発は統合して考えるべきものです。しかし、日本企業では、まず独自技術ありきで商品開発を考えがちです。技術を高めることには熱心でも、それが世の中でどのように役立つのかまではあまり考えない。あるいは、今ある商品の延長でしか考えようとしない。その結果、非常に苦しい競争に自分たちを追い込んでいるのではないでしょうか。

■「自動車旅行」を広めるため

技術開発だけでなく、文化開発にも取り組むことで成功した有名なケースが、タイヤメーカーのミシュランです。同社がレストランやホテルのガイドブックを出しているのは、もともと自動車旅行の文化習慣を広めるためでした。最初の発行は1900年。当時の自動車産業は、まだ量産化が始まる前で、自動車メーカーは小さな工房レベルの規模でした。そんな中で、いち早くタイヤの量産を始めたミシュランは、フランス各地のおいしいレストランを紹介することで、まだ自動車の使い道を知らない人々に、自動車で旅行に出かけることの楽しさを伝え、自動車の販売、ひいてはタイヤの販売を増やそうとしたのです。

当たり前のことですが、どんな商品も、初めて登場したときは、消費者にはそれを使う目的もよさもわかりません。そのため、企業には、ただ商品を提供するだけでなく、その商品を使うことで暮らしがどうよくなるのかを構想し、消費者を啓発する必要があるのです。

日本にも、優れた文化を開発した事例があります。阪急電鉄の創業者、小林一三は、潰れかけていたローカル線の会社を立て直すため、路線の周囲に通勤生活者用の住宅地を開発。駅前に広場とスーパーマーケットを、ターミナル駅にはデパートを、さらに郊外のターミナルには劇場(現在の宝塚歌劇団)などの娯楽施設をつくり、今では当たり前になっている日本の大都市生活者の暮らし全体をデザインしました。

また、明治期に国産初のオルガンやピアノを製造したヤマハは、楽器を製造するだけでなく、教本をつくり、講師を養成し、音楽教室を全国に展開することによって、楽器を演奏して楽しむ文化を国内に普及させました。

■なぜ「技術神話」が形成されたのか

では、なぜ現在の日本企業では文化開発が行われなくなってしまったのでしょうか。戦後、日本における産業の大きな柱は、自動車と家電製品の大衆化でした(生産財も社会インフラも、多くはこのふたつがあってのものでした)。これらの使い方は、すでにアメリカにモデルがありました。同国でつくられたホームドラマなどを通じて、自家用車でのドライブや、冷蔵庫や掃除機などの家電に囲まれた生活など、便利で豊かなライフスタイルが伝わってきたのです。そのため、日本企業が自動車や家電を普及させるために、商品を使ったライフスタイルを日本の消費者にわざわざ一から提案する必要はありませんでした。ただし、日本では道路も居住空間もアメリカほど広くなく、エネルギーコストも高かったため、商品の小型化や省エネルギー化に力を入れればよかったのです。

おそらくアメリカの家電メーカーは、世の中にそれまで存在しなかった電化製品の価値を消費者に知ってもらうために、自社製品をドラマで使ってもらうようにテレビ局に売り込んだはずです。日本企業はそういう、暮らしを自前で構想して社会を啓発する課題に直面せずに済んだために、改良のための技術開発は一生懸命する一方で、文化開発は忘れられてしまったのでしょう。また、小型化・省エネ化はアメリカ以外の海外でも広く受け容れられたため、日本企業はますます技術一辺倒になり、技術さえ優れていればモノは売れるという「技術神話」が形成されたのではないでしょうか。

自動車や家電のように、すでに価値の定義が固まっている商品は、性能やコストの競争になり、製品技術や生産技術における差別化が争点になります。しかし、今までにない、全く新しい商品を提供して新たな市場をつくるには、その商品を使うことによって実現する魅力的な暮らしを構想し、それを社会に定着させ、消費者の動機付けをすることが必要です。そこまでやって、ようやく商品が売れるのです。そのため、新たな市場をつくるには、技術と文化を統括できる存在が必要です。日本のメーカーには、技術面を統括するCTO(最高技術責任者)の立場の役職者はいますが、今後は、ライフスタイルをどうよりよく変えるか、という文化的な視点から統括するCCO(最高文化責任者)を配置すべきだと思います。グーグルにはCCOが存在しています。

■ハーレーが日本で売れている理由

最近の日本における文化開発の成功事例として、アメリカの高級大型オートバイの販売会社であるハーレーダビッドソンジャパン(以下、HDJ)のケースが挙げられます。日本のオートバイ市場は、80年代前半をピークに、ずっと右肩下がりの状態が続いています。その中で、ハーレーの国内販売台数は右肩上がりで増えています。それは、同社が「ハーレーがある魅力的な暮らし」という文化をつくることに成功したからです。

ハーレーの魅力は物理的性能よりも、独特の美しいデザインにあります。その価値をきちんと来店者に伝えるため、街中によくあるバイクショップが店内にぎっしりとバイクを並べているのに対して、ハーレーの販売店では、通路を広く取り、展示車両の間も広く取って、1台ごとの美しさが映えるようにしてあります。また、「ハーレーオーナーズグループ」というユーザーのコミュニティを組織し、ツーリングやイベントなど、仲間と一緒に楽しめるようなサポートも行っています。

実際にバイクに乗るライダーだけでなく、その家族や社会から見ても親しみやすい商品に変える取り組みもしてきました。例えば、購入の決定権を握る奥さんを店舗に連れてきても共感が得られるように、ベビーカーを押しながらでも見ることができるようにし、スタッフも油の染みた作業服ではなく、清潔な服装で紳士的に対応します。また、ハーレーが反社会的なイメージで見られないように、アメリカ本社と交渉し、日本向けのハーレーは日本の厳しい騒音基準に対応した設計にさせ、販売店に対しても、純正のマフラーをつけたバイク以外は整備しないという方針を徹底させました。さらに、ハーレーのような大型バイクが顧客にとってより魅力的になるために障害となっている規制を緩和させるため、大型バイクの免許を教習所で取得できるようにする、高速道路でのバイクの2人乗りができるようにするといったことについて、在日米大使館に対して、アメリカ国務省から日本政府への働きかけを要請しました。その結果、これらの規制は順次緩和されました。

商品の価値は商品単独ではなく、社会的文脈によって決定されます。そのことを踏まえた社会全体のライフスタイルを構想し、展開していったことが、HDJの躍進につながりました。

かつて、千利休が茶室・茶道具というハードと、それらを使いこなすソフトの両方を統合・デザインしたように、企業には「家元」的な存在となり、文化を広めていくことが求められます。

(専修大学経営学部准教授 三宅 秀道 構成=増田忠英 写真=時事通信フォト)