【小川直也が見る日本柔道 後編】

 小川道場のエントランスを入ってすぐの場所に、1本の優勝旗が立てられていた。春先に開催される東京都選手権(全日本選手権の予選も兼ねる歴史ある大会)を制した者に贈られるその優勝旗には、「小川直也」の名と共に、今年の東京都選手権を制した、彼の長男である「小川雄勢」の名も加わった。

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東京都選手権を制した、長男・雄勢を祝福する小川直也 現在、明治大学の3年生である雄勢は、100kg超級のホープとして期待を集める選手であり、バルセロナ五輪で銀メダルに終わった父の悲願を背負う。

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──長男の雄勢選手が同じ道を歩むことは、父親として、柔道家として嬉しいのではないですか?

「そりゃあね。頑張っていると思いますよ」

──身長が190cmで、体格も父親譲りです。同じ左組みで、上から奥襟を掴んで戦う柔道スタイルも似ていますよね。

「俺は左利きの左組みなんだけど、雄勢は本来、右利き。右利きの左組みとは、根本的に柔道は違うんですよ。俺自身が『左組みにしろ』と言ったことはないし、雄勢があえて左を選んだ」

──父親の柔道スタイルに倣いたいという気持ちがあるんでしょう。

「どうなんだろうね。でも、雄勢をかわいそうに思うこともあるんですよ」

──「かわいそう」ですか。

「そう。だって、彼は親を選べない。柔道をやりたいと思って始めたのに、その時から俺の完成形の柔道を期待されてしまう。二世選手がどのスポーツでも大変なのは、親の現役時代と重ねれることですよ。親のような活躍を発展途上の段階から期待され、将来を託されるわけだからね。

 見る人はどうしても物足りなさを感じてしまうから、二世選手の苦労は普通の選手の倍はある。ただ、その苦労を乗り越え、何かしらの目標を成し遂げたら、反響も倍になって返ってくる。それはメリットでもあるし、『どっちが雄勢にとって幸せなのかな』とは考えますよ」

──今年4月の全日本選手権では、3回戦で90kg級の選手と対戦し、ゴールデンスコアにもつれた末、「指導」の差で敗れました。

「試合を捌く審判も、先入観を捨ててほしいという気持ちはあるね」

──主審も、現役時代の父親の柔道とだぶらせてしまうということですか?

「端から強い柔道のイメージを持っちゃっているわけよ。だから物足りないと、『指導』とジャッジされる。やっぱりかわいそうだな」

──雄勢選手の試合には小川さんも駆けつけて、試合場のすぐ近くから見守っている姿が印象的です。現在もアドバイスをすることはありますか。

「この域になってくると、俺にしか分からないことが多すぎるんだよね。雄勢は俺の現役時代のことを聞いてくる。今抱えていている柔道の悩みに対して、俺がどう対応したかを知りたいんだと思う。悩みを打ち明けられる一番の存在って、やっぱり親なんだと思うよ」

──どのような相談を受けるのですか?

「試合の内容に関しても俺の意見を求めてくるし、勝ったあとの気持ちの持ち方、負けた後の立て直し方もアドバイスします」

──雄勢選手が柔道を始めたのは小学4年生でしたね。

「2006年ですから、もう11年になる。自分から『柔道をやりたい』と言い出したんだけど、周辺に道場がなかったから小川道場を立ち上げたんです」

──この道場で成長した雄勢選手の世代には、有望選手が集まっています。

「小川道場を建てた頃は少年柔道が盛んで柔道人口が多かったから、全体的にレベルが上がったように感じますね。俺らが柔道をやっていた頃と違って、子どもたちの気質は違うけど。無理矢理、道場に連れてこられて、親の顔色をうかがうように稽古に参加する子もいる。それじゃあ飲み込みも悪いし、『本当に柔道が好きなのかな?』と思うこともありますよ。だから、うちの道場では親御さんに口出しさせないし、練習も直接は見せません。どうしても見たい親御さんには、(エントランスに設置してある)モニターで稽古を見てもらうようにしています」

──かつてのように、雄勢選手と乱取り(実戦形式の稽古)を行なうことはありますか。

「大学1年生の頃まではやっていたよ。高校生の頃はまだまだ弱いなと思いながらやっていたけど、大学生になって初めて投げられた。『成長したな』と思いましたね。ただ、ここ1年は俺が体調を崩していたこともあってやっていない。もうかなわないところまできているし、ここからもう一皮むけてほしい」


重量級で戦う雄勢選手について語る小川直也氏──ご自身が獲得できなかった金メダルを、雄勢選手に獲ってもらいたいというお気持ちはありますか?

「もちろん、やる以上はそれを目指してほしい。そして、俺の柔道を継ぐ以上は、俺のような柔道家を目指してほしい。でも、俺が一番強かった頃からしたら、雄勢の柔道は20%か30%。寝技もまだまだですね。雄勢の柔道はまだ完成していないし、これからの上積みがある」

──東京都選手権を制した雄勢選手ですが、全日本では3回戦で敗れました。雄勢選手が東京五輪に出場するためには、少なくとも来年には代表選考レースの舞台に上がらないと間に合わないように思います。これからの課題はどこにあると思いますか?

「確実に力はついているから、あとは気持ちだけ。少なくとも20歳当時の俺よりも、技のバリエーションは豊富だし強い。ただ、さっきも言ったけど、まだまだ発展途上。ギリギリの試合を何度も経験することが大事だと思いますよ。タイトルよりも、『この選手に勝った、あの選手にも勝った』というような勝利の積み重ねがね。

 絶対的な得意技がないのは課題かな。今はいろんな技に取り組んでいて、それがバリエーションの豊富さにはつながっているんだけど、どうしても急いでいるように見えるし、『二兎を追う者は一兎をも得ず』となりかねない。技は1年にひとつずつ磨いていけばいいとは思うけど……。それを自分で実感することも大事だから、今はあえて何も言いません」

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