日本代表の新しい「炎ユニフォーム」を手に、今の国立へ行ってみた

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本日7日、日本代表は親善試合でシリアと対戦。ワールドカップ予選のアウェイでのイラク戦を前にした準備試合は味の素スタジアムで行われる。

この試合では、ワールドカップ初出場を決めた20年前に日本代表が使用していたユニフォーム、俗にいう「炎モデル」の復刻バージョンを選手たちが着用することも話題だ。

今回のユニフォームについて、adidasとJFAの公式サイトではこのような文章が添えられている。

あの日の炎は、消えたのか。

20年前日本代表はワールドカップ出場を決めた。お世辞にも上手いチームじゃなかった、練習環境だって整っているとは言えなかった。だが、その情熱と野心と本戦出場を渇望する気持ちは、燃えたぎっていた。本物だった。いまはどうだ。ここ数年メディアは本戦出場を当然のことのように語っている。本当に夢ではなくなったのか。そんなに日本は強いのか。いや、違う。相変わらず世界は高い壁のままだ。勘違いをするな。20年前の我武者羅さはどこへ行った。上手い日本じゃなくていい。強い日本を見せてくれ。クールな日本なんか見たくない。暑苦しいまでに貪欲な日本を出せ。くすぶっている場合じゃない。燃えたぎる日本を、もういちど。

1998年のフランス大会以降、5大会連続でワールドカップ出場を果たしている日本。ただ、アジアでの戦いが簡単ではないことは、今予選で改めて思い知らされている。前を見ることは大事だが、原点、そして現在位置を忘れてはいけない。

ということで、20年前の気持ちに立ち返りつつ、今を知るため、新しい「炎ユニフォーム」を手に当時日本代表の“家”だった国立霞ヶ丘競技場へ久々に行ってみることにした。

千駄ヶ谷駅。この駅にはたびたび訪れているが、国立へ行くために来たのは久々だ。

駅は昨年から東京五輪に向けた改良工事が行われている。

国立への案内板はシール等で隠されているところも多いが、ここはそのままだった。あと280m。

東京体育館の脇を進んでいくと、建物と緑地の間から見えてきたのは…。

無骨ながらも温かみのあるスタンド、ではなく、大きなクレーンだった。少し歩く速度を上げながら外苑橋へ。

きたー、国立!当時の面影はなく、「新国立」を絶賛建設中だ。

本当であれば工事現場の様子をお届けしたいところだが、直で撮るのはどこからか怒られてしまいそう…。よって、東京体育館の方へ登り、持参した「炎」ユニフォームの背景としてさりげなく収めてみた。

「新国立」は2019年11月末の完成予定。東京五輪後の利用については様々な議論がされており、Jリーグクラブの本拠地として使用されるという話も。

日本代表戦で行われるかなど気になる点は多いが、あのときのような日本サッカーの“熱”が、この場所に戻ってくる日を待ちたいというのが個人的な感想だ。

なお、写真を撮っているとき、どこからともなく集団によるチャントや歓声が聴こえてきて、「げ、幻聴?それとも国立への想いにあふれるサッカーファンの残留思念が現象化して…」と心拍数が一気に高まったが、神宮球場で行われている全日本大学野球選手権の応援だった。

せっかくなので、国立周辺の現在(2017年6月)の様子も紹介したい。

外苑橋を渡ったところにある謎の三角コーナーは健在。人通りを避けるためにこのスペースを活用した人は多いのではないだろうか。

赤い外観が印象的な明治神宮外苑アイススケート場。5月からリンクの張替え工事が行われており、7月16日に営業再開予定とのこと。フットサル場は普通に使えるぞ。

大江戸線の国立競技場駅。国立の解体工事が始まった2014年以降、1日の平均乗降客数は1000人ほど減っている。

首都高入口そばの三角地帯から。とにかく空が広い。

外苑西通り。このラーメン屋さんは果たして何人のサッカーファンの胃袋を満たしてきたのだろう。

東京体育館との間にあるテニスの壁打ち練習場もこの辺りの名物の一つ。あの松岡修造が「自らの原点」と語るほどで、壁打ちの“聖地”だ。

最後は入口が新しくなった外苑前駅から帰路へ。この地に再び「サッカーのある日常」が戻ってくる日はいつに…。