韓国の星州に配備されたTHAAD(写真:YONHAP NEWS/アフロ)

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 地上配備型ミサイル迎撃システム(THAAD)の配備をめぐり、韓国政府内に混乱が発生している。

 5月30日、韓国の文在寅大統領はTHAADの発射台4基が韓国に追加搬入されていたことを発表するとともに、国防省からの報告がなかったとして、調査を指示した。THAADはすでに韓国南部の星州に発射台2基が設置されており、アメリカはかねてより韓国への配備を進めている。

 文大統領はTHAAD配備に反対の姿勢だが、北朝鮮による弾道ミサイル発射が相次ぐなか、現実的にTHAAD配備撤回は難しいとの見方が強い。

 そして、これは「戦時作戦統制権」の問題とも表裏一体だ。北朝鮮情勢の緊迫化、さらに革新系の文政権の誕生によって、この戦時作戦統制権のゆくえが再び注目されている。

●THAAD配備の裏に戦時作戦統制権の返還延期

 戦時作戦統制権とは、有事の際に軍部隊の作戦を指揮する権限であり、現在韓国の戦時作戦統制権は米韓統合司令部が持つ。つまり、戦争が起きたときに指揮権を持つのは実質的にアメリカであり、米軍指揮下で動くことになる韓国は単独で自国の軍隊を指揮することはできない。

 これは、1950年からの朝鮮戦争に端を発するものであり、朝鮮戦争は現時点で休戦状態であって終戦したわけではない。しかし、革新系の盧武鉉政権はアメリカに対して戦時作戦統制権の返還を求めた。

 それを受けて、2006年の米韓首脳会談でアメリカは戦時作戦統制権の返還に合意する。07年には返還期限として「12年4月」が設定された。しかし、韓国では08年に保守系の李明博政権が発足。李大統領は、盧政権が求めた戦時作戦統制権の返還に関して延期を求めた。

 有事の際、韓国政府は自国の軍部隊をコントロールする能力に欠ける。そう判断して戦時作戦統制権の返還に待ったをかけたわけで、アメリカはそれを承諾。返還は15年12月まで延期されることとなった。

 このとき、アメリカは交換条件として、韓国へのTHAAD配備を要求した。これは、北朝鮮の弾道ミサイル発射などに備えるものであり、監視レーダーにより北朝鮮内の軍事施設などを分析することができるとされている。しかし、「レーダーによって中国内も監視される」として、中国が反発。中国の顔色をうかがう韓国は、THAAD配備について曖昧な姿勢を取り続けていた。

 そして、13年2月に誕生した朴槿恵政権は戦時作戦統制権返還のさらなる延期を請願した。それに対して、アメリカはTHAAD配備を再び強く求めた。これは事実上の“踏み絵”であり、「アメリカにつくのか? 中国につくのか?」という二択を迫ったといえる。

 その結果、戦時作戦統制権の返還は「20年代中盤」に再延期され、米韓両国は16年7月にTHAAD配備に合意した。しかし、朴大統領は「崔順実ゲート事件」によって今年3月に罷免され、再び革新系の文政権が誕生した。文大統領は、盧政権の流れをくむかたちで戦時作戦統制権を早期に取り戻すことをうたっているため、そのゆくえが注目されているわけだ。

●在韓米軍撤退、北朝鮮の脅威が増す可能性も

 言うまでもなく、戦時作戦統制権の問題は在韓米軍の存在と表裏一体だ。簡単に言えば、戦時作戦統制権の返還は在韓米軍の撤退を意味する。李政権も朴政権も、政府の軍コントロール能力不足を自覚していたからこそ、戦時作戦統制権の返還延期を求めていた。また、戦時作戦統制権が返還されれば、朝鮮半島における有事の抑止力も激減することは明白だ。

 しかし、文大統領は公約通り早期返還を求める構えだ。約2万8500人とされる在韓米軍が撤退すれば、韓国は北朝鮮や中国の脅威に直接的にさらされることになる。朝鮮半島情勢がさらに緊迫化することは避けられないだろう。

 文大統領は「条件が整えば平壌にも行く」と公言しており、6月末には初の米韓首脳会談も予定されている。THAADおよび戦時作戦統制権の問題が、朝鮮半島の命運を握っているのかもしれない。
(文=渡邉哲也/経済評論家)