―マウンティングとは霊長類に見られる、社会的序列の確認と自己顕示のための行為。

東京の女たちは今日も霊長類のごとく、笑顔の裏でマウンティングを繰り広げている。

だが、一部の女は気づき始めた。 マウンティングは、虚像でしかないことを。

果たして、その世界から抜け出した先には、どんな世界が広がっているのか。

マウンティング世界の向こう側を、覗いてみたくはないだろうか。

東京でそれぞれの価値観で生きる、大手出版社に勤める麻耶(26歳)、港区女子・カリナ(27歳)、マウンティングとは無縁な女・玲奈(26歳)の3人。

麻耶は、玲奈の影響で徐々にマウンティングの世界から離脱していき、彼氏から振られたというカリナとも普通の会話が成立するようになっていた。




久しぶりに会う友人たちとの「近況報告」


麻耶は、久しぶりに渋谷まで足を伸ばした。

カリナ達と出会ってからは西麻布や麻布十番などで遊ぶことが多くなったが、自宅のある荻窪から渋谷までは電車で30分程ということもあり、学生の頃はよく遊びに行った。

この街に来たのは、いつ以来だろうか。

華やかな友人達と港区での遊びを覚えてしまってからは、自然とこの街から足は遠のいていた。

「人、多いなー。」

何とは無しに、居心地の悪さを覚える。学生時代からの友人との近況報告の場を、この街にしようと言い出したのは、いったい誰だっただろうか。

「きっと裕子かな。いや、杉ちゃんかも。」

周囲の喧騒に影響され、つい独り言を漏らしながら、麻耶は手元のグーグルマップを頼りに、ようやく目的の店まで辿りついた。


久しぶりの友人に会うときの心得とは?


自分の「自慢したい気持ち」は抑え気味に


駅から7〜8分ほど表参道方面に向かって歩き、たどり着いたのは『雷庵-Ryan-』だ。

6月の蒸し暑さを感じながら、肌に張り付いたシャツの形を直し、店内に入る。




先ほどの騒がしさとは打って変わって、落ち着いたスタイリッシュな店内に足を踏み入れると、麻耶以外の2人は既に仲良くテーブル席に着席していた。

「麻耶、こっちこっち!」

その時麻耶は、瞬時に2人のファッションや持ち物を確認してしまった自分に気がついた。

裕子の座った椅子にさりげなく置かれた、FENDIのフラワーモチーフのストラップ ユー。バッグはどこのだろうか。

杉ちゃんのバッグは見えないが、明らかに学生時代とはランクが違うものを身につけている気がする。

自分の持って来た伯母譲りのLOEWEのAMAZONA28のブラックに視線を落とし、バッグで旧友を値踏みしようとしていた事実にハッと気がつく。

この手の感覚は、玲奈と出会ってマウンテイングをしあう関係性の無益さに気がついてからも何度もあった。

初対面の人に会うときや、こうして古い友人に会うときなどに、ついつい出てきてしまう。

しかし今は、以前よりもその感覚を自分で意識的に客観視することで、コントロールするようにしている。

やっとカリナとも普通の会話を楽しめるようになった今、大学の時の友人とまでマウンティングにまみれた会話をしたくないという思いが強いからだ。

「どうしたの麻耶、ぼーっとして。ほらほら、日本酒オーダーしよう!」

学生時代と変わらぬよく通る大声で、裕子が麻耶の目の前にメニューを置いてくれた。そしてそのまま喋り続ける。

「最近どうなの。確か彼氏、いるんだよね。商社マンの。潤くんだっけ。どうなの、結婚するの?」

「まだ分かんないよ、付き合ってそんなに日も経ってないし…。それに、今色々と悩んでることもあるし。」

イノッチの顔が浮かぶ。

学生時代の友人には、彼氏がいても年上の経営者からも言い寄られていることなどをあけすけに打ち明けたくなるがグッと堪え、2人の近況の聞き役に回ることにした。

古くからの友人とはいえ、しばらく会っていないと、相手は仕事や恋愛のステイタスが変わっていることも多い。SNS上では可視化できない「近況」もあるので、注意が必要だ。

麻耶はうっかり近況報告時に自分の自慢をして、相手より上に立とうとするようなことだけは避けようと思った。

「えへへ、実は私はね、結婚するんだよっ。」

しかし、杉ちゃんが急に放った一言で、麻耶は一気に自分を客観視出来なくなってしまう。


気をつけていたはずなのに…。


若い時から身につけたい、客観視のパワー


学生時代からの友人は何人もいるけれど、忙しい社会人になってまでこうして会おうと思えるのは裕子と杉ちゃんくらいだ。

3人とも大手と呼ばれる会社に希少な確率で入社を決め、育ってきた境遇も近しいものがある。

何より、裕子も杉ちゃんもタイプは違えど集団の中でひときわ目をひく容姿で、麻耶は無意識に2人に好感を持ったのである。

その中でも、清楚で地味とも形容できる顔立ちなのに、育ちと品の良さを表すような白い肌と信じられないほど華奢な体つきで学内の男性の視線をほしいままにしていた杉ちゃんが1番に結婚を決めたのも、なんら不思議ではない。

だが、裕子がうるさいぐらいにはしゃいでいる横で、麻耶はしっかりとショックを受けていた。




「すごいね杉ちゃん、おめでとう!でも若いのに、よく結婚決意できたね。」

思わず、心の底からの祝福感がない言葉が漏れてしまう。そこにすかさず裕子が言葉を重ねた。

「うん、本当にすごい。よく1人に絞れるね。私はまだ遊ぶのが楽しくて、生涯の伴侶とか選びきれないもん。」

飲みやすさとは裏腹に度数の高い日本酒を飲んでいるからか、女の本音が滑らかに飛び出す。

だが、ここまで喋って杉ちゃんの表情が少しだけ曇ったのを麻耶は見逃さなかった。

その表情で、友人の幸せを素直に喜べず水を差すような発言をしてしまった自分の浅はかさに気がつく。

思わず口にしてしまった言葉は取り消せないが、麻耶はカリナ達との女子会で嫌な思いをした後、こうした流れを変える方法を学んだ。

すぐにフォローに回り、相手を褒めたおすのだ。

「でも、杉ちゃんの結婚式なんて本当に楽しみ。絶対招待してね。綺麗だろうなぁ。」

先ほどまで寂しげな表情をしていた杉ちゃんの顔が、パッと明るくなる。嬉々としてプロポーズやSNS上ではのろけられない話を始めた。

目を細くしながら語られるそれらの話が羨ましくないと言ったら嘘になるが、少なくとも話にケチをつけたくなるような気持ちからは脱することができた。

裕子も初めは面白くなさそうにしていたものの、麻耶が祝福ムードの会話を推し進めるのでとうとう折れたようだ。

「麻耶は彼氏がいて、杉ちゃんは年内に結婚式かぁ。羨ましい…。」

多分、これが本音なのだろう。

仕事や恋愛の状況で自分の幸せが図られてしまいがちな若い自分達にとって、誰かと比べて自分の状況の方が幸せだと思いたいのは、仕方がないことなのかもしれない。

しかし、そうした思いが先行して余計なことを口走り、人間関係にヒビが入ったり壊れたりすることを経験している。

そうした若さゆえの過ちを客観視することで、自分達は少しずつ大人になっていくのかもしれない、と麻耶は変に悟ったような気分になったのであった。

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