耳の聞こえない両親が教えてくれた生きる力。映画『きらめく拍手の音』監督インタビュー

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2017年6月10日(土)から上映の韓国映画『きらめく拍手の音』は、イギル・ボラ監督が耳の聞こえない両親を主人公にしたドキュメンタリー作品です。聴者である監督は、両親と社会をつなぐ役割を求められることに悩んだ時期もあったと言いますが、耳が聞こえる世界と聞こえない世界の両方を知っていたからこそ、この映画は生まれ、手話でにぎやかに会話する両親、そして家族の姿を届けることができたのでしょう。
今回は、作品の主役でもあるご両親のこと、そしてかつて一人旅をしたときのことなどをイギル・ボラ監督に伺いました。
両親から学んだ「なんでもやってみよう」精神
イギル・ボラ監督
――映画はご両親も見たそうですね。感想はどうでしたか?
とても楽しんで見てくれて、娘が作った作品に自分たちが出ているのを誇らしく思ったと言ってくれました。それから、耳が聞こえないろう者が主人公の映画だということを喜んでいましたよ。
――お2人はとても明るく積極的な方という気がしました。ご両親からはどんなことを学びましたか?
「自分自身を恥じてはいけない」ということを教わりました。両親は、どんな場所でも手話でやり取りするのを恥じることはありませんでした。私は思春期の頃、手話で話すのを他人に見られるのがイヤだったのですが、母に「そんなふうに考えるなんて、お前は私たちの娘じゃない」と怒られました。いつも堂々としている母からは、何事も恥ずかしがる必要はないということを学び、生きる上での勇気にもつながっています。
父は人を笑顔にすることを教えてくれました。細かいことにこだわらない性格で、何かあったときも「大丈夫、これも経験だから」というのが口癖です。私が失敗したり、つまずいたりしたときも、いつも応援してくれます。
耳が聞こえない分、実際に目で見て、経験をすることで、父はたくさんのことを学んでいます。そういう、自ら何かを学び取ろうとする姿にはとても影響を受けました。それが私の、なんでも行動に移してみようという姿勢につながっています。
『きらめく拍手の音』より
高校を辞め、旅をして気づいたこと
――ところで、監督は高校を中退して一人旅に出たそうですね。
はい。もともと将来はNGOの活動家かドキュメンタリーのプロデューサーになろうと思っていたんです。それで、学校で勉強するより旅に出たほうが得るものがあると考え、東南アジアを一人旅することにしました。あとは、子どものころからずっと両親の代わりに大人とやり取りする生活をしていたので、そういう責任から離れて暮らしてみたいという気持ちもありました。
――韓国では家族でも上下関係が厳しく、監督のような経験をするのは難しそうな気がします。
確かにそうですね。儒教の考えが強く、家父長制が残っているところも多いです。でも、我が家は全員が平等の立場であり、同志のような関係でした。この映画では父が料理をする場面も出てくるので、韓国の観客の中にはその様子に驚く人たちもいました。
――やはりそうですか。韓国は学歴社会だと聞きますし、その点でも勇気のいる選択だったんじゃないでしょうか。
おっしゃる通り、韓国は教育熱が高いので、高校を中退するなんてありえないことだと思われています。でも、一人旅のことをまとめた書籍『Road-Schooler』は、たくさんの人に読まれて、図書館にも置かれたんですよ。私のような経験をした人が少ない分、興味を持った人も多かったようです。この本では、新しい学びの方法を提案することができたかなと思っています。
――なるほど。親元を離れて旅をしたことでたくさんのことを学んだんですね。
旅先ではいろいろな人たちに出会い、中にはろう者の人もいました。そこで気づいたのは、耳が聞こえる私たちがいる世界もろう者が暮らす世界も同じで、私は両親のおかげで2つの世界を自由に行き来できるということです。この旅を通して自分のアイデンティティを確立し、今までの生活を客観的に見ることができるようになりました。