嬉しい・楽しい・瞑想
Vol.1 瞑想と出会ったきっかけ

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はじめての瞑想は光の粒に包まれるような体験
私がはじめて瞑想を体験したのが25年前です。きっかけは、ヨガ行者として知られる成瀬雅春先生の倍音瞑想ワークショップへ参加したことでした。とてもゆとりのある会社に就職したばかりで、時間的にも恵まれた生活でしたが、「自分がやりたいことってなんだろう?」とよくある悩みでいっぱいで、飲み歩いたり、映画や歌舞伎にのめり込んだり、さまざまなワークショップに参加したりと、若いエネルギーを発散していました。倍音の瞑想は、思いもかけない楽しいものでした。参加者が輪になって母音を発声すると、キラキラするような倍音が生まれるのです。終わったあとは、明るくすっきり、元気に満たされていました。この体験で瞑想の楽しさを知りました。

Point! 瞑想は静かに座るだけではない。とくに初期はボディワークのほうがいい場合も

その後さまざまな瞑想の講座に参加し、「瞑想は辛く苦しい修行」と思っている人もいると知りましたが、自分にとっては、心が青空のように晴れわたり、やりたいことに向かって走り出すエネルギーに満たされる、最高に楽しい体験です。 瞑想は、困難に直面したときに必ず役立ちます。もちろん毎日を元気に過ごし、仕事のパフォーマンスを上げるための強力なツールでもありますが、それだけではなく、どうしても逃げられない苦しさや辛さを乗り越えるために、計り知れない力をもたらしてくれるのです。

なぜインドにいくことになったかといえば...
倍音の瞑想が楽しかったので、成瀬先生のヨガのクラスにも参加しました。その後インドや日本でヨガを習いましたが、もっとも深いアプローチだったのが成瀬先生で、ヨガとは体を使った瞑想であると教えられました。虚弱で寝込みがちだったのが、ヨガに没頭して週3回くらい続けるうちに心身ともに健康になり、ついにはインドで暮らそうと決意しました。今ではインド留学も一般的ですが、20年前の当時は、ほんとうに変わり種でした。

Point! ヨガや瞑想、ボディワークなどを行うなら、通いやすい場所を選ぶと続く

きっかけは、ヨガのクラスでヒンディー語の基礎を教わったことです。その後、三鷹の「アジア・アフリカ語学院」にも通い、せっかく学んだヒンディー語を忘れたくなかったので、思い切って仕事を辞めることにしました。インドでヨガに専念することも考えたのですが、その頃から「言葉」に対する興味が大きくなっていました。ヒンディー語を喋れるようになりたくて、ヒンドゥー文化の中心地であり、遠藤周作の『深い河』の舞台にもなった歴史的な街バナーラスで暮らすことを決めました。学生時代に旅したとき、ぜひ暮らしてみたいと願った夢を叶えた瞬間です。

インド暮らしは英語漬け!
「とにかくインドで暮らしたい!」という一点で頭がいっぱいだったので、英語ができないとヒンディー語の勉強もできないということにあまり気付いていませんでした。暮らしはじめてようやく我に返り、必死で英語とヒンディー語の両方に取り組みました。滞在先は外国人学生のためのホステルで、北米やヨーロッパからの学生や研究者がほとんど、まるで欧米の大学の寮です。フルブライトの留学生や欧米の名だたる大学の研究者などもいて、知的刺激に満ちていましたが、当時の英語力ではほとんど会話についていくことができず、食事中は文字通り貝のように黙っていました。ヒンディー語のほうも、バナーラスで一番の先生に出会うことができ、毎日、最高にテンションの高いレッスンでした。そんなわけで、ひとり自室に籠もり、半べそになって語学漬けの毎日です。といっても、毎日夕方になるとガンジス河を2時間くらい散歩して、インドらしいゆるやかな時間を味わっていました。日本を離れたときは、ずっとインドに住むつもりだったのですが、暮らし始めて1年になる頃、東京で忙しく働きたいという気持ちが猛烈にこみ上げてきました。その後も私の人生は、インドでのんびり瞑想的に過ごしたかと思うと、東京で(ときには)徹夜で仕事に取り組むという、両極端の暮らしを振り子のように行き来することになります。