予選後に行なわれた公式記者会見でのことだ。

 レースディレクターのジム・ディマッティオ、予選トップのピート・マクロードと共に、地元パイロットとして登壇した室屋義秀の表情が気になった。


今季2勝目を飾り、年間王者に大きく前進した室屋 レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップが日本で開催されるようになって、今年で3年目。室屋は毎年のように「大会の顔」として、メディアに、ファンに、スポンサーにと、常に明るく対応してきた。時に笑顔でジョークを口にし、時に真剣な顔つきで語りかけ、少々意地悪な表現をするなら、常に主役として望まれる姿を演じていた。

 ところが、である。この日の会見に臨んだ室屋は主役を演じることを忘れているかのようだった。気が抜けたような無表情。どこか視線が定まらず、特に他の2名が話している時など、話がまったく耳に入っていないのではないか。そんな気さえするほどだった。

 無理もない。レッドブル・エアレース日本開催3年目の今年、”室屋フィーバー”はなかなかのものだった。

 予選前日には出場パイロットのサイン会が開かれ、平日の夕方にもかかわらず、およそ1000人のファンが来場。とりわけ室屋の人気はすさまじく、長い時で300人ほどがサイン待ちの列を作った。優に1時間半、室屋は手を止めることなくサインをし続けた。

「やっぱり、こうやって(実際にファンと)触れてみないと、生の声や雰囲気というのは分からない。盛り上がりを実感する」

 室屋は笑顔でそう話す一方で、少し驚いたようにこうも語っていた。

「でも、今年はちょっと熱狂気味。今は(レースエアポートの外に)歩いて出られないから」

 室屋を擁するチーム・ファルケンをはじめ、レースに参戦する各チームの飛行機が格納されるハンガーエリアは千葉県浦安市内の海岸沿いに設置されており、滞在ホテルとの行き来は、車で駐車場までやってきて隣接された公園を歩いて抜けてハンガーへ向かうようになっていた。パイロットはもちろん、チームスタッフもレース運営スタッフも、ハンガーと駐車場との間を歩いて往復する。

 ところが室屋の場合、あまりに出待ちのファンが多く、公園内を歩いて抜けようとすると必ずファンに囲まれてしまう。もちろん、サインに応じるのはやぶさかではないが、誰かひとりにサインすれば、どんどん人が集まり、10人、20人では終わらなくなってしまう。

 そこで今年は特別に室屋だけはエアポート脇まで車を乗り入れ、ハンガーに出入りすることになった。

「そうじゃないと、出口がすごい人だかりになって、他の人たちも出られなくなってしまう。『ひとりだけズルいじゃないか』と、他のパイロットに文句を言われたけど(笑)」

 地元のヒーローに熱狂するのは、ファンだけではなかった。

 レッドブル・エアレースでは通常、「ハンガーウォーク」と呼ばれる時間があり、予選と本選の両日ともメディア用に1時間、関係者やスポンサー、あるいは特別席のチケット購入者用に1時間が用意され、その時間内であればパイロットと自由に話(取材)ができる。

 だが、日本以外でのレースの場合、それほどメディアは多くなく、1時間フルに取材対応することになるパイロットはほとんどいない。スポンサーや関係者にしても、その数は知れており、むしろ持て余す時間のほうが長くなるのが普通だ。

 ところが、日本戦での室屋の場合、まさに2時間フル稼働することになる。

「普通のレースよりは大変。なので、申し訳ないなとは思いつつも、それ以外の時間はシャットアウトして自分の時間をはっきりさせないと、チームスタッフも含めてみんな自分の仕事に集中できない。例えば、関係者が来たからといってすべてに対応していると、ホントに1日中になってしまい、時間がなくなってしまう」

 そんなギリギリの状況で、しかもいつも以上に優勝が期待されるレースを前に、記者会見の場とはいえ、さすがの室屋も少し気が抜けてしまっていたのかもしれない。というより、わずかな時間でもスイッチを切っておかないと、集中力を持続させるのが難しかったのだろう。

 室屋は、フライト時の感覚を通して「自分のコンディションがいい状態でキープできていないのが分かった」と語る。

「何が原因かは分からないが、完璧に近い感じだった(優勝した第2戦の)サンディエゴの時のほうが、フライトのクオリティはずっとよかった」

 室屋は自身の不調の原因を、決して地元開催ゆえのプレッシャーに押しつけるようなことはしなかった。だが、室屋を取り巻く熱狂が、少なからず彼の調子を狂わせた。そう考えるのが普通だろう。

 だからこそ、「地元のレースで勝つのは難しい」。ハンネス・アルヒやナイジェル・ラムといった歴代の名パイロットでさえ、そう口にしていたゆえんである。

 実際、レースが始まってみると、室屋はタイトロープを渡るような戦いが続いた。

 ラウンド・オブ・14では、ペトル・コプシュタインと対戦し、わずか0.007秒という僅少差で勝利。ラウンド・オブ・8では、インコレクトレベル(ゲートを水平に通過しない)のペナルティを犯したものの、対戦相手のマット・ホールもまた、クライミング・イン・ザ・ゲート(ゲートを上昇しながら通過する)のペナルティを取られたことに救われ、辛くも勝利した。

 そして、優勝をかけたファイナル4。室屋は他を圧倒するようなスーパーラップを出したわけではなかった。だが、年間総合優勝を争うライバルの、マティアス・ドルダラーがパイロンヒット(ゲートに当たる)したのに続き、マルティン・ソンカもインコレクトレベルのペナルティを犯し、室屋に後れをとった。

 ソンカのペナルティに至っては、自ら「風の影響ではない。完全に自分のミス」と振り返るまさかのイージーミス。魔がさしたとしか思えないような、普通なら起こりえないフライトだった。


苦しいフライトが続くも、思わぬ展開が続いて頂点に 終わってみれば、室屋は表彰台の真ん中に立っていた。本人が「今日の勝利はラッキーな面がある。自分の力だけで勝ったんじゃない」と語ったように、まさかまさかの連続の末、手にした優勝だった。

 とはいえ、勝負の世界は紙一重。ラッキーもあれば、アンラッキーもある。

 例えば、昨年の第7戦(インディアナポリス)。室屋はラウンド・オブ・8でこれ以上ないスーパーラップを叩き出すも、対戦相手のドルダラーのペナルティが見逃され(と、室屋陣営は思っている)、あえなく敗退を余儀なくされた経験もしてきた。室屋が語る。

「日本のファンの声援が届いたのかもしれない。もちろん、ジャッジはそんなこととは関係なく、公正な判断をしているはずだが、本当に(ペナルティの)ボーダーライン上だったらどうか。会場の雰囲気が何かしらの力を働かせたかのではないかと思う」

 地元レースでいつもと同じ集中力を保って戦うのが難しかった一方で、地元レースだからこその後押しに助けられ、室屋は日本戦の連覇、そして今季第2戦に続く連覇を成し遂げた。この数日間、熱狂の中心にいた日本人パイロットが語る。

「長年、努力してきたのは事実なので、それに対してたまにはこういうボーナスがあってもいいのかな」

 表彰式を終え、優勝者として臨んだ公式記者会見では室屋にいつもの柔らかな笑顔と、ジョークを交えて周囲を笑わせる余裕が戻っていた。

 地元のヒーローがようやくプレッシャーから解放された瞬間だった。

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