脱北と言えば、北朝鮮を脱出し、中国などを経て韓国に向かうことを思い浮かべる人が多いだろう。しかし実際には、一時的に北朝鮮から抜け出し、カネを稼いで故郷に戻る「出稼ぎ脱北」の方が多い。その実情を韓国の北朝鮮専門ニュースサイト、ニューフォーカスが伝えている。

女子大生を拷問

両江道(リャンガンド)の恵山(ヘサン)は、国境を流れる鴨緑江を挟んで、中国吉林省の長白朝鮮族自治県を向かい合っており、貿易や密輸で生計を立てている人が多い。しかし、金正恩体制となってから、年々国境警備は厳しくなっている。

国境警備が強化されている理由の一つに、脱北者や中朝を往来する北朝鮮の人々が、外国の様々な情報を北朝鮮国内に流入させていることがある。北朝鮮当局は、韓流ドラマやハリウッド映画など、外国の自由で豊かな社会の実像を伝えるものが入り込むことを極めて嫌がる。こうした情報が体制不安につながりかねないと考えるからだ。

とりわけ、韓流ドラマを目の敵にしており、ファイルを保有していたという容疑だけで女子大生を拷問し、悲劇的な末路に追い込むほど、残忍な方法で対処するほどだ。

(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは…

国境警備が厳しくなった余波を受け、密輸は難しくなり、生計を維持できなくなる人が続出している。そこで、国境の川を越えて出稼ぎを目的に脱北する、いわば「脱北労働」が増えているのだ。しかし、警備が厳しい国境をどのようにして渡るのだろうか。

まず、労働力が欲しい中国の商売人は北朝鮮側の脱北ブローカーに必要な労働者の人数を伝え、募集をかけてもらう。そして、人が集まれば川を渡る。通常は、国境警備隊員にワイロを掴ませて便宜を図ってもらうが、取り締まりが強化されているため、カネを受け取って脱北を幇助しようとする隊員は減っている。

そこで、募集で集まった労働者たちは、集団で一斉に川を渡る手法を使う。中国側の雇用主は、国境付近に待機させておいた車に彼らを乗せて、闇夜に紛れて安全な場所まで移動し、中国の長白県を出て白山に向かう。この地方では、車と動物との衝突事故を防ぐために、道路際に鉄条網を設置、補修する工事を行うと同時に、冬季に破損した道路の補修工事も行うため、毎年春になると労働力が必要となるからだ。

労働時間は午前6時から午後9時までの長時間に渡る。日当は100元(約1630円)。労働環境も給料も決して良いとはいえない。しかし、かつては最低賃金の時給10.5元(約171円)を遥かに下回る額しかもらえなかったのに比べると、大幅に上がったと脱北労働者たちは喜んでいるという。

また、住居と食事は雇用主が提供してくれるため、みっちり3ヶ月働けば北朝鮮で1年間暮らせるだけのカネが手に入る。とりわけ5月は、雨が少なく休みはほとんどないため、働くにはちょうどいい季節だ。

そんな彼らが一番恐れているのは、公安の取り締まりだ。逮捕されれば北朝鮮に強制送還され、罰を受けることになる。中国側の雇用主は、中国公安局の取り締まりにあらかじめ手を打っているため、そういうことはほとんどないと言う。現場では、雇用主から支給された作業服を着て働くため、他の中国人と見分けがつかない。

一番危険なのが休日だ。現場の近所の食堂で酒を飲んでいるところを、住民に通報され逮捕されるケースもある。万が一の事態を避けるためにも、休みの日でも寮で過ごしたほうがいいとのことだ。

手にした給料は、友人または密輸ブローカー、華僑などを通じて北朝鮮に送金する。華僑を通じて中国の銀行を使った場合、手数料は送金額の2割だ。

現場では、今年2月から働きはじめた脱北者に加えて、5月に入ってからも続々と人がやってきている。そのため、脱北労働者の数は昨年の倍に達しているとのことだ。ほとんどの人が数カ月から数年働いて北朝鮮に戻るが、中には韓国行きを決心する人もいる。

経済難にあえぐ北朝鮮の住民にとって、手っ取り早く稼ぐことができる脱北労働は決して悪い話ではないようだ。とはいえ、脱北女性のなかには、人身売買の犠牲となりセックスワークを強いられたり、なかにはネット上で性的なポーズを見せるなどの行為を行う「アダルトビデオチャット」に従事させられるケースもある。

中国で脱北者らはあくまでも不法滞在者であり、不安定な立場に置かれている。とりわけ女性らの人権が侵害されており、この点において中国当局が間接的に脱北者の人権侵害を助長しているのは確かな事実なのである。