イギリスのヘルシー系サンドイッチチェーン、プレタ・マンジェ。https://www.pret.com/en-us

写真拡大

戦略の要諦は、差別化である。差別化とは、ライバルとの違いを出すことではなく、“圧倒的にズバ抜けて”、“顧客に一目置かれること”である。シリコンバレーでなくとも、そんな例はたくさんある。人手不足の清掃業界が大化け! さびれた町が駐車場で復活! 銀行なのに顧客に愛される! 米有名ビジネス誌の凄腕エディターが取材しまくって見つけたユニークな事例の一部を、『圧倒的な強さを築く オンリーワン差別化戦略』から無料公開する。

英サンドイッチチェーン、
プレタ・マンジェの人気と反発

 ロンドンに本社を置くプレタ・マンジェ(フランス語で「すぐに食べられる」という意味)は、アメリカのパネラ・ブレッドに匹敵する手軽なサンドイッチチェーンである。創業まもない2002年、『ファストカンパニー』誌でも取り上げた。

 当時はイギリスで118店舗、ニューヨークで5店舗、香港に1店舗だったが、その後の発展は目覚ましい。2014年にはパリや上海のほか世界各地に374店舗、アメリカでは4都市で60を超える店舗を展開している。顧客数は1日当たり30万人強だ。

 プレタのビジネスモデルで重要な点は、できたてのサンドイッチの種類の多さだ。店に入って1分以内で買い物が済み、多忙なビジネスパーソンにうってつけだ。しかも従業員は、その束の間の滞在が、特に常連客にとって笑顔や前向きなエネルギー、人と人との結びつきを感じてもらえるものになるよう心を砕いている。

 CEOのクライブ・シュリーは、この「プレタ・バズ(プレタで味わう快感)」を生み出すために「プレタ流行動指針」を定めている。たとえば、「我々は、フレンドリーで活発で、ユーモアあふれる従業員を採用します」といったものだ。シュリーは『テレグラフ』紙の記者に対し、従業員が顧客のみならず、同僚とどう接しているかはすぐにわかると述べた。「態度を見ただけで、その店の売上げがほぼ正確にわかります」。

「プレタ流行動指針」を最前線のスタッフに身につけてもらうための、厳格な研修プログラムがある。「プレタ・アカデミー」と呼ばれる研修には、好ましい雰囲気作りのためのマニュアルも用意されている(このマニュアルは多文化に対応している。イギリスの店舗で働く従業員の国籍は106種類に及ぶ。イギリス人は18%にすぎず、ポーランドやコロンビア、イタリア国籍が大半を占める)。『テレグラフ』紙によれば、「自分が言われてうれしい言葉をお客様に対して使い、我が家のゲストであるかのように接すること」といった記述もあり、気軽に言葉を交わし合う以上の哲学があるとのことだ。

「感情労働」に対する賛否両論

 これは、大西洋の両側で批評家の注目を集めた。第1弾は『ロンドン・レビュー・オブ・ブックス』誌に掲載されたエッセイだ。プレタの従業員は、おいしいサンドイッチを安く提供する以上のことを期待されている――そういう状況に噛みついた。

「プレタが理解していて、競合他社が気づいていないのは、1970年代以降、『感情労働』と進歩的左翼理論家が呼ぶものを生み出すために、どれほどの費用がかかるかということだ」

「労働はモノを生み出すだけの行為ではなくなり、他者に対して肉体的、精神的エネルギーを提供する行為になろうとしている。何を生み出すかではなく、自身の感情の表出が他者の感情をどのように動かすかが重要だ。母親や看護師、売春婦にとっては目新しいことではないが、膨らんだサービス業界では、それを『女性の仕事』と片づけることはできない。後期資本主義のコモディティの主要形態とみなさなくてはならないのだ」。

 翌月、ジャーナリストのティモシー・ノアは『ニューリパブリック』誌で、プレタのビジネスモデルの根幹である「感情労働」と「幸福感の強要」を辛辣に批判した。そのエッセイは、地元のプレタに出かけたときの出来事から始まる。彼は、若い女性スタッフ(「スレンダーでプラチナブロンド」)が自分に恋していると感じたという。「僕が店に入ってサンドイッチやカフェラテを頼むたびに、彼女は頬を赤らめて僕をみつめる。これが恋でなくてなんだ」。

 ところがそうではなかった。「やがて僕は気づいた。彼女は僕の後ろに並んでいた客も、その後ろの客も同じようにみつめていた。目を輝かせてお客をみつめるのが、彼女の仕事だった」。

 少しがっかりしながら、ノアはこう述べている。「トマトとチーズのサンドイッチを売る従業員が、なぜ“存在感”を示し、“楽しみ”を作り出さなくてはならないのか。“お金”のためだけにサンドイッチを売ることはできないのか。店で代金を受け取ることが、誰かの天職であってほしいとは僕は思わない。結局のところ、経済活動の最底辺の仕事なのだから」。

 ノアの考え方にも一理あるとは言え、最前線のサービス業に従事する者には、必要最低限の能力と義務感さえあればいいという考え方は偏っているし、尊大に感じる。歯を食いしばり、眉間にしわを寄せた従業員が働く店よりも、明るく快活な雰囲気が漂う店の客になる方がよいではないか。プレタがポイントカードを作らないのはそのためだ。

 常連客であっても、ポイントを貯めて、無料でコーヒーやサンドイッチをもらうことはできない。その代わりに従業員には、快活な客のしゃれた振る舞いに気づいたときや、大変な一日を過ごしたかに見える客を元気づけたいとき、無料のドリンクやサンドイッチをプレゼントする権限が与えられている。

「スタッフは毎週一定数のホットドリンクと食べ物を無料で提供しなくてはなりません」とCEOのシュリーは語った。「スタッフは顧客の28%に対して、何かを無料で提供することになります。これが私たちのやり方です」

 言うまでもなく、プレタのやり方は万人向けではない。だからこそ、従業員を採用するときには、価値観が一致しているかどうかを判断し、本採用の前に試行期間を設けている。そのうえで同じ店で働いた従業員が、フルタイムでの就業を認めるかどうかを決める(約10%は拒否されるという)。知識の量や能力よりも、人となりが重視されるというわけだ。

人柄は経歴と同じくらい意味を持つ。プレタに限らず、私が出会った活気あふれる企業はみな、社風に合わない従業員には積極性を期待できない、と明言している。

<第5回に続く>