【小川直也が見る日本柔道 前編】 

 全日本選抜柔道体重別選手権と全日本柔道選手権が終わり、8月に開催されるブダペスト世界選手権の代表が決定した。高藤直寿(60kg級)や永瀬貴規(81kg級)など、昨年のリオ五輪代表選手が選ばれる一方、3度目の全日本選手権制覇を遂げた王子谷剛志(100kg超級)や成長著しい阿部一二三(66kg級)という新星も選出された。


全日本選手権を制覇した王子谷(右)をはじめ、世界選手権の代表に選ばれた選手たち 1992年バルセロナ五輪の銀メダリストであり、全日本選手権を7度制した(5連覇含む)小川直也氏は、昨年のリオ五輪において全7階級でメダルを獲得した男子柔道界をどのように見ているのか。神奈川県の茅ヶ崎海岸近くにある小川道場で話を聞いた。

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──世界選手権の代表が決定しましたが、顔ぶれにはどんな印象をお持ちですか?

「高校時代に強かった選手、あるいは大学で大きく実力を伸ばした選手が順調に成長している印象を受けましたね。そして、昨年のリオ五輪の代表選手が数名。今年の世界選手権は、リオ五輪に出場した国内外のトップ選手にとっては『お休みの年』だから、若手にはチャンスだし、存在感をアピールする場になる」

──リオで金メダルを獲得したベイカー茉秋がケガで代表を辞退したこともあり、90kg級は選手を派遣しませんが、100kg超級は全日本選手権を制した王子谷剛志とリオで銀メダルに輝いた原沢久喜のふたりが選出されました。3年後の東京五輪に向けて、重量級の代表争いは熾烈になっているように感じます。

「熾烈なのかなあ。昔の柔道界は、全日本選手権を9連覇した山下泰裕先生や、7回の優勝を誇る俺のように(笑)、柔道界の顔となるような絶対王者がいた。絶対王者がいて、それに食らいついていこうという選手が何人かいる図式だったのが、最近は全日本でも毎年のように優勝者が変わる。切磋琢磨する中で、世界選手権や五輪に出る選手が世界チャンピオンになるなら頼もしいことだけど、現実はそうじゃない。重量級の覇権を握っているのはフランスのテディ・リネールだし、彼を倒せる選手を育てなきゃいけないね。

 今年の全日本を制した王子谷は、東京五輪に向けて抜け出た感はあるけど、3回目の優勝なのに決勝は反則勝ち。あれじゃあ、今年の大会を観戦に来てくれた人が、来年も足を運んでくれるか分からない。全日本の王者は横綱。横綱が優勝決定戦で肩透かしで勝ったりしたら、観客はブーイングですよ。俺の頃は、投げて勝っても、新聞のコラムで山下先生に批判されたんだから(笑)」


現在の日本柔道界について語る小川直也氏──小川さんの柔道は、体格を活かして奥襟を掴み、相手を抑えつけるような柔道でした。どっしりと組み合って、それでいて技が多彩で。

「現在の柔道の先駆けだったんじゃないかな。今のように『指導』が早くもらえるルールだったら、もっと楽に勝てたと思うよ。昔のルールでも反則勝ちで何回も勝っていたからね。

 俺の上の世代にあたる山下先生や故・斉藤仁先生の時代は、釣り手は前襟を掴んで戦うスタイルが主流だった。それだと、長身の選手は対応できないから、俺は上から奥襟を掴んで戦う柔道をやり始めて、その後に世界がマネをしたんですよ。シドニー五輪の決勝で篠原信一と戦って、誤審騒動の末に優勝したダビド・ドゥイエにしても、現在のリネールにしても、根本には俺がやっていた柔道がある」

──昨年のリオ五輪で、全階級のメダル獲得に導いた男子チームの井上康生監督の手腕についてはどう見ていますか?

「全員が金メダルを目指したからこそ、全階級でメダルを獲得することができた。そういう姿勢は今後も継続していってほしい。金メダルを目指す者しか金メダルには届かないし、3位を目指す人間は3位にもなれない。前任者の篠原も頑張っていたんだろうけど……。監督っていうのは、技の指導うんぬんよりも、選手が力を発揮できる環境を作ってあげることが大事なんじゃないかな」

──井上監督は、ジュニア世代の選手にも積極的に電話をしたり、メールを送ったりして、叱咤激励しているようです。

「連絡はマメにしているみたいだね。俺らの時代はメールなんてなかったからなあ(笑)。それでも、上村春樹先生(現・講道館館長)や斉藤先生も頻繁に連絡くれたから、そういう気遣いの部分は同じだと思う」

──今年の世界選手権に挑む代表選手の顔ぶれを見て、気になる選手はいますか?

「阿部一二三だね」

──まだ19歳ながら、66kg級のホープですよね。昨年末から、グランドスラムの東京とパリ、4月の選抜体重別も制しましたし。

「技が多彩だし、『何をしてくるんだろう』という期待感がすごい。ひとつひとつの技がうまく自分の柔道に組み込まれていて、『なるほどな』と感心するような柔道をする。ただ、古賀稔彦でいう一本背負いのような必殺技がないんだよね。俺はプロを経験したから、どうしてもお客さん目線も気にしてしまって」

──いわゆる、代名詞となるような技がない、と。

「そうそう。古賀は彼の年齢の頃には既に一本背負いが代名詞になっていて、中量級の選手でありながら、120kgとか、130kgある相手をバンバン投げるアグレッシブな柔道にみんなが魅了された。まあ、阿部も代名詞となる技はこれから身につけていくと思うけど」

──阿部は野村忠宏氏を目標にしていて、「東京五輪を勝ったぐらいでは野村先輩に追いつけない。4連覇が目標」と公言しています。4連覇するには、30代の後半になるまで柔道を続けなければなりませんが。

「ほう、いいじゃない(笑)。医療が発達したことで、サッカー選手や野球選手たちは選手寿命が延びているのに、柔道は30歳になる手前ぐらいで引退してしまうのが現状だしね。40歳まで現役を続けられたのは野村忠宏ぐらいでしょ。柔道の場合、アマチュアで企業に属している選手がほとんどだから、引退後のセカンドキャリアを見据えると30歳前後でどうしても壁にぶち当たる。企業に勤める者として、『いつまでも柔道ばかりやっているわけにはいかない』と悩むんですよ。俺にもそういう時期はあったからつらさも分かるけど、阿部には頑張ってほしい」

──世界選手権の代表にはなれませんでしたが、国士舘大学に進学したばかりの100kg級・飯田健太郎にはどのような印象を持っていますか? 現在の首脳陣がポテンシャルを高く評価しているようですが。

「彼も中学から見ているけど、順調に成長している。ここ1、2年が勝負だろうね。課題は寝技かな。100kg級は外国人選手も寝技が強いから、そこも磨かないと世界では勝てない」

──確かに、東京都選手権では軽い階級の選手に腕関節を極(き)められて敗れました。

「ああいう試合を見てしまうと気にはなるよね。でも、『オリンピックじゃなくてよかった』と前向きに捉えればいいと思うよ」

──阿部や飯田といった若手の有望株が目立ちますが、彼らの世代でいえば、小川さんの長男・小川雄勢(100kg超級)、古賀稔彦氏の息子の古賀颯人(73kg級)、玄暉(60kg級)兄弟も楽しみですね。バルセロナ五輪、アトランタ五輪を戦ったおふたりの2世が、同じように将来を期待されています。

「古賀とは同級生で、高校時代から知っているから不思議な縁だよね。古賀兄弟も成長が楽しみなんだけど、やっぱりオヤジの代名詞である一本背負いをかけてほしい。そうなれば、見ている人も喜ぶじゃない」

──故・斉藤仁先生の次男である斉藤立も、国士舘高校の1年生になり、さっそくカデ柔道体重別選手権の90kg超級で優勝しました。15歳で身長は187cmと、すでにお父さんの体格を超えています。

「体重も170kgあるらしいけど、怖いのはケガだよね。柔道でも他のスポーツでも、『無事是名馬(ぶじこれめいば)』。俺らの時代も、ケガでつぶれた選手を何人も見たから。ただ、斉藤先生の息子さんだから、将来性は抜群。さらなる成長が楽しみだよ」

(後編につづく)

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