AC長野パルセイロ・Lが結果を残している理由(後編)

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練習前に樋口コーチとともにランニングメニューをこなす横山久美 AC長野パルセイロ・レディースの総合的なパフォーマンス向上への取り組みでケガ人が激減したことは前回の記事で述べた通りだ。と同時に選手個々のフィジカル、テクニカル両面でもその成果は顕著に表れた。

“最も成長した選手”として、本田美登里監督が挙げたのがエース・横山久美だ。高倉麻子監督率いる、なでしこジャパンでも今や得点源となっている成長株。10代の頃から彼女の課題は”90分走り切れる走力”である。本人も十分すぎるほど自覚していた。

「横山に関しては、出会った当初からフィジカルは強かったです。特に腹筋群の強さは特徴的です。ただ、”走る”という部分に大きな課題があった。それが1年数カ月ではありますが、変わりました。やっても無駄ということには彼女は取り組まないと思います(笑)」とは樋口創太郎コンディショニングコーチ。

 走る能力は「走ること」でつける――。横山のスタートはここだった。練習前には以前から1人で取り組んでいたメニューをベースに、タイム設定付きでどれだけタイムが上がるか。また、セット間の休息時間を変えて、どれだけそのタイムを維持できるか、といった走りのメニューをこなし、筋力トレーニングを加えながら走力アップをはかってきた。

「オフシーズンに、練習前に競技トラック1周走を5本やるのは本当にきつかった! 今年は雪で走れなくて、南長野のスタジアムのコンコースを走ったんですけど、それもきつかったですね。練習前ですから。そのあとまたチームのメニューで走るという……」

 以前の横山では考えられないほどの”走り”漬けの日々は裏切らなかった。試合でハートレートモニターをつけるようにもなった。これで総移動距離と心拍数の推移が確認できる。昨シーズンであれば7km前後だったものが、現在は9km程度の平均に上がってきている。それでも、本人評価は厳しい。

「まだ90分走れているとは言えない。でも、後半に点が取れるようになったのは変化ですかね。後半でも力のある走りが1本出るようになった、と樋口さんは言ってくれます(笑)」

 練習前に走る環境がないことが、逆に不安になるというところまでルーティン化した彼女の走力アップメニュー。樋口コーチはさらなるアドバイスを送る。

「彼女の場合は足が速いわけではないんです。それでも突破できるのは緩急に長けているから。それを試合後半まで持続させることができれば、90分間通して脅威な選手になる。ゲーム中の総移動距離が伸びていることは能力が上がった成果だとは思います。今後は、加速・減速といった持ち前の緩急を終盤まで発揮し続けられるスプリント能力の獲得が必要だと思います」

 今年7月のドイツ移籍後はまた環境が変わる。ここからどのように変化を遂げるのか非常に興味深い。

 GKの池ヶ谷夏美は163cmという身長ゆえに、ポジション柄とにかく強靭な肉体を欲していた。筋力をアップさせようとインターネットで調べ上げ、トレーニング方法を模索していた中、樋口コーチがやってきた。

「喉から手が出るほど欲しかった存在でした」(池ヶ谷)


さらにロングキックの飛距離を伸ばすため、体側の筋力強化を目指す池ヶ谷夏美 ジャンプ力をつけたい、パワーをつけたい――。補わなくてはならないことが多かった池ヶ谷は次々に質問を投げかけた。

「体が小さいのでロングキックの飛距離がなかなか飛ばなかったんです。そこをパワーアップするために下半身を鍛えればいいと思っていたんですけど、実はお尻や体側の筋群(腹斜筋)、さらに体幹部分が必要だったりして……。今は正しい筋トレの成果が実感できています」

 1年半で変わったのは飛距離だけではない。

「Yシャツのサイズが9号から13号になりました(笑)。今や、もうそれがモチベーションになっています。本当に線が細かったんですよ。食べるようにはしていましたが、筋トレのやり方と食事が比例してなかった。やみくもにやってもダメ。今はすべてが有効になったと感じます」(池ヶ谷)

 実は彼女こそが、樋口コーチのコンディショニングをチームに浸透させたキーマンだった。


泊志穂が取り組むリバーススクワット。膝、足首の角度やお尻の位置など動作チェックポイントは多い「何曜日に、週に何回ジムに来いというようなことは、僕は一切言いません。試合がいつで、何日前に筋トレをしようというのも含めて、選手たちは自分自身でルーティンを作っています。やらされてやることでは意味がないんです」(樋口コーチ)

 当然、その意識が浸透するには数年かかる覚悟をもって臨んでいた。ところが就任直後から、池ヶ谷を筆頭に筋トレに悩める選手たちが集結し、その体が変化を遂げていくことで、自然に他の選手たちもジムに集まるようになっていった。

 DF裏への鋭い飛び出しを武器とする泊志穂は、ケガに泣かされてきた。もともと関節ねずみ(関節内遊離体)を抱えており、2シーズン前の皇后杯では、両腿の肉離れにも見舞われていた。昨シーズンが始まると、チームメイトが樋口コーチとジムでウエイトトレーニングに励む姿を目にするようになったが、馴染みのない機械を使用してのトレーニングに抵抗感もあった。

「練習の上に疲労が重なるのが怖かったというのもありました。でも、シュートのときにこけてしまうとか、小さいから飛ばされるよねって言われるのがすごくイヤで、樋口さんに相談したのがきっかけでした」
最初は、日頃使わない筋肉を鍛えることで相当のダメージがあったという。しかし、慣れてきた今シーズンは週2回へウエイトトレーニングを増やした。

「昨シーズンは、一度も練習を休まなくて済みました。疲労からくる筋肉系の痛みはあっても、それで練習を離脱することがなくなったんです。身体ができてきているというか、昨シーズンは本当に身体のキレがよかったと思います」

 その手応えがモチベーションに変わるのに時間はかからなかった。本人は筋肉がつくことで、持ち前のスピードが落ちることを懸念していたが、樋口コーチはさらにスピードを上げ、爆発力を出せるトレーニングメニューを提示。泊は足首の柔軟性が低いので、重心を下げるために、リバーススクワットなどを取り入れ、現在も改善中だ。

「ポジション柄、間欠的なスプリントを強いられているにも関わらず、タフになったと思います。速いだけの選手は多くいても、どうしてもその代償はある。その限界値を上げるのがトレーニングで、そこは成果が表れています」(樋口コーチ)

 今後も泊の長所であるスピードと倒れないしなやかさを向上させながら、強さのあるコンタクトプレーを目指していく。

 パルセイロ・レディースでは、それぞれが自発的に自己と向き合っている。それでいてストイックな雰囲気だけではなく、あくまでも自然体で行なわれている。そこには日頃から本田監督が選手たちに求める、ある想いが息づいているからかもしれない。

「筋トレをしっかりやることで、ケガをしないイコールたくましい、強い体が作れる。小さくても海外の選手と対等に戦うこと、倒れないことはグローバルスタンダードで考えたいんです。少しずつ表に表れ始めた今、今度は”倒れない”じゃなくて、相手を”倒す力”が欲しいですね」(本田監督)

 最低限のメンバー構成にさえ苦しんでいた指揮官が、ステップアップのための欲を出せるようになったのは、さまざまなリスクを覚悟の上でコンディショニングの重要性について声を上げたからに違いない。

 専属のコンディショニングコーチを抱えることは簡単ではないが、パルセイロの取り組みは、本来であれば多くのアスリートのベースになくてはならないものである。女子サッカー界のみならず、今一度、コンディショニングについて見直してみることも必要なのではないだろうか。

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