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フィアット500を改造したロードカーからグループ5のレーサーやラリーのウィナーまで、ロス・アルクレイシが歴代のアバルトに乗り、その進化を検証する。

アバルトという会社の歴史は、創業者カルロ・アバルトの人生を完璧に映し出すものだ。生き延びるために、そして成功するために、どちらも何度となく生まれ変わった。オーストリアでモーターサイクル・レーサーだった男は、戦時中はユーゴスラビアでエンジニアとして過ごし、イタリアで起業。その会社はカスタムカーの製作業からマフラーのスペシャリスト、チューナー、さらにフィアット社内のラリー部門へと転身した。

半世紀にわたって、カルロは設計、生産、パフォーマンスのすべてに変わらぬ激情を注ぎ込み、それがアバルト製品のトレード・マークになった。創業当初の時代では手作りのスペシャル、シングル・シート・レーサー、レコード・ブレーカーなどが記憶に残るが、1955年以降、アバルトの多くは量産車をベースとするようになる。

フィアットの可愛らしい500や600が彼の手にかかってレースの世界に進むと、アバルトは高性能なモデファイド・カーの代名詞になった。これらの小さなレーサーに触発され、自分のクルマに手を加えたいエンスージァストが増加した。赤いストライプとツイン・パイプのマフラーだけのモデファイでも、また国際規格に適合するフルチューンのレーサーでも、アバルトは彼らの期待に応えることができた。

こうした成功にもかかわらず、500や600、850の生産が終了するとアバルトの資金は底をつき、1971年にフィアットに買収されてしまう。これがアバルトの終焉を告げることにもなりえたのだろうが、実際にはここからラリー界でのさらなる成功が始まる。

まずは124と131で、後にはランチアのインテグラーレや037で、アバルトは躍進を続けた。アバルトは今日、自動車の世界における最も豊かで、最も成功に満ちた伝説的存在だ。さて、そろそろ具体的にクルマを見ていこう…。

美しいボディをまとった750GTザガート

フィアット600が1955年に登場すると、カルロ・アバルトはすぐにそれを改造車の好機到来だと捉え、1年後にアバルト750を送り出した。ボアを広げ、ストロークを延ばして、排気量を633ccから747ccに拡大。新しいカムシャフト、大径バルブ、ウェーバーの32IMPE型キャブレター、特製の排気マニフォールドなどにより、ノーマルの21.8psの2倍に近い42.1psを発揮する。最高速度は130km/hに達した。

ザガートが手掛けたデザインは空気抵抗の低減を追求したもの。


しかしアバルトは量産車のチューニングだけでは物足りず、カロッツェリア・ザガートに新たなボディのデザインを依頼。フィアットからザガートにシャシーが供給され、ボディを載せた後にアバルトに送られてメカニカルパーツを改造する、という作り方だった。

メーターパネルの中央にタコメーターが鎮座する。


「専用ボディのGTを得たことで、アバルトは他のチューナーと一線を画すことに成功した」と語るのは、ミドル・バートン・ガレージのトニー・キャッスルミラー。フィアットとアバルトのスペシャリストだ。「750 GTザガートに続いてレコルトモンツァやビアルベーロ、OTシリーズといったクルマを送り出し、ザガートは新たな市場を開拓した。他にも、例えばポルシェ356のカレラ・アバルトをそこに加えてもよいだろう。どれも国内外のレースで目覚ましい活躍を見せた」

フィアット600の4気筒をベースとする747ccエンジン。


750GTザガートは写真で感じるよりずっと小さなクルマだ。そのアルミ・ボディは衝撃的なほど美しく、バランスがよくてデリケート。しかも空気抵抗が小さい。それに加えて車重は量産600の595kgより60kgも軽く、最高速度は20km/hアップした。ザガートはボディの全高を下げながらも、後にトレード・マークとなったダブルバブルのルーフで乗員の頭上空間を確保。リア・デッキの2つの隆起には、エンジンにフレッシュ・エアを送り込むインテークが設けられている。

ボディ・サイドにはザガート製ボディを表す「Z」の文字が入る。


インテリアはシンプルだがエレガントだ。宝飾品のようなイエーガーのメーターとスポーティなステアリングが、まさに洗練そのもののフィーリングを伝えてくれる。繊細な印象だからといって、脆弱なクルマだと勘違いしてはいけない。エンジンに火を入れれば、レスポンスは活発だ。加速は力強く、タコ・メーターの針は一気に登り詰める。軽量ボディのおかげでステアリングも心地よく軽いから、ハードに飛ばしても疲れ知らずである。750GTザガートのレースでの最初のハイライトは、57年ミッレミリアでのクラス優勝。総合では67位、平均速度は120km/hだったが、フィアット600をベースとするクルマにしては悪くない結果だった。

アバルト750GTザガート

■生産期間 1957〜1960年 
■生産台数 N/A 
■エンジン形式 鋳鉄ブロック・アロイヘッドOHV747cc 
■エンジン配置 リア縦置き 
■駆動方式 後輪駆動 
■最高出力 43.6ps/5800rpm 
■最大トルク 5.5kg-m/4000rpm 
■変速機  4段M/T 
■サスペンション アッパー・トレーリングアーム・ロワ・トランスバース/セミ・アッパー・トレーリングアーム 
■ステアリング ウォーム&セクター 
■ブレーキ ドラム 
■車両重量 535kg 
■0-97km/h 17.3秒 
■最高速度 139.2km/h 
現在中古車価格 880万円から 



フィアット500ベースのベストセラー、595SS

フィアット600から派生したクルマがアバルトの事始めだったとすれば、500ベースのクルマはアバルトに商業的な成功をもたらした。57年に登場した「ヌオーヴァ・チンクエチェント」は、600と違って空冷エンジンにノン・シンクロのギアボックスという組み合わせ。アバルトはこのシンプルなクルマを使って、モータースポーツを大衆にも手の届くものにしようと考えたのである。そこで最初に行ったのが、大径キャブレターと高い圧縮比、アバルト・マフラーなどで479ccの2気筒を7.6psパワーアップすること。最高速度は人々の心を惹くに充分な100km/hに達していた。

赤いデカールが、ただの500ではないことを主張する。


フィアットはこれを100台発注。58年の2月13日から20日にかけて試作車がモンツァで6つの国際速度記録を樹立したのを経て(1万8186kmを平均速度108.52km/hで走行)、フィアット500アバルトとして発売した。さらにアバルトは、レースの成績に応じてフィアットから報奨金を受け取る契約を取り付けることに成功。資金面のはずみを得て、595/695の開発をスタートさせた。

スポーティなステアリング。


ここに紹介する595SSは、スタンダードな595の進化版だ。どちらも500D(第2世代の500でエンジンは499cc/17.7ps)のボディをベースに生まれたが、SSはキャブレターをソレックスの34PBICに変更し、ヘッドカバーと一体で鋳造した吸気マニフォールドを採用。さらに圧縮比を9.2から10.5に高めるなどにより、パワーは32.4psにまでアップしている。

32.4psを発する空冷ツイン。


スパルタンなエクステリアからフロアに置かれたイグニッション・スイッチ、あちこちに配されたアバルト・バッジまで、SSはすべてにおいて魅力的だ。走り始めれば、それはもう底抜けに楽しい。最初は2気筒の粗さを感じるが、回転を上げるにつれてスムーズになる。ステアリングは信じられないぐらいダイレクトだ。

SSは595の究極の進化版である。


0-60mph(0-97km/h)加速に21秒もかかるが、そんなことは取るに足らない。20km/hを超えれば、もはや空を飛ぶかのような感覚。ドラム・ブレーキだけは、このクルマの出自の低さを思い出させるけれど……。

595からの進化型は、595SSと同等のパワーをより低回転から引き出せる689ccの695、さらに「コンペティツィオーネ」の695SS、ワイド・トレッド化した695や アセット・コルサなど多岐に渡る。69年末時点で、アバルトはフィアット500をベースとするクルマを12車種もラインナップしていた。小さなコンストラクターにしては、驚くべき数である。

アバルト595SS

■生産期間 1963〜1971年 
■生産台数 N/A 
■エンジン形式 鋳鉄ブロック・アロイヘッド空冷OHV594cc 
■エンジン配置 リア縦置き 
■駆動方式 後輪駆動 
■最高出力 32.4ps/4900rpm 
■最大トルク 4.4kg¥m/3500rpm 
■変速機  4段M/T 
■サスペンション 4輪トレーリング・アーム 
■ステアリング ウォーム&セクター 
■ブレーキ ドラム 
■車両重量 470kg 
■0-97km/h 21秒 
■最高速度 130km/h 
現在中古車価格 560万円から 



600ベースの最終モデル、1000ベルリーナ・コルサ

フィアットが600を14年間にわたって作り続けた間に、アバルトはそれをベースに16車種を世に送り出した。その最終モデルが、113psを誇るグループ5ツーリングカーの1000ベルリーナ・コルサだ。最初の量産600がたった22psの実用車だったことを思うと、なんと遥かな道程だろうか。

エンジン・カバーを開けたままにするのは、アバルトならではのスタイル。


進化の過程で、アバルト850 TC(TC=ツーリズモ・コンペティツィオーネ)が61年のニュルブルクリンク500kmで1~3位を独占。しかし64年の欧州のツーリングカー選手権でサーブ96に負けると、カルロ・アバルトはロードカー市場の主力をOTシリーズに移しつつ、レースでの捲土重来を期すことになる。

トリムを剥ぎ取ったインテリア。


ホモロゲーションに間に合わせるために、改造パーツを急ピッチで製作。短期集中的に開発を進めるなかで、アバルトはモータースポーツの「青天井の世界」に足を踏み入れた。こうして生まれた1000ベルリーナ・コルサは、もはやフィアットとの共通部品は僅かだ。ブレーキ、ハブ、トランスミッション、オイル・クーラーは専用だし、メーターやステアリング・ホイール、シフト・ノブは自社のコルソ・マルケ工場の内製品を使っている。「アバルトのアイコンとして見なされているクルマだ」とキャッスルミラーは断言する。「ワイド・ホイールとワイド・フェンダー、フロントに積む大きなラジエーター、ステーで支えて開いたままにしたエンジン・リッド、そこに覗くツイン・キャブのエンジン。このエンジンがクルマのすべてを支配している」

レースの血統を持つパワープラント。


イグニッションをオンにするやいなや、キャビンはノイズに包まれる。スロットルをブリッピングすると、クルマ全体が脈打つような感覚だ。1速を選んで100psエンジンを解き放てば、ライフル銃を連射するかのごとき勢いでシフト・アップを繰り返さねばならない。ハンドリングは目を見張るほどで、サウンドは壮大。そして4輪ディスクのブレーキが一瞬のうちにクルマを止めてくれる。ただし「最善か無か」というエンジン特性ゆえに、コーナリングにはコツが必要だ。キャッスルミラーがこう語る。「コーナーに入るとき、アクセルを離すのも緩めるのも禁物。正しい侵入速度にした上で、トラクションの良さを活かしてアクセル・オンのままコーナリングしたほうがよい」

大型のエアインテーク。


ベルリーナ・コルサの運転体験を語ろうとするなら、自分に正直にならなくてはいけない。なにしろこれは最もピュアで、最もワイルドなアバルトだ。運転するのはラクではないが、同時に激しく心を惹かれるクルマなのである。

アバルト1000ベルリーナ・コルサ

■生産期間 1964〜1970年 
■生産台数 N/A 
■エンジン形式 鋳鉄ブロック・アロイヘッド空冷OHV982cc 
■エンジン配置 リア縦置き 
■駆動方式 後輪駆動 
■最高出力 113.6ps/4900rpm 
■最大トルク 9.0kg-m/3500rpm 
■変速機  5段M/T 
■サスペンション 4輪トレーリングアーム 
■ステアリング ウオーム&セクター 
■ブレーキ ディスク 
■車両重量 583kg 
■0-97km/h N/A 
■最高速度 200km/h 
現在中古車価格 880万円から 



アバルト最後のマシン? OT1000

フィアット850のセダンをベースに開発したOT850は、600派生のクルマたちよりボディが重い上に、エンジンは僅か2psアップというライト・チューン。最高速度も10km/h速いだけとあって人気が出ず、1年で打ち切られた。しかし一方でプロダクションカー・レースにも着目していたカルロ・アバルトは、65年にフィアットが850クーペ/スパイダーが発表すると、これがOT(オモロガート・ツーリズモ)を継続させるチャンスになると考えた。OTシリーズのエンジンは軽いチューンの843ccに始まり、ストロークを延ばした1ℓ、さらにパワフルな1.3ℓや1.6ℓへと発展。2ℓ版も開発され、テストではなんと204psを記録したという。

フィアット850のボディから不要なものを剥ぎ取り、原点に立ち返ったスタイル。


これからのエンジンを使って、アバルトは850クーペのホット・バージョンを数多く生み出す。OT、OTS(68ps)、OTR(半球形燃焼室に放射状にバルブを配置した74ps)、そしてOTSS(OTSのレースカー)などだ。今回の取材車はOT1000である。595SSや750 GT ザガートから乗り換えると、これはずっと大人びたクルマに思える。室内が広く、着座位置が高いので視界も良好だ。外観はストックの850クーペとほぼ同じ。クリーンで個性的なデザインは、フロント・グリルがない顔を見ればすぐにそれとわかる。カンパニョーロのホイールとアバルト好みのチェッカー柄のルーフが、ベース車との識別点である。

比較的スペースの広いインテリア。


エンジンは850のブロックを使いながらも、ストロークの長いクランクシャフトで982ccに拡大して62.8ps。スロットルを踏み込めば、美しいサウンドを奏でる。エキゾーストが低音を響かせる一方、ウェーバーのDISキャブレターの吸気音も心地よい。ギアボックスのメカニカルなタッチも良好で、途切れのないシフトを約束してくれる。スペックシートによれば、最高速度は155km/hに達するとのことだ。

982ccの4気筒は62.9psを発揮


当時のアバルトは排気量や馬力、トルク、重量、最高速度といった目立つ数字に事欠かず、それがクルマの売りだった。それゆえどのアバルトも進化を続けたわけだが、OTも例外ではない。シリーズはやがて2ℓ/185psを積んで240km/hを実現したOT2000クーペへ、あるいはフィアット124の1.3ℓを採用したOT1300へと発展。これらがフィアットのバッジで売るアバルト製コンプリート・カーの最後のモデルとなった。

ルーフの赤いチェッカー柄にはサソリのマークが埋め込まれている。


カルロは再びエンジン開発とカスタムカーに集中しようとしていたが、財政事情がそれを許さず、1971年、アバルトはトリノの巨人に取り込まれることになったのである。

アバルトOT1000

■生産期間 1964〜1971年 
■生産台数 N/A 
■エンジン形式 鋳鉄ブロック・アロイヘッド空冷OHV982cc 
■エンジン配置 リア縦置き 
■駆動方式 後輪駆動 
■最高出力 62.9ps/6150rpm 
■最大トルク 8.8kg-m/3500rpm 
■変速機 5段M/T 
■サスペンション 4輪トレーリングアーム 
■ステアリング ウオーム&セクター 
■ブレーキ ディスク/ドラム 
■車両重量 726kg 
■0-97km/h N/A 
■最高速度 155km/h 
現在中古車価格 320万円から 



フィアット傘下初の124アバルト・ストラダーレ

フィアット傘下に入ったアバルトはただちに124アバルト・ラリーの開発に着手し、72年10月、合併後の最初の成果として発表。それは同時に、フィアットが全力を挙げて世界ラリー選手権を勝ちにいくことを予告するクルマだった。公道用のストラダーレとフルラリー仕様のコルサを合わせて、生産台数は1,013台にとどまる。

アバルトの手にかかると、124スパイダーもアグレッシブな姿に変身する。


第一印象では量産の124スパイダーよりずっと小さく感じるが、ボディの寸法に変更はない。前後のクローム・バンパーを取り去り、代わりにラバー製のオーバーライダーを装着。これによって、トム・チャーダがデザインしたベース・ボディの美しさが引き立ち、そのプロポーションの完璧さがより強調されて見える。

インテリアに安楽さをもたらすものは何もない。


インテリアではセンターコンソールやリア・シートが取り払われ、ダッシュボードのウッドはアルミに張り替えられている。遮音材の類も一切ない。ソフトトップに代えてグラスファイバー製のハードトップを装備。ワイドな樹脂製リア・ウインドウのおかげで、後方視界は良好だ。ドアのスキン、サイドシル、リア・クォーター・パネルはアルミ製、ボンネットとトランク・リッドはグラスファイバー製とし、さらにマグネシウム・ホイールの採用もあって、ベース車から200kgも軽量化している。

オール・アルミの4気筒。


ツインカムのエンジンはほぼノーマルに近い。組み立て精度を高めると共に、改良型マニフォールドにウェーバー製44IDFのツイン・キャブレターをボルトオンした程度だが、10psアップして128ps。ただしアバルト・コルセのレーシングキットを組み込めば、170psにまで引き上げることができる。パワーの出方はスムーズだ。回転にが上がるつれて活発になり、各ギヤでレッド・ゾーンまで駆け上がる。ちなみにベース・エンジンを設計したのは、元フェラーリのアウレリオ・ランプレディ。45年間にわたってさまざまなバリエーションが生産され、フィアット・グループの数多くのモデルに搭載された。

ダッシュボードのウッドはアルミに張り替えられている。


ボディ・シェルにはスポット溶接よりもシーム溶接を多用し、ロールバーの追加とあいまって剛性を高めている。独立式のリヤ・サスペンション(マクファーソン・ストラットの一種)のおかげで、ハンドリングは見事だ。自信を持ってコーナーに飛び込んで行ける。ベース車よりバネ下重量が減ったおかげでトラクションも向上。しかしハードにコーナリングすると後輪がリフトしがちになり、限界付近で姿勢を乱す兆候が出るのも確かだ。

124アバルトのワークスカーは世界ラリー選手権で3勝したが、メイクス・タイトル争いでは常に2位。73年はアルピーヌ・ルノーのA110に、74~75年はランチア・ストラトスに総合優勝を奪われた。そして76年のWRCは131アバルトの出番となったのである。

124アバルト・ストラダーレ

■生産期間 1972〜1976年 
■生産台数 1013台 
■エンジン形式 オールアロイ 水冷DOHC1756cc 
■エンジン配置 フロント縦置き 
■駆動方式 後輪駆動 
■最高出力 130ps/6200rpm 
■最大トルク 16.2kg-m/3500rpm 
■変速機 5段M/T 
■サスペンション マクファーソン・ストラット 
■ステアリング ウォーム&ローラー 
■ブレーキ ディスク 
■車両重量 938kg 
■0-97km/h 8.3秒 
■最高速度 192km/h 
現在中古車価格 624万円から 



WRCで活躍した131アバルト・ストラダーレ

69年にランチアを買収していたフィアットは、ストラトスをWRCから引きずり下ろすことを決断する。誰の目にも疑いなく魅力的なストラトスだが、高価なエキゾチックカーであり、他の惑星からやって来たかのようにさえ見える。大衆向けのクルマをベースとしたラリーカーでWRCに勝つことこそが、フィアットの念願だった。

131アバルトはラリーの成功をフィアットにもたらした。


アバルトのコルソ・マルケ工場は、進めていた2ℓのX1/9プロトティーポの企画を脇に追いやり、トラディショナルなFRレイアウトの131の開発に集中。生産はカロッツェリア・ベルトーネで始まり、1年をかけて406台を送り出した。ちなみに完成車の価格はベースの131の3倍もしたという。

2ドアのボディはベルトーネのグルリアスコ工場で改造され、塗装され、内装が施された。車重は980kgにまでダイエットしている。路上に佇む131アバルトは、いかにも荒々しい。124スパイダーが旧き佳き時代を思い出させるデザインだとすれば、131のシルエットはまさに70年代的だ。大きく張り出したホイールアーチ、さまざまなエア・インテークやスクープ、スポイラーが風を切って走る力強さを醸し出す。

インテリアは比較的落ち着いた雰囲気。


加速時にお尻が下がるスタンスも70年代を彷彿とさせるもの。2ℓのエンジンは124にあったDOHC 16バルブの進化型だが、奇妙なことにアバルトはあえてウェーバー製34ADFのシングル・キャブレターを選択した。よく回る反面、トルクはあまり力強くはない。それでも140psを発揮し、0-60mph(0-97km/h)加速を8.2秒でカバーする。5速MTのシフトは最高に楽しい経験だ。

124ベースのエンジンにシングルキャブを装着。


サスペンションは124アバルトの4輪独立をベースに開発したものだが、重量配分がずっと良くなったように感じる。「素晴らしいバランスの持ち主だよ」とキャッスルミラー。ハードに攻めても4輪がしっかりと路面を捉え続け、ラック&ピニオンのステアリングはあらゆるニュアンスを伝えてくれる。「パワースライドも、フル・カウンターステアも楽しめる。ドリフトしやすさはフォード・エスコートにも負けない」

ヘッドランプは外側が内側より小さいタイプ。


ラリー用のグループ4マシンは、クーゲルフィッシャー製の燃料噴射を備えて233psにパワーアップ。当初はそのハンドリングの良さを活かしてターマックを得意としたが、後には路面を問わずに活躍した。初年度の76年は欧州選手権のエルバ・ラリーとWRCの1000湖ラリーで優勝。しかしこれは翌年から始まるWRC3連覇の序章にすぎなかった。

131アバルト・ストラダーレ

■生産期間 1976年 
■生産台数 406台 
■エンジン形式 オールアロイ 水冷DOHC1995cc 
■エンジン配置 フロント縦置き 
■駆動方式 後輪駆動 
■最高出力 140ps/6400rpm 
■最大トルク 18.4kg-m/3800rpm 
■変速機 5段M/T 
■サスペンション マクファーソンストラット 
■ステアリング ラック&ピニオン 
■ブレーキ ディスク 
■車両重量 980kg 
■0-97km/h 8.2秒 
■最高速度 189km/h 
現在中古車価格 640万円から 



ゴルフGTIに対抗したリトモ・アバルト130TC

フォルクスワーゲンのゴルフGTIが支配するホットハッチ市場に、フィアットが重い腰を上げて参入したのは81年のことだ。リトモ・アバルト125TCのデビューの場は、あえて選んだフランクフルト・ショー。その過激なキャラクターが熱狂的に歓迎された。

リトモは前身の128のフロアをベースとし、ベルトーネのモダンなデザインを纏ったクルマ。特徴的な樹脂バンパーは、アバルト125TCもそのまま受け継いでいる。ただし、もともと1.1ℓや1.3ℓを積む前提で設計されたボディは、アルジェンタ(132後継のFRセダン)から転用の2ℓが発するパワーに対応するため強化を必要とした。コルソ・マルケのファクトリーはランプレディ設計のこのツインカム・エンジンを、よりスポーティなバルブ・タイミング、新しい排気マニフォールド、オイル・クーラー、アルミ製のオイル・パン、熱負荷に強いゲーツ・タイプのヘッド・ガスケットなどでチューニング。そしてパワープラント全体の向きを90度変えて、リトモのフロントに搭載した。最高出力は126.7psで0-60mph(0-96km/h)は7.9秒であった。

リトモはホットハッチ市場で有力な選択肢になった。


83年に130TCに進化して、ようやく英国でも買えるようになった(リトモの英国名はストラーダ)。ウェーバーのシングルキャブだった125TCに対し、130TCはツイン・キャブ。ウェーバーかソレックスかを選ぶことができたが、どちらも131.8psで、0-60mph(0-97km/h)の加速タイムは125TCより0.2秒速い7.7秒を記録する。

お洒落なレカロ・シート


英国の自動車専門誌は130TCを情熱的に歓迎した。当時のAUTOCAR誌は「これがホットハッチ市場のパフォーマンス・リーダーであることに、今や議論の余地はほとんどない」と記している。ヘッドランプが4灯式になったことを含めて、130TCはストラーダのなかで最もアグレッシブなスタイルの持ち主でもあった。それでも「130TCはもっと評価されてよいクルマだ」とキャッスルミラーは語る。「軽いボディにパワフルでトルキーなエンジンを積み、その魅力をZF製ギアボックスやサスペンションを通じて楽しめるのだからね」

エンジンはフィアット・アルジェンタ用をベースとする。


130TCに乗ってみて、これがなぜ当時の誰もを感銘させたかがすぐにわかった。シートはサポート性に優れたレカロで、整然としたダッシュボートにスポーティなステアリング・ホイールが装着され、インテリアのスペックは充実している。最大トルクは18kgm/3600rpm。スロットル・レスポンスは俊敏で、芳醇なイタリアン・エキゾーストノートと共にコンパクトなボディをグイグイと引っ張る。ハンドリングはシャープだが、たとえ初試乗でさえ、その限界をチェックする自信を持たせてくれる。

130TCになって英国市場にも導入された。


ひとつ難しいことがあるとすれば、この130TCを見付けられるかどうかだ。ノーマルのストラーダの多くがそうであるように、もはや乗って外出しようという人すら少ない。もしも程度の良い130TCを路上で見かけたら、それはもう千載一遇のチャンスなのである。

リトモ・アバルト130TC

■生産期間 1984〜1987年 
■生産台数 585台 
■エンジン形式 オールアロイ 水冷DOHC1995cc 
■エンジン配置 フロント横置き 
■駆動方式 前輪駆動 
■最高出力 132ps/5900rpm 
■最大トルク 18.0kg-m/3600rpm 
■変速機 5段M/T 
■サスペンション マクファーソンストラット/トランスバース+ロワ・ウィッシュボーン 
■ステアリング ラック&ピニオン 
■ブレーキ ディスク/ドラム 
■車両重量 950kg 
■0-97km/h 7.7秒 
■最高速度 189km/h 
現在中古車価格 56万円から 



結論

デリケートなカーブに包まれた750GTザガートは、それを堪能できる審美眼を持つ人が選ぶアバルトだろう。当時のミッレ・ミリアでの活躍を思えば、これがその美しさに匹敵するパフォーマンスの持ち主であることも明らかだ。ここに紹介した595SSやOT1000、グループ5の1000ベルリーナ・コルサは、小さくて、大胆で、快活というアバルトならではの個性を体現している。

フィアットに買収されて以後のクルマたちは、「本物のアバルト」と見なされないことがある。しかしこれらも、競技車を開発してきたアバルトの長いキャリアの産物だ。124や131のストラダーレは繊細に作られたホモロゲーション・スペシャルであり、ラリーで成功した栄光を感じさせてくれる。そして、アバルトの最後の成功作となった130TCは競争激しいホットハッチ市場に送り込まれ、ドイツ勢を脅かした。

「量産車をベースに競技車を作るには、究極の性能を追求するという点でいつも妥協が必要なものだ」とキャッスルミラーは告げる。しかし今回、7台のアバルトを見て乗ってわかった。アバルトの妥協の、なんと素晴らしいことか!