劇中で激しく剣を交わす綾野&村上
 - 写真:日吉永遠

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 日本映画界で唯一無二の存在感を見せている綾野剛と、瑞々しい佇まいで注目を浴びている村上虹郎。映画ファンなら「ぜひ見てみたい」と思う組み合わせが実現した映画『武曲 MUKOKU』で、激しくそして切なく向き合った二人がお互いについて語った。

 本作では、父との尋常ならぬ関係からある事件を引き起こし、剣を棄て自暴自棄になった綾野演じる研吾と、村上ふんする剣に出会った少年・融が、引き寄せられるように交わり、“静”と“動”の魂のぶつかり合いを繰り広げる姿を描いている。

 作品ごとに新しい表現を追求し、ファンを驚かせてきた綾野。本作への取り組み方について「大きく課題を作ると固まってしまいすぎるので、柔軟性を持って臨むように心がけました」と語る一方で、「個人的には、虹郎が今日まで役者をやってきて、完全に一人で立てることを証明できたらいいなって思っていました」と村上に視線を向ける。「僕は虹郎ほど恵まれた環境で役者をスタートしていませんが、感覚でやってこられた時代は2〜3年はあったんです。でもその感覚を実力に変えていかないと確実に埋もれてしまうという現実を知っていた。そんななか、この作品で虹郎は完璧に実力に変えたと思ったんです。これからの村上虹郎は楽しみで仕方ない。また共演したいと思いました」と最大級の賛辞を贈る。

 当の本人である村上が、「僕が演じた羽田融という人物は、口数が多い人間ではなく、内にしまい込んでいる役。僕はこういったキャラクターの役をいただく機会が多いのですが、今回は圧倒的に解放する瞬間が分かりやすく映画のなかにあった。そこをしっかりとらえることを意識しました」と自らのアプローチ方法を明かすと、綾野は思わず「感覚でやっていないでしょ? 人物を生きているよね。僕は虹郎の年ではそんなことできていなかった」と舌を巻く。

 こうした綾野の温かい視線。それは先輩としての責任感であるのかと問うと、綾野は笑顔で「まったくそういう気持ちではないですよ」と否定する。「虹郎に対して育てようという感覚は一切ないです。すでに僕より突き抜けているところはあるので。純粋に『やるなー』とか『すげーな』って勉強になるところもあります。特に一人だけアニメに見えるぐらいピュアな佇まいは僕には出せない。老いたな、残酷だなって思いました」。

 綾野は、先輩・後輩は関係なく、常にフラットに接するタイプだという。「一緒にいいものを作ろうというなかで、仲間として同じ土俵で戦える環境を作りたいと思っているだけなんです。自分が自分がっていうことではなくて」と切り出すと、「(佐藤)浩市さんとかは一切、先輩風吹かせたりしません。背中で表現し全てを受け止めてくれるので、そういうのってすごく格好いいなって思います。人間として好きになっていける人と仕事をしていきたいです。そういう人と僕は巡りあえています」と恵まれた環境で仕事ができていることに誇りを感じているようだった。

 そういった綾野の接し方に村上も「自分も年齢を重ねると、綾野さんみたいなスタンスになっていくと思うのですが」と共感を覚えつつ、「でもやっぱり先輩ですし、踏み越えてはいけない部分はあります。自然と構えてしまいます。僕の父親(俳優・村上淳)がそういう存在なので」と本音も飛び出していた。「とにかく良い作品を作ろう」というシンプルな考えのもと、綾野と村上が持つものを最大限に発揮して完成させた本作。「地獄のような作品になると思っていた」と綾野は笑いながら話していたが、そんな“地獄”が“感動”に昇華する展開は、驚かされるほどに新鮮かつ新しい。(取材・文:磯部正和)

映画『武曲 MUKOKU』は全国公開中