AC長野パルセイロ・Lが結果を残している理由(前編)

 2015年になでしこリーグ2部優勝を果たし、悲願の1部リーグへ昇格したAC長野パルセイロ・レディースは、翌年の1部初シーズンを3位という好成績で走り抜けた。2位のINAC神戸とは37で同勝ち点、得失点での僅差だった。そして今シーズンも、ここまで第10節を終えて、首位の日テレ・ベレーザ、2位のINAC神戸の背後にピタリと3位(※6月1日現在)につけている。2部から昇格したてのチームが2年連続で快進撃を続ければ、これはもう必然たる力が存在していると言える。そこで、パルセイロの躍進を支えるコンディショニングへの取り組みに注目したい。


本田美登里監督の熱い思いがあったからこそ、チームが大きく変わった「コンディショニングコーチが絶対に欲しい!」

 それは1部昇格を決めた本田美登里監督の切実な要望だった。この年のパルセイロは、守備の軸であった坂本理保や攻撃を担う齊藤あかねら主力が立て続けにケガに見舞われた。エース・横山久美も満身創痍で、中盤から後半にかけてはベストメンバーをそろえることができず、苦しい台所事情が続いていた。

「あのときは”ケガ人をなくしたい!”と切実に感じましたね。1部に昇格しても、ベンチにも代表クラスの選手が座っているような上位チームに比べて、うちは力のある選手がそろっているという訳じゃないから、レギュラークラスの選手がケガをすると、穴が開いてしまう状態なんです。だからケガ人は出したくない。それでいて骨太なチームを作りたいという目標があるから、フィジカルだけでなく、食事面やコンディションについて幅広く見てもらえる専門家・コンディショニングコーチが必要でした」(本田監督)


トレーニング指導をする樋口創太郎コンディショニングコーチ 日本の女子サッカーでは、専門のフィジカルコーチを抱えることすら難しいのが現状である。限られた予算の中でどこに人員を割くのか――。コンディショニングに関しては削られる方に振り分けられることも少なくない。もともとパルセイロは男子のトップチーム(J3)のスタッフに定期的に見てもらっていた。その的確なアプローチを見て、本田監督の「専属で欲しい!」という意識はより高まっていく。折しもチーム側は本田監督に昇格後の複数年契約を提示しているタイミングであったため、本田監督はなんと契約条件としてコンディショニングコーチを勝ち取ったのだった。

 本田監督の期待を一身に背負ったのが、樋口創太郎コンディショニングコーチだった。パルセイロに来るまでは、北海道で全国区に通用するU-15、U-18の育成年代に関わっていた樋口コーチにとって、カテゴリーも性別も違う。それでもパルセイロでの新たなチャレンジにすべてをかけた。

「僕が加入する前年と、その前の年で1年間に3名ずつが前十字じん帯(ACL)の損傷をしていて、まずはそこを減らさないといけない。最初にさまざまなドリル(課題)をやったんですけど、一目見て、これはもう(ケガの)予備軍だという印象を受けました」(樋口コーチ)。

 膝に負担がかかる動作として、着地で膝が内側に入る、膝が前に出すぎるのがよくないという知識はあっても、自分がその予備軍である自覚と、それに対する改善策の両方が欠如していた。就任初年度である昨シーズンは、予防プログラムを毎日取り入れた。一般的に1日10分から15分のプログラムを週に2、3回入れれば、前十字じん帯損傷の発生は半数にできると言われている。しかし、年間3名もの前十字じん帯損傷者が2年連続して出ているのは、女子サッカー界の中でもかなり多い。樋口コーチは週に5日、つまりオフと試合の日を除くすべての日程で予防プログラムを徹底させた。

「何が正しい動作で、何がそうでないのかということと、競技の中では瞬間的に高負荷がかかる中で、自分の体重を安全にコントロールできることが重要。しかも試合中はそれがトップスピードの中で行なわれるし、人と人とのコンタクトでそれを持ちこたえなければいけないことの繰り返しなんです」(樋口コーチ)

 さらに同時進行でウエイトトレーニングも取り入れていく。女子サッカーに限ったことではないが、正しいウエイトトレーニングを行なえていない選手が実は多い。「高負荷をかけた状態でついた癖はプレー中にも絶対に出る」と樋口コーチは言う。正しいフォームを意識することが、プレー中でも安全性が保たれることにつながるというわけだ。


選手に合わせてリストを作り食事管理を行なっている 予防プログラムを毎日入れて、ウエイトトレーニングを徹底した。これらはパフォーマンスの向上のためと、捉えられがちだが、その根本にあるのはケガの予防なのである。スクワットひとつをとっても、ヒップバックをせず股関節が使えていない、ただ重量だけにこだわって危険な動作をやっている例が多いのだとか。

「正しい姿勢を作ることができれば、スクワットで効果を期待できるし、順応していきます。正しい姿勢かどうかの判断は最初、専門家がチェックしないと難しいんです。イメージがあっても回数をこなさないとできないこともありますし、柔軟性に問題があるなら、それを改善するエクササイズを組まないといけないので。ピンポイントで足りない筋肉があるならば、それを別にやらなきゃいけないんです」(樋口コーチ)

 コンディショニングコーチとしての役割は多岐にわたる。ウエイトトレーニングやピッチ上でのウォーミングアップなどフィジカルに関するもののほか、トレーナー業務(身体のケア)、リハビリなどに加えて食事管理も行なっている。トレーニング後の食事はもちろん、遠征先のホテル食も事前にリストアップし、摂るべき栄養素、避けるべきものなど細かく色分けされたメニュー表が事前に選手たちの手元に渡る。ホテルではほとんどがバイキング形式のため、選手それぞれがその情報に基づいて、自分自身で食事を管理・コントロールできるようになっているのだ。

 樋口コーチには昨シーズンの状態を踏まえて、掲げているミッションがある。前十字じん帯損傷ゼロ、早期再離脱ゼロ、長期離脱ゼロ、非接触型筋系トラブル(肉離れなど)ゼロ、オペ件数(多くとも)2件以下、の5つだ。1年半通して行なった予防プログラムでベースを作り上げたパルセイロ。5月30日時点でこれらの目標はすべてクリアされている。選手個々の体力も筋力、走力、スピードとあらゆる面でその数値は向上している。昨シーズンからの取り組みの成果が明確な数値で表れたことは、選手自身の自信とモチベーションを芽生えさせた。その変化を最も感じているのが本田監督だ。

「まず選手の意識を変えることから始めないといけないから、1年を通してみないとわからないこともありましたが、ケガは本当に減りました。身体も一回り大きくなったし、何より、筋トレを嫌がらないというか、自分自身を上げていくための重要なトレーニングだと理解して取り組むようになりました。思惑通りの成果が出ていますね」(本田監督)。

 樋口コーチ就任後、2年目の今シーズンはコンディション面でもさらなるステップアップを目指すパルセイロ。次回は実際に選手それぞれの強みを伸ばした実例を紹介する。

(つづく)

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