5月18日、ロシア・ウラジオストク港に入港した万景峰号

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 5月18日、ロシア・ウラジオストク港のターミナルは早朝から緊張感に包まれていた。北朝鮮の貨客船「万景峰号」が入港するためだ。数々の対日工作に関わったとされる「北の密命船」は、なぜこのタイミングで極東の地に就航したのか。ジャーナリスト・竹中明洋氏がレポートする。

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 事前に得ていた情報では、入港時間は午前7時。念のため1時間前から岸壁を見下ろすターミナルのデッキで待機していたが、時間が迫ると、大勢の警察官が有無を言わさず我々メディアの関係者に撮影禁止を言い渡し、デッキを立ち去るよう要求した。

「上層部からの指示だ」

 現場の警察官に理由を問うてもそうとしか説明しないが、現地メディアの関係者はこう訝しがる。

「通常であれば、船の撮影を禁止するなんてあり得ない。なぜここまでピリピリするのか。北朝鮮側からロシア当局に強い要請があったとしか考えられない」

 湾内に立ちこめる濃い霧の中から万景峰号の白い船体が現れたのは、予定よりやや遅れた午前8時。筆者は、船で沖に出ることで全貌を撮影することができた。

 万景峰号はポーランド製。就航は1971年である。1984年までは在日朝鮮人の帰還事業に使われた。本来の船長とは別に、朝鮮労働党の副部長クラスが指導船長として乗船。新潟港などに停泊し、船内で朝鮮総連幹部らに工作活動を指示し、総連が在日同胞からかき集めた資金を不正に本国に運んだとされる。かつて海上保安庁が船内を調べたところ、隠し部屋から特殊な通信機器や乱数表が発見されたこともあるという。

 その万景峰号も1992年に二代目となる「万景峰92号」が就役してからは、工作活動の一線から退いたが、このたびウラジオストクに現れた。北朝鮮北東部の羅先(ラソン)との間に開設されたばかりの定期航路に使われることになったのだ。

 運航するウラジオストクの運輸関連企業「インベスト・ストロイ・トレスト」のミハイル・フメル副社長はその経緯をこう説明する。

「昨年に北朝鮮側から羅先の海運大学の練習船となっていた万景峰号を活用できないかと相談を受けた。経済状態の良くない北朝鮮だけでなく、内陸で外港がない中国東北部の貨客を羅先経由でウラジオストクに運べば十分に利益が出ると判断して運航に踏み切った」

 練習船といっても、埠頭に停泊したまま放置されていたため、エンジンなどは使いものにならず外海での航行が出来ない状態だったという。「ロシアから技術者を派遣して修理にあたったが、必要な部品のうち国連の制裁の対象となるものは、細かく分解して持ち出した」とフメル氏は明かす。

 改修が済んだ船は、乗客の定員が193人。1500tの貨物を積載可能だ。料金は8人部屋で片道5000ルーブル(約1万円)。週に1度の運航で、今後は航路を元山(ウォンサン)まで延ばすことも検討中だという。

 北朝鮮からは家具や衣類、ロシアからは水産物などを運ぶことを想定しているというが、運航第一便には積載貨物は何もなく、乗客も中国吉林省から来た旅行会社の幹部ら7人だけだった。

 入国手続きを終え、ターミナルの外に出てきた中国人らに話を聞くと、この航路を使ったツアーを企画できないか検討するために乗り込んだと説明する。

「船は古いが内装もきれいで快適。ウォッカを並べた売店があり、食堂では中華料理が出ました。北朝鮮の乗員が40人ほどいたが、全く話をしませんでした」

 ターミナルでは、金日成・正日親子のバッジをつけた北朝鮮の総領事代行と若い領事の姿も見えた。北朝鮮がこの航路開設に力を入れるには訳がある。

「核ミサイル開発をめぐる緊張に伴い急速に中朝関係が悪化するなかで、北朝鮮にとって中国に代わる石油などの調達先を確保することは死活問題。そこでロシアとの関係強化を進めようということでしょう。プーチン大統領にとっても北朝鮮との関係拡大は米中を揺さぶる大切なカード。ロシア当局が航路開設を許可したのはそのためだと見るべきです」(日本政府関係者)

 韓国当局のまとめによると、露朝間の貿易額は中朝間の67分の1にとどまるが、近年は石油関連の貿易が増える一方だという。

 さらにロシアは北朝鮮から約5万人もの出稼ぎ労働者を受け入れ、貴重な外貨獲得源となっている。ウラジオストク市内ではあちこちの建設現場で彼らが働く姿が見かけられた。

 この極東の港が北朝鮮の延命の生命線となりつつあるのだろうか。

※SAPIO2017年7月号