定年後の自由時間「立ち往生」しない方法

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ベストセラー『定年後 50歳からの生き方、終わり方』(中公新書)の著者である楠木新氏は、大手生命保険会社を定年まで勤めた元サラリーマンです。著書では自身の経験を交えながら、定年後の生き方について解説しています。楠木氏が「定年後は在職中から始まっている」といいます。その理由とは――。

■会社人生には、前半戦と後半戦がある

定年になった時点から眺めてみると、長い会社人生を同じペースや、同じ心情では走り通せないことがよく分かる。もし自らの会社員生活を直線的な上昇イメージの連続でとらえようとすれば、いずれ自分の老いや死の現実にたじろがざるを得なくなってしまう。そういう意味では、年代に応じた見方が必要になってくる。今回、『定年後―50歳からの生き方、終わり方』(中公新書)を書くに際しても、人生のライフサイクルの変化にポイントを置いた。

「定年後」を見る前に、その前段階の会社員時代の検討から始めてみよう。定年後は在職中からすでに始まっているからだ。会社員が越えるべき通過儀礼から見るとおおまかには2つの段階から成り立っている。入社してから組織での仕事を通じて、成長・自立していく段階と、組織での仕事に一定のめどがついてから自分の今後の在り方を考える時期の2つである。

前者は、仕事仲間や顧客に役立つ自分をどう作り上げていくかということが課題である。一言でいえば、「一人前になる」ということだ。一方、後者は、老いることや死ぬことも意識して組織との距離感をどのように測っていくのかがポイントになる。

会社員へのインタビューを繰り返していると、会社組織に適応している社員でも40歳を過ぎたあたりから仕事中心の働き方の一面性に疑問を感じ始める人が多い。このあたりに2つの段階の境目がある。40歳は会社員生活の折り返し地点であると同時に人生80年の中間地点でもあるというのが興味深い。そういう意味では会社員の人生は前半戦と後半戦に分かれる。

昇進や専門性の向上に力を入れて一定のポジションを確保しても、それと同じやり方では「定年後」も含めた人生80年を乗り切れないと多くの会社員が感じている。

若いときには「収入を増やそう」「技能を高めよう」「家も建てよう」「役職も上がっていこう」というように成長していく気分が強い。しかしそれをそのまま延長できないことは誰もがなんとなくわかっている。そして生活が安定して家を取得したりすると、気持ちがふと心の方に向かう。今まで自分を支えてきたものが、今度は重荷になってくるのだ。くわえて組織の中で長く働いていると飽きるということもある。この会社員人生の後半戦は、長い「定年後」につながっていくのである。

それではライフサイクル上の「定年後」をどのように把握すればよいだろうか。よく引用されるのは平均寿命、平均余命、健康寿命などの概念である。

ある年の男女別にみた年齢別死亡率が将来もそのまま続くと仮定して、各年齢に達した人たちが、その後平均して何年生きられるかを示したものを平均余命(よめい)といい、出生時、つまり0歳時の平均余命を特に平均寿命という。

「平成27年簡易生命表の概況」によると、2015年の男性の平均寿命は、80.79歳、女性は87.05歳である。60歳時の平均余命で見れば、男性は23.55歳、女性は28.83歳になっている。男性はおおよそ85歳近くまで、女性は90歳近くまで生きることになる。また健康寿命という概念もある。平均寿命のうち、健康で活動的に暮らせる期間である。ただ平均数値をとると必ずしも標準的な層を示さない場合もある。また寿命という年数だけでなく生活の質的な情報もほしいところである。

■75歳までは介護なしの自立生活が可能

東京大学高齢社会総合研究機構の秋山弘子特任教授は、「長寿時代の科学と社会の構想」(『科学』2010年1月号)の中で、長年携わってきた全国高齢者調査の結果を紹介している。この調査は、全国の60歳以上の男女を対象として20数年にわたり加齢に伴う生活の変化をフォローしている。約6000人の高齢者が対象である。

図は、お風呂に入る、電話をかける、電車やバスに乗って出かけるといったごく普通の日常生活の動作を人や器具の助けなしでできる、つまり自立して生活する能力が、加齢によってどう変化するかを示している。

これを見ると、男性には3つのパターン、女性には2つのパターンがあり、総括していえば、男女とも8割を超えた人が、いわゆる後期高齢者に該当する70代半ばから徐々に自立度が落ちてくる。逆に言えば、大半の人は75歳近くまでは、他人の介助を受けずに自立して生活することができる。今回の執筆をする際に話を聞いた70歳前後の人たちほぼ全員がこれに同意してくれた。

75歳以降の後期高齢者は、それまでとはライフステージが変わると言ってよい。介助を受けながら生活することは、それまでの生活や仕事の形と明らかに一線が引かれるからだ。そこでは他人の助けを借りながらどのようにして生き生きと暮らすかの知恵が試される。また誰もが、亡くなる直前まで元気に活動するピンピンコロリ(PPK)の最期を望むだろうが親の世代を見ていてもそう簡単ではない。最期の迎え方もまた違ったステージにあると言っていいだろう。

そういう意味では、「定年後」は、60歳の定年から74歳までと、75歳以降の後期高齢者の時期、それに最期を迎える準備期間の3つに分けることが妥当である。そして私が特に強調したいのは、60歳から74歳の15年間は、家族の扶養義務からも解放されて、他人の介助を受けずに自己の裁量でもって好きなように生きることができる最後で最大のチャンスだということだ。今回の『定年後』(中公新書)で、この期間を「黄金の15年」と名づけてみた。悠々自適は75歳を超えた後期高齢者になってから考えればよいと私は思っている。

ここで「定年後」の意味合いを会社員当時の労働時間との比較で勘案してみよう。

60歳で定年退職して、日々の睡眠、食事、入浴などの必要な生活時間を除いて考えると自分の自由になる時間は、1日11時間程度とみていいだろう。私の実感でもこのあたりだ。75歳を超えると介助を受ける立場にもなるので自由時間は半分の5.5時間、75歳から残り10年を生きると仮定して、定年後の自由時間を計算してみる。

男性では、11時間×365日×15年(60歳から74歳まで)+5.5時間×365日×10年(75歳から84歳まで)≒8万時間になる。女性ではそれよりももっと長い(そのうち黄金の15年は6万時間)。

一方で厚生労働省の資料で、所定内労働時間と所定外労働時間を合わせた年間の労働時間は、1783時間(「毎月勤労統計」、事業所30人以上)。21歳から60歳まで40年間勤めた総労働時間は8万時間に満たないのである。

■8万時間の自由、不自由

50代にもなると先が短いと思っている人もいるが、若い時から定年まで働いてきたすべての労働時間よりも長い自由時間が待っているのである。これほどの裁量のある時間を持つことができるのは歴史上もなかったことだろう。まさに「黄金の15年」なのだ。

しかし現実には長い自由時間の中で立ち往生してしまっている人も少なくない。使いこなすのに苦痛と感じる定年退職者もいるのである。しかしそれを会社のセイや社会のセイにはできない。もしそうしたとしてもそこから解決策は見いだせないだろう。他方でイキイキしている人を見ていると、定年後の特権はなんといっても時間を自分のためにたっぷりと使えることだと感じる。この両者の差はとても大きい。やはり「人生は後半戦が勝負」なのである。

黄金の15年を生かすという観点に立てば、60歳での定年時に、退職するか、65歳までの雇用延長を選択するかは重要なポイントになるだろう。黄金の15年の3分の1にあたる期間を今までと同じ会社で働くかどうかの選択である。

定年後は思い切って裸一貫からでもやっていこうと思えば雇用延長に手を挙げるという選択はないだろう。一方で定年退職すれば孤独な日々になることが予想されるのであれば、とりあえずは雇用延長に手を挙げておくという判断もある。また経済的な面も考慮には入れておく必要があろう。

■50代から「定年後」を検討せよ

個人的に気になるのは、会社での仕事を苦役だと考えている人が少なくないことだ。その苦役な仕事をさらに5年間延ばすことは得策ではないだろう。いずれにしても諦めずにチャレンジする気持ちは持っておきたいものだ。

それでは、定年時の選択において最も大切なことは何か。

多くのイキイキした定年退職者を見ていると、人生の後半戦を「どのように過ごしたいか」という主体的な意思や姿勢が重要だとわかる。そこが分岐点のような気がしている。そう考えると、やはり50代のうちから「定年後」を検討することが求められる。漫然と何も考えていなければ、黄金の15年をふいにしてしまうかもしれない。せっかく生まれてきたのだから自らの人生を大切にしたいものだ。

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楠木新(くすのき・あらた)
人事・キャリアコンサルタント
1979年 京都大学法学部卒業後、生命保険会社に入社。人事・労務関係を中心に、 経営企画、支社長等を経験。勤務と並行して、「働く意味」をテーマに取材・執筆に取り組む。15年3月定年退職。現在、神戸松蔭女子学院大学人間科学部非常勤講師。著書に 『人事部は見ている。』、『サラリーマンは、二度会社を辞める。』、『経理部は見ている。』 (以上、日経プレミアシリーズ)、『働かないオジサンの給与はなぜ高いのか』(新潮新書)、 『左遷論』(中公新書)など多数。17年4月に『定年後-50歳からの生き方、終わり方』(中公新書)を出版。

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(人事コンサルタント 楠木 新)