@AUTOCAR

写真拡大 (全15枚)

50年代末から60年代にかけて、BMCとフィアット、トヨタがそれぞれ異なるアプローチで1ℓ未満のスポーツカーを開発した。オースチン・ヒーレー・スプライト、フィアット850スパイダー、トヨタ・スポーツ800のどれがベストか? ジャームズ・ページがレポートする。


小さなスポーツカーには、大きく重たいクルマが失いがちな純粋さがある。信号グランプリでは勝てないかもしれないが、ツイスティな道で80km/hも出せば、大きなクルマでその2倍近い速度で走るよりエキサイティングだ。ここに揃った3台のうち、オースチンヒーレー・スプライトとフィアット850スポーツ・スパイダーは質素な量産車からコンポーネンツを流用して生まれたスポーツカー。もう1台のトヨタ・スポーツ800はもう少し革新派だが、いずれも「レス・イズ・モア」を実証してくれる存在である。

オースチン・ヒーレー・スプライトMk-I

全長×全幅×全高 3480×1346×1200mm 
■ホイールベース 2032mm 
■乾燥重量 664kgkg 
■エンジン 直列4気筒OHV 948cc 
■最高出力 45ps/5200rpm 
■最大トルク 7.2kg-m/3300rpm 
■ギアボックス 4速マニュアル 
■サスペンション ダブル・ウィッシュボーン/半楕円リーフ 
■ブレーキ 4輪ドラム 
■タイヤ 5.20-13 
■最高速度 133km/h 

トヨタ・スポーツ800

全長×全幅×全高 3580×1465×1175mm 
■ホイールベース 2000mm 
■乾燥重量 580kg 
■エンジン 空冷水平対向2気筒OHV 790cc 
■最高出力 45ps/5400rpm 
■最大トルク 6.8kg-m/3800rpm 
■ギアボックス 4速マニュアル 
■サスペンション ダブル・ウィッシュボーン/半楕円リーフ 
■ブレーキ 4輪ドラム 
■タイヤ 6.00-12 
■最高速度 155km/h 

フィアット850スポーツ・スパイダー

全長×全幅×全高 3782×1500×1219mm 
■ホイールベース 2027mm 
■乾燥重量 735kg 
■エンジン 直列4気筒OHV 903cc 
■最高出力 52ps/6500rpm 
■最大トルク  6.6kg-m/4000rpm 
■ギアボックス 4速マニュアル 
■サスペンション 4輪独立 
■ブレーキ ディスク/ドラム 
■タイヤ 150-13 
■最高速度 146km/h 



シンプルの極致、スプライト

BMCのオースチン部門とヒーレー・モーター社のジョイントベンチャーは、1952年のオースチン・ヒーレー100に始まった。やがてBMCの経営者たちは100/6やMG-Aの下に自社ラインナップの空白があることに気付き、小さなスポーツカーを生み出そうと考える。ドナルド・ヒーレーの息子、ジョンがこのプロジェクトを担当。コストを抑えるため、オースチンA35のランニング・ギアを利用することとなった。

フロッグアイのハンドリングはスマートで、3台のなかでレスポンスが最もシャープだ。


ステアリング・ギアボックスはA35用ではなくモーリス・マイナーのラック&ピニオンを採用し、948ccのAシリーズ・エンジンはキャブレターを標準のゼニス製シングルからSUツインに換装。さらに、半楕円リーフのリア・サスペンションを1/4楕円リーフに変え、リア・ブレーキは各輪がスレーブ・シリンダーを持つレイアウトに改めるなどの変更が施された。ちなみにA35は機械的なリンクを介し、ひとつのスレーブ・シリンダーで左右後輪にブレーキをかけるレイアウトだ。

スプライトのリア・デッキからこざっぱりとしたディテールを眺める。インテリアは機能的で、サイドウインドウは取り外し式。


こうしたエンジンやシャシーは、ゲリー・コカーの手になるデザインに巧くパッケージされた。スプライトのデザインはシンプルさを極めた傑作。本質から外れる不要なディテールなど一切ない。ドアハンドルさえもなく、室内側に手を延ばしてドアを開ける。リヤのトランクにアクセスするには、シートの後ろに頭から突っ込まねばならない。トランクリッドも存在しないからだ。

コカーはコストの制約でリトラクタブル・ヘッドランプを断念したが、それが実現していればもっとスリークなスタイルになっていたことだろう。しかし固定式ヘッドランプのおかげで、ひと目でそれとわかる顔が生まれた。ライレーの権利を取得していたデイムラーから許可を得てオースチンはスプライトと命名したのだが(それ以前にライレー・スプライトというスポーツカーがあった)、人々はすぐにこのクルマを「フロッグアイ」のニックネームで呼ぶようになった。

このスプライトのエンジンはアレキサンダーによる年代物のアップグレードが施されている。


58年5月にモンテ・カルロで発表されたこの小さなスポーツカーは、記者たちから暖かく迎えられた。BMCが彼らをモナコ・グランプリに招待したから、というだけではない。スプライトの魅力の鍵は当時も今も同じ。基本に立ち返ってこそ得られる楽しさ、そして軽さがもたらすキャラクターだ。

インテリアを見れば、シンプルなダッシュボードに2スポークのステアリング。サイド・ウインドウは昇降しない取り外し式なので、ドアには大きなポケットが備えられている。シートは低いが、座ると上体がかなりアップライトな姿勢になり、大径のステアリング・ホイールとあいまって、まさしく50年代のフィーリングである。

フロント・エンドのデザインは長く親しまれるニックネームの由縁になった。


しかしスプライトの乗り味に古びたところはまったくない。キーを捻り、スターターを引くと、Aシリーズ・エンジンが独特の甘美なささやきと共に目を覚ます。BMCのこのありふれたエンジンのために当時から多くのチューナーがアップグレードを用意しており、今日の試乗車はアレキサンダー・エンジニアリングがシリンダーヘッドを改良し、SUキャブをストロンバーグに交換したもの。快活さはノーマルと同様だが、ファイン・チューニングのおかげでレスポンスが良く、回りたがるエンジンに仕上がっている。

ハンドリングは素晴らしいの一語だ。慣性マスを感じさせず、最小のステアリング操作で即座にコーナリングを開始。初期のロールが小さいし、ロールは常にレバー・アーム式のダンパーで巧くコントロールされている。ヒーレーの設計らしくスポーティでありながら、なおかつ快適な乗り心地を保つのも印象的だ。



宇宙マンガから抜け出てきたようなトヨタS800

スプライトが古典的な小型スポーツカーの代表例だとすれば、トヨタ・スポーツ800はその対極に位置するクルマだろう。1962年の東京モーターショーで試作車のパブリカ・スポーツが大きな反響を呼び、それに応えて65年4月に発売されたのがスポーツ800だ。ほとんどが日本で販売され、輸出は当時まだアメリカ領だった沖縄だけに限られた。

トヨタは信じられないほどステアリングが軽く、ほんの僅かな操舵力でコーナリングを始める。グリップは良い。


パブリカ・スポーツに比べれば、量産のスポーツ800は実用的になった。まず何よりドアがある(パブリカ・スポーツはスライド式キャノピーを開けて乗り降りする)。しかし依然として宇宙マンガから抜け出てきたようなスタイリングだ。佐藤章蔵が手掛けたそのデザインは、キュートであると同時にプロポーションが良い。大きなヘッドランプは直後にデビューした兄貴分の2000GTを連想させるが、なんだか悲しげな眼付きにも思える。左右のヘッドランプの距離が近いのも特徴で、それゆえ実際の寸法よりボディ幅が狭く見えるが、ホイールアーチが張り出しているせいもあって、実はスプライトより120mm以上もワイドだ。

トヨタは大径のステアリングと小さなシフト・レバーが対照的。


繊細なデザインのドアハンドルを開けると、ブラック内装のなかでダッシュボードのシルバーが目を惹く。飾り気のないスプライトに比べ、このトヨタは装備が豊富だ。ワイパーは2段切り替えだし、ウォッシャーは電動式。シガー・ライターやマップ・ランプも備える。着脱式のルーフ・パネルを装着していても、調整可能なベント・グリルとリア・クォーター・パネル上の小さなフラップが換気してくれる。シートの後ろの布製カバーにはジッパーが設けられており、それを開ければクルマから降りずにトランクにアクセスすることも可能だ。よく考えられたクルマだが、ひとつ例外は取り外したルーフの置き場に困ること。シートの背後に置くには少し大きすぎる。トランクにも収まらない。何か解決策があるはずなのだが・・。

スポーツ800が積む空冷フラット・ツインは、音を聴くよりアクセルを踏んでこそ楽しいエンジンだ。


風変わりなスタイリングにもかかわらず、スポーツ800の中身はある意味でコンベンショナルだ。モノコック・ボディに独立式のフロント・サスペンションを組み合わせ、リヤには半楕円リーフ・スプリングを採用している。しかしボンネット下のチョイスはユニークで、そこにあるのは水平対向2気筒の空冷790cc。ツインキャブを備えて49psを発する。車重585kgのクルマには充分なパワーであり、その走りは驚くほど俊敏だ。ただしトヨタが標榜する155km/hの最高速度は、よほど長い下り坂でないと達成できないだろう。フロッグアイは昔からアップグレードが提供されていたし、後述するフィアットはもっと若々しい。3台のなかで、スポーツ800が最も遅いと感じた。

ヘッドランプは2000GTとの家系を感じさせるデザイン。


2気筒エンジンはゴトゴトとした振動を発するが、そのフレキシブルさは例外的だ。低回転で高いギアを使ってもグイグイと引っ張るし、急加速を求めてアクセルを全開にすれば高回転まで伸びる。短いシフト・レバーはストロークも小さい。ステアリングは信じがたいほど軽いが、前輪のインフォメーションを充分に伝えてくれる。乗り心地は快適で、タイヤのグリップも印象的だ。



洗練された味わいの850スパイダー

トヨタ・スポーツ800が日本でも希少なクルマなのに対して、フィアット850は量産車。1964年5月の発売から200万台以上が生産された。ただし事故の多いクルマとしても有名で、残存率は悲しいほど小さい。フィアット600をベースに開発された850は、当初は2ドア/4シーターのセダンだった。モノコック・ボディのリヤに34psのOHVエンジンを積み、4輪独立サスペンションを組み合わせた大衆車。シート表皮はビニールで、天井の内張りもなかった。

今回の3車の中で最も洗練されているスポーツ・スパイダー。特にロング・ドライブには最適。


しかしそこからフィアットは850をあらゆる方向へと発展させる。ワゴンのファミリアーレやクーペ、そしてベルトーネ製のスパイダーなどだ。マルチェロ・ガンディーニがデザインしたスパイダーは、1965年のジュネーブ・ショーでデビュー。圧縮比を高めた843ccエンジンにはウェーバーのツイン・チョークを備えた。

フィアットのインテリアは装備が最も充実しており、シートも快適だ。


68年のフェイスリフトでスポーツ・スパイダーに車名を変えると共に、ヘッドランプをスラントしたカバーレンズ付きから垂直に立ったデザインに変更。おそらくアメリカの安全法規に従った結果だろう。903cc/52psへとパワーアップしたエンジンは素晴らしいユニットで、どんな回転域でも滑らかに回り、印象的な加速をもたらしてくれる。リア・エンジンゆえに、エンジンを比較的容易に降ろせるのもこのクルマの利点だ。ボルト止めのリア・パネルを取り外せば、パワートレインを後ろに引き出して整備することができる。

他の2車に比べるとフィアットの操縦感覚はちょっとスポンジーだ。とくにギア・シフトにそれを感じる。ステアリングも、トヨタよりフィーリングが良いとはいえ、スプライトのラック&ピニオンほどのダイレクト感はない。ペダルはかなり右寄りにオフセットされているが(左ハンドル)、快適に操作できる。メーターとスイッチがズラリと並び、ダッシュに木目調の加飾を張る今回の試乗車(後期型)は、64年当時の850セダンの質素な印象とは対照的である。

1968年にスポーツ・スパイダーが登場したのを機に、エンジンは903cc/52psにパワーアップされた。


前述のように初期型からヘッドランプが変更されたスポーツ・スパイダーだが、それでもとてもスタイリッシュだ。スプライトやトヨタよりフロントが大きく見え、薄いリア・エンドに向けて長いリア・デッキがスロープしていく。リア・デッキには幌も収容できるが、これは簡単ではない。トヨタの場合は6本のJ字型ボルトを緩めれば、すぐにルーフを取り外せる。リア・ウインドウ部分が残るのは、トライアンフTR4/TR5でお馴染みのサリー・スタイル・トップと同じだ。スプライトは幌を後ろに折り畳んだ後、いったん持ち上げてからシートの後ろに格納する。しかしフィアットはまず幌を前後から畳み、リア・デッキのリッドを開けて、そこに幌を押し込まなくてはいけない。オープン状態のほうがスッキリとしたスタイルなので、努力する価値はあるが……。

スポーツ・スパイダーは初期型スパイダーのフラッシュサーフェスのランプカバーを廃止し、垂直に立ったヘッドランプを備える。


3車のなかで最も熟成されているのは850。もしロング・ドライブの足にするなら最適だろう。スタイリッシュなだけでなく、エンジンも味わい深い。トヨタ・スポーツ800も良く出来た小さなスポーツカーだ。コミカルなエクステリアにだまされてはいけない。フラット・ツインのエンジンがちょっとエキセントリックに思えるかもしれないが、それもまたこのクルマのキャラクターを形成する基本要素だ。では、スプライトは? 飾り気のない小排気量スポーツカーの魅力を堪能したい人には、やはりこれしかない。発売から50年余りを経てなお、あなたが求めるすべてがそこに込められている。